第6話 1940.10
「いよいよ大詰めだな。」
ちょび髭はテーブルの上の世界地図を見たままで振り向こうともしない。
「アイルランドとスコットランドは手を打った。」
私には地図のアイルランド島の南半分は半透明のオレンジ色、
グレートブリテン島の北は半透明の青色に光って見える。
ちょび髭には見えていないだろう。
「アメリカのイギリス支援は以前の3割だ。
手持ちのU-BOATで殆ど沈められる。」
それではイギリス航路は自殺行為だ。
輸送船は任務を拒否するようになるな。
地中海のキプロス島辺りがパチパチ火花が出ている。
「イギリスはユダヤ人への攻撃を止めないのか。
頑迷だな。」
「そのおかげでイギリス支援が減ったのだ。」
どのみちアラブのイギリスへの不信感は拭えないのに。
ご苦労なことだ。
インドからの喜望峰周りの航路にもU-BOAT[が配備されている。
「音を上げるかな?」
「馬鹿げたことを。
チャーチルは甘くない。」
おお、よくわかっている。
すっと、
ちょび髭が消えた。
すると地図上のアイルランドとスコットランドの色が半透明からはっきりとした原色に変わった。
始まった。
ドイツに吹き出しが出た。
ド・「独立を支持」
ドイツから艦隊が出港して北海を北に向かう。
支援に向かう様に見える。
イギリスの主力艦隊はスコットランドにいるが出港できない様だ。
プリマスやポーツマスから艦隊が出港してドイツ艦隊を追う。
またドイツに吹き出しが出る。
1つ出たと思ったら、徐々にその数が増えた。
些細だがそれらの内容は一貫してソ連との国境に集結を命ずるものだ。
それらは全てエニグマによる暗号だ。
ふふっ。
意趣返しだな。
今度はフランス・ベルギー・オランダから大量の爆撃機が飛び立った。
真直ぐロンドンを目指す。
イギリスが先にベルリンを爆撃したのだ。
ちょび髭が無差別爆撃を躊躇する理由は無い。
イギリス各地から迎撃機が飛び立つ。
同時に西ヨーロッパ各地から船団が出港する。
ポップが出る。
ド・「ゼーレーベ発動」
ロンドンに向かった爆撃機は途中で分割され目的地である飛行場に向きを変えた。
飛行場は最悪、見捨てる事が出来るが、首都は別だ。
敵迎撃機を引き付けるには妥当な作戦だ。
イギリス南部の飛行場に次々ペケ印が付いてゆく。
イギリスの南部にドイツ軍が上陸しだした。
その後は速かった。
イギリスは5月にダンケルクで大量の兵器を失っている。
25個師団の内、半数近くは定員割れで武装も出来ていない。
またアイルランドとスコットランドに兵力を裂いていた。
ドイツ進攻に備えた防備も物資不足で出来ていなかった。
それに比べてドイツは準備万端で経験豊富だ。
ロンドンは占領された。
あまりにあっけの無い戦いは
「一週間戦争」
と呼ばれた。
私しか言わないけどね。
何にせよ戦争状態にあった国は全て占領した。
これで第二次世界大戦は終結だ。
ちょび髭はソ連との戦いには準備を必要とするだろう。
アメリカは元々旧大陸にはかかわりたくないしユダヤ人の問題に追われている。
ドイツを共産主義の防壁と思って放置するだろう。
突然ポーランドに火花が散った。
ソ連の侵攻が始まった。
じわっと影が現れて濃くなり、ちょび髭になった。
「薬が効きすぎたな。」
エニグマの欺瞞情報で赤軍は防衛のために国境に集まっていた。
ところがドイツの主力はイギリスにいる。
ベルリンはすぐそこだ。
スターリンがその気になるのも無理はない。
「想定内である。」
言葉とは裏腹に顔面蒼白だ。
準備はしてあっても確実なことなどない。
この距離では一歩間違えば破滅だ。
「縦深陣地を構築してある。
余の領土には一歩も入れないだろう。」
「フランスかぶれか?
マジノ線はどうなった?」
ちょび髭の顔が赤くなる。
「いれてやれ。
奥の奥まで。」
伸びきった所を包囲して叩くのは戦術の基本だろう。
後はメンツとの戦いだな。
ちょび髭がどうしようと私は痛くも痒くもない。
どう動くか楽しみなくらいだ。
またちょび髭が薄くなる。
地図に赤軍がわらわらと湧いてきた。
バルト海沿岸のプロイセンからポーランド辺りまでで、ハンガリーから南には布陣していない。
プロイセンとポーランドの境目辺りが西に突き出していて、そこの火花が一番盛んだ。
ぼわっと兵器のミニチュアが浮かぶ。
ソ連側は戦車だ。
BTやT34だ。
おお、良く出来てるなあ。
ドイツ側は対戦車砲、75mmや88mmだ。
ちょび髭にT34/85を見せたのが効いたな。
動いているのは突撃砲だ。
え、
もういるのか。
見慣れた3号突撃砲やチェコの38t改造のヘッツァーだ。
ドイツ人凄いな。
防御戦闘には十分な性能でソ連の戦車が次々に火を噴く。
だがソ連は気にしない。
凄まじい準備砲撃の後、歩兵マークの大軍が陣地に向かってくる。
その歩兵マークはどんどん消えるが、尽きる事のない波のように次から次に押し寄せる。
とうとう最初の陣地を乗り越えたが、その頃には第二陣地が射撃を始め、最初の陣地から退却してきたドイツ軍マークは第三の陣地に吸い込まれていった。
その間にも赤軍マークは凄まじい速さで消えてゆく。
見ているこっちが心配になる勢いだ。
ソ連は数年前に殆どの将官を粛正した。
そのツケを今、兵士たちが命で払わされているのだ。
酷い話だ。
それでも、
物量だなあ。
赤軍はじりじりと前進し続ける。
たまにソ連の航空機マークが来ると前進速度が加速する。
ドイツは航空機をこちらに回す余力が無かったようだ。
ソ連の一部がワルシャワに届いた。
都市の攻略は難しく時間を要するのでこのままワルシャワ占領戦に移行してくれると良いのだが、ソ連は包囲部隊を残してベルリンを目指す。
解っているじゃないか。
ちょび髭、やばいかも。
と、ドイツ空軍がソ連先鋒部隊に襲い掛かった。
やはり航空機は速い。
もうUターンしてきたのだ。
ソ連の迎撃機が向かうも数が違った。
航空基地の移転が前線の進行速度に追いつけないのだ。
赤軍の前進はストップした。
兵站も届いていない様だ。
初めての実戦で混乱しているのだろう。
今度はバルト海で動きがあった。
冬の大時化の中ダンツィヒに輸送船が到着したのだ。
上陸した装甲師団は南下してソ連突出部の柔らかな根元を突く。
軽々と食い破ると勢いを落とさずにそのままワルシャワまで突進した。
ダンツィヒからは後続部隊が続々と続きソ連の突出部は切り離され包囲されてしまった。
何とも見事なものだ。
司令官は・・・
グデーリアンか。
流石だ。
グデーリアンはワルシャワの包囲を解くと進路を東南に転じて前進し、プリペット湿地まで進んだ。
これで赤軍は北と南に分断された。
次はどうするかと思っていたら。地図がかすみ始めた。
雪だ。
そういえばこの冬は非常に寒くてバルチック艦隊も港に閉じ込められたと聞く。
となれば、双方ともに活動は難しい。
しかしこの寒い中、ゆっくりとだが両軍とも動き続けていた。
赤軍は包囲を破るべくプリペット湿地の南からじわじわと進撃を続けている。
ドイツ軍はドイツやオランダの港に帰ってきた部隊が前線に到着してきた。
赤軍は包囲を破るのが難しいと見るや方針を転換、プリペット湿地にまで突出したドイツ軍を逆に包囲すべく、ブク河のあたりで東西両側から攻撃を仕掛けた。
ドイツはそれを待っていたようだ。
凍結したプリペット湿地を通って南進し、呼応して北進したハンガリー軍と一緒に南部から侵入した赤軍を包囲したのだ。
元々少数だった南部の赤軍はあっという間に消滅してしまった。
『捕虜6万』
と表示が出た。
赤軍の組織だった動きが止まった。
この冬の赤軍の攻勢は、もうなさそうだ。
それでもたまに赤軍のマークが出現し、ドイツ軍に突撃しては消えてゆく。
政治委員に無謀な突撃を強要されているのだろう。
ドイツにとっては良いがソ連兵士には無残だ。
ドイツ軍の動きも無くなってきたがワルシャワ北西のソ連包囲網はどんどんと小さくなってゆき、最終的には無くなってしまった。
『捕虜32万』
そのポップを最後に目が覚めた。
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