異世界帰りの勇者は現代社会に戦いを挑む

大沢 雅紀

第1話 偽結婚式


とあるアスファルト製造工場

一人の若者が、上司にこきつかわれていた。

「おい太郎。あとはお前たちで全部をやっとけよ。俺達は飲みに行くからな」

若者と同年代の上司は、嫌な笑みを浮かべながら命令した。彼の取り巻きの男たちも、ニヤニヤと笑っている。

「えっ?俺たちだけでですか?無理だと思うんですけど……」

「ソウですヨ……」

太郎と呼ばれた青年と、彼と一緒に働いている外国人労働者が抗議するが、相手にされなかった。

「口答えするんじゃねえ。お前みたいなどんくさい奴、親父が雇ってやらないと野垂れ死んでいたんだぞ。働かせてもらえているだけありがたいと思え」

「……」

「それに、お前もうすぐ夏美と結婚するんだろ。俺に逆らってクビになってもいいのか?」

「それは……」

そのことを持ちだされると、太郎も何も言えなくなる。

「てめえらのパスポートは俺たちが預かっているんだ。うちの工場から見捨てられると、たちまち住所不定のホームレスだぞ。クニの家族に仕送りできなくなったら、困るだろうな」

上司の取り巻きの男たちが煽るように言うと、外国人労働者たちも沈黙した。

「わかったら、てめえらは黙って仕事していればいいんだよ。所詮奴隷も同然なんだからな」

そういって、元同級生であった上司は部下を連れてかえっていってしまう。

太郎と呼ばれた若者は、残された仕事の山をみてため息をついた。

「しかたがない。みんな頑張ろう。俺も残って手伝うから」

「ワカリマシタ……」

しぶしぶ仕事にもどる外国人労働者たち。

「はぁ……また今日も残業か……終電間に合うかな…」

太郎はそう思って絶望的な気分になるが、すぐに気合を入れなおす。

「いや。頑張って働いて金をためよう。夏美との将来のために」

そうつぶやいてスマホをみる。そこには、可愛らしい顔をした彼の婚約者が映っていた。

「あともう少しで結婚式の費用がたまる。そうすれば……」

幸せな未来を思い浮かべて。身を粉にして働く太郎だった。


とある都心の結婚式場

一組のカップルが結婚式を挙げていた。

「おめでとうー」

「幸せになれよー」

招待客の祝福の声を聴きながら、太郎は感動のあまり涙を流す。

(みんな大人になったな。夏美との仲をこんなに祝福してくれるなんて……)

招待客の男女をみながら、新郎である山田太郎はしみじみとそう思う。彼らには高校時代、容姿や身長や貧しい生まれや両親がいないことなどをさんざんからかわれていたが、ことあるごとに隣にたつ時藤夏美がかばってくれた。

卒業後に夏美は大学に進学し、太郎は工場に就職した。しばらく交流が絶えていたが、あるコンサート会場で人気アイドルグループの一人になっていた夏美と再会し、交際が始まる。そしてとうとう結婚にまでこぎつけたのである。

彼らを呼ぶことは太郎にも抵抗があったが、妻となる夏美から「みんなも私の友達だし、大人になったんだから」と説得され、結婚式に招待したのである。

始まる前まではまたからかわれるのではないかと心配したのだが、実際に会ってみると誰もが二人の仲を祝福してくれ、幸せな気分で結婚式を挙げることができたのである。

指輪の交換が終わり、太郎と夏美が見つめ合う。

「それでは、誓いのキスを……」

司会者がそういったとき、入口のドアがバーンと開いた。

「ちょっと待ったぁ!」

そういって入ってきたのは、浮田英雄。髪を金髪に染めたチャラチャラした男で、高校時代夏美と付き合っていたという噂がある男である。

なぜか彼も白いタキシードを着ていた。

「夏美!お前にふさわしいのは俺だ!俺と結婚してくれ!」

芝居がかったしぐさでそういうと、持っていた花束を夏美に差し出す。

「ふ、ふざけんな。今日は俺と夏美の結婚式なんだ。いきなり乱入してプロポーズなんて……」

当然、激怒した太郎に詰め寄られるが、夏美はなぜか前に進み出て、その花束を受け取った。

「うん。いいよ。そのプロポーズお受けします」

嬉しそうに花束を受け取って、英雄の元にかけよる。それから振り返って太郎に告げた。

「そういうわけだから、ごめんね。新郎を太郎君から英雄君にチェンジします」

「な、夏美!」

あまりの手のひら返しに太郎が驚愕していると、招待客から歓声があがった。

「結婚おめでとー!」

「お似合いのカップルだな!」

「幸せになれよ!」

皆が手を叩いて英雄と夏美を祝福する。太郎は絶望のあまり、その場に崩れ落ちそうになった。

「では、新郎を入れ替えて結婚式を続けさせていただきます」

ニヤニヤした司会者がそう告げる。それを聞いて、太郎は彼もグルだったことをしった。

「そんな!」

「ギャハハハハ!そういう訳だ。負け犬はさっさと出ていくんだな!心配するな。夏美は俺が幸せにしてやんよ」

壇上の英雄が楽しそうに高笑いする。

「ごめんね。やっぱりイケメンの英雄君の方が好きなの」

夏美はそういうと、英雄に抱き着いた。

「ふ、ふざけんな!この結婚式をあげるために、俺は何百万も出したんだぞ」

「ふふ。まだわからないのかよ。この式は最初から結婚式じゃなくて、俺たちの同窓会だったんだよ」

英雄がおかしそうにつげる。

「あはは、マジで信じてやんの。おもろい。この会場を借りるための金を必死に貯めていた努力が無駄になったな」

結婚式に出席していた太郎の働く工場の上司である小山内長利は、そういって楽しそうに笑った。

「太郎くんありがとー。おかげでタダで豪勢な同窓会ができたよー」

夏美の女友達たちは、ニヤニヤと笑いながら、太郎を嘲笑った

「そ、そんな……夏美!」

太郎がすがるような目で夏美を見つめる。。しかし、彼女はこらえきれないという風に笑いだした。

「プッ。あんた、まだわからないの?あんたとつきあっていたのも、この結婚式も全部ドッキリだったんだよ」

「ドッキリって……」

「いや、本当に楽しかったよ。ちょっと優しくしてやれば、勝手に盛り上がってなんでも買ってくれるし~不細工男ってほんとチョロいよね。私の本命ばずっと英雄君だったのに」

夏美はそういうと、太郎を嘲笑った。

「本当、馬鹿だよね。親や親族もよばずに、友達だけで結婚式なんてするわけないじゃん」

夏美にそう言われて、太郎はハっと気づく。たしかのこの結婚式場にいるのは高校時代の招待客だけで、夏美の両親や親族は一人もいなかった。

「それは…両親がいない俺を気遣ってくれていると思って……」

「ばっかじゃない?誰が親もいない貧乏人のあんたなんかと結婚したがるのよ。どうせなら、英雄君みたいに名家のイケメンエリートと結婚するわよ。彼のお父様をしっている?法務大臣なんだよ」

夏美や他の招待客も、おかしそうに太郎をみていた。

「お前があまりにも気づかないままだったから、どうせならドッキリを仕掛けてやろうとおもったんだよ。題して「不細工男を誘って結婚式をあげてみたが、本当は同窓会だった件」

司会者の男、藤田博が隠しカメラの映像をスクリーンに映し出す。それはネットにアップされて、盛大にバズっていた。

その様子をみて、全員がグルだったことを悟る。

「許さねえ!訴えてやる!」

「やってみろよ。俺のパパは法務大臣で法曹界の弁護士の間じゃ顔も広い。お前に味方してパパにたてつこうなんて弁護士見つかるかな」

英雄が勝ち誇ったようにいうと、司会者や招待客が頷く。。

「あー面白かった」

「最高だよな。今までの太郎いじりのなかで、最高傑作だったよ」

彼らは思い思いに罵声をあげると、太郎を式場から追い出した。

「さ、同窓会をはじめようぜ」

「うん。これで婚約者のフリをするのも終わりね。あーすっきりした」

太郎を追い出した英雄と夏美は、幸せそうに微笑みあう。こうして一人の男を犠牲にした同窓会は、なごやかに執り行われるのだった。


追い出された太郎は、傷心のあまりふらふらしながら式場の外に出る。

(そんな……今までのことが全部嘘だったのか……夏美と付き合っていたのも……)

彼女と結婚するため、必死に働いて金をためた。彼女の希望を叶えるために、結婚式の費用もすべて出した。

その苦労がすべていじめの一貫だったことを知り、太郎の心は絶望の底に沈んだ。

(許さねえ……結婚詐欺で訴えてやる)

復讐心に燃える太郎は弁護士に相談するが、どこの弁護士からも断られてしまう。

「式場に問い合わせてみましたが、最初から英雄という方と夏美さんの名義で同窓会をすることになっていました」

「招待客の方々も、全員があなたが勘違いしていただけだと証言しています。下手をしたらあなたの方が訴えられるかもしれません」

法務大臣である英雄の父が根回しをしていたらしく、どこの弁護士事務所にいっても薄笑いを浮かべてあしらわれてしまう。仕事の忙しさのあまり結婚式の手続きはすべて夏美に任せていたことが裏目に出ていた。

誰一人助けてくれない現実を知り、太郎は再び絶望する。

(くそ……こんな世界なんて糞だ。滅んでしまえばいい)

ついに太郎は心を病んで仕事も続けられなくなり、部屋にひきこもって酒浸りになるのだった。


数か月後

「くそっ……くそっ……」

やり場のない怒りを酒でごまかしていた太郎の容姿は、がりがりにやせ細り、異臭を放っている。まるで地獄に落ちた餓鬼のようになっていた。

「もうこんな世界は嫌だ。別の世界に行きたい!」

絶望の淵でそうつぶやいたとき、太郎の座っていた床が輝き、複雑な魔方陣が浮かび上がる。

「これは?」

つぎの瞬間、太郎の姿は部屋から消えていた。


「おお、勇者様。我が祈りに答えてくださいまして、ありがとうございました」

気が付くと、目の前に王様みたいな男がいる。その隣には、シスター服を着た金髪美少女が跪いて祈りをささげていた。周囲には中世の甲冑のような恰好をした騎士たちと、豪華な服を着た王様も立っていた。

「俺が勇者……?」

「はい。あなた様は魔王クロノスを倒すために神に遣わされた勇者。仲間たちと共に、このシャングリラ世界を救って……」

「……そんなのはどうでもいい。俺が聞きたいのは三つだけだ」

太郎は据わった目で王様を睨みつける。血走った目で睨みつけられ、金髪シスターの背中に悪寒が走った。

「な、なんでしょうか?」

「俺が勇者ということは、強い能力を得られるのか?」

その質問に、王様はコクコクと頷く。

「は、はい。魔物を倒してレベルアップしていけば、強くなれるですじゃ」

「二つ目に、俺は元の世界に戻れるのか?」

その質問に王様は胸を撫でおろし、はっきりと答えた。

「そのような心配をしていたのですか。ご安心くだされ。魔王を倒していただければ、必ず元の世界にお帰ししますじゃ」

「わかった。最後の質問だが、この世界で得た能力や物品は元の世界に持って帰れるのか?」

それを聞いて、王様はとまどったような顔をした。

「その。通常は無理ですが、魔王を倒してくれればなんでも一つだけ願いをかなえてもらえますじゃ。その時に、それを望めば……」

「わかった」

太郎は口元に凄惨な笑みを浮かべる。

「冒険の旅にはあなたを支える聖女として、我が娘ルイーゼも同行させます。何でもお申し付けください」

その言葉に、金髪美少女シスターは頭をさげる。

「いいぜ。魔王でも神でもなんでも倒してやろう」

こうして太郎は魔王を倒す旅に出るのだった。


そして一年後

「勇者様~」

「この世界を救っていただいて、ありがとうございました!」

王都では、凱旋した勇者パーティを市民たちが熱狂的に讃えていた。

しかし、どんなに市民たちから賞賛を浴びても、肝心の勇者の表情は固い。

「なーにしかめっ面してんのよ。笑いなよ」

魔術師の少女メリッサが明るく笑ってじゃれつくが、勇者は眉一つ動かさない。

まるで夜の闇のようなまがまがしい鎧兜と黒いマントをつけたまま、無言で立っていた。

「おい。もう魔王クロノスは倒されたんだ。もうそんなに難しい面をしてなくていいんだぜ」

イケメンの戦士ロナードが親し気に肩を叩くが、勇者は口を真一文字に結んだまま開かない。

「あの……あなたのおかげで世界は救われました。王女として、そして聖女として心から感謝いたしますわ」

王国の姫にして聖女であるルイーゼがおそるおそる声をかけるが、勇者にギロリと睨みつけられた。

「そんなものはどうでもいい。約束を果たしてもらおう」

「はい……ですが、この後盛大なパーティの予定が……」

「必要ない。時間の無駄だ。城にもどったらすぐに女神を呼び出してもらおう」

そうつげる勇者の瞳に憎悪の炎が燃え上がるのを感じて、ルイーゼはひそかに恐怖を感じた。

(この一年……私たちがどんなに親愛の意を示しても、どんなに民に感謝されても、この方は心を開かなかった。私では彼を癒すことはできなかった……)

共に旅をすることで、勇者に惹かれつつあった彼女は、自分では彼の心を開かせることができないことを知って悲しみに沈む。

(元の世界に戻ったら、彼は魔王として大虐殺を始めるかもしれない。ですが……もはや私にはとめられない)

この一年、魔物を倒してレベルアップしてきた勇者の力は、もはやただの人間ではなく神の領域にまで踏み込んでいる。そんな彼との約束を破ったら、この世界にどんな被害を及ぼすか知れたものではない。

(願わくば……彼の世界の住人たちに幸あらんことを)

心の中で虚しく祈るルイーゼであった。


城の中心「女神の間」

城についた勇者は、パーティへの出席を断り、女神との交信ができるというこの神聖な祭壇に来ていた。

「一年ぶりだな……」

部屋に入った勇者は、不機嫌そうに周囲を見渡す。この間は最初に彼が召喚されたときに現れた部屋だった。

ルイーゼが祭壇に跪いて祈ると、台座に優美な女神の姿が浮かぶ。

「勇者よ。よくぞ魔王を倒してこの世界を救ってくださいました。心から感謝を……」

「いいから。契約を果たしてもらおう。俺の望みは知っているな?」

女神の言葉を遮り、勇者は問いただす。

「はい……今の力やアイテムをもったまま、元の世界に戻してほしいということですね」

「そうだ。俺はそのためにこの一年、地獄のような思いをして魔族と戦ってきたんだ」

女神を睨みつけながら、勇者は告げた。

「……考えなおしてはいただけませんでしょうか。あなたが元いた世界は、ある存在によって故意に魔法技術が発達しないように制限されています。そんなところにあなたを戻したら、どんな軋轢が生じるか……」

「お前の知ったことじゃない」

冷たく首を振る勇者に、今度は姫シスター、ルイーゼが声をかけた。

「タロウ様。あなたが元の世界でどんな目にあわれたのかは知りません。ですが、もういいではいりませんか。元の世界のことなど忘れて、私とともにこの世界で……」

「黙れ」

勇者太郎はルイーゼから目を背けて、一言つぶやく。それを聞いた彼女は何も言えなくなってしまった。

「契約は契約だ。果たしてもらおう」

「……わかりました」

観念した女神が手を振ると、真っ黒いゲートが宙に浮かぶ。

太郎は無言で宙に浮かぶと、そのゲートの中に入っていった。


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