第5話 1940.08

『気が付くと』

という表現は変か。

『夢に落ちると』

うん。

こっちだな。

マルタ島は占領済みだ。

うんうん。

これくらいでないと。


「エニグマは解読されているぞ。」

ちょび髭がビクンとした。

振り向いた顔には怒りがあった。

「断じて有り得ん!

 解読の確率を知っているか!

 しかも毎日鍵を変えているのだぞ!」

「人の作ったものだ。

 絶対ということは無い。」

ちょび髭は椅子に座り込んだ。

両手で顔を覆った。

余程の衝撃だったようだ。

絶対の自信があったのだ。

無理もない。

「イギリスか?」

「今はな。」

「?」

「元はポーランドだ。」

「?

 スパイか?」

「いや開戦前だ。」

ちょび髭は呆然としている。

「何故今になって言うのだ。」

「今までは情報を秘匿する必要が無かった。

 逆にドイツは解読されていることを知らない、と思わせたほうが良かった。」

ちょび髭は理解した。

「今味わった衝撃を、あいつらにも味合わせてやれ。」

「うむ。

 それまでは・・・」

ちょび髭はもう切り替えていた。

流石だな。

「ユダヤ人はどうだ。」

「4日前にイギリスの哨戒艇がユダヤ人を乗せた輸送船を銃撃した。」

ちょび髭は怪訝そうに言った。

知らんのか?

といったところだろう。

「沈没して多数が死んだ。

 アメリカが大騒ぎしておる。」

私は笑った。

「思うつぼだな。」

「余はアメリカに通達しておいた。

『ユダヤ人支援の船はジブラルタルの通行を許可する。』」

ちょび髭は胸に手を置いて少し芝居がかった仕草で言った。 

「いいね。」

「アテネからの輸送船は武装させた。」

ダンケルクとギリシアで手に入れたものだ。

「イギリスがアメリカ船を撃ってくれるかな?」

ちょび髭が『フンッ』と鼻を鳴らした。

「そこまで馬鹿ではない。」

「現場は兎角暴走しがちだ。

 ユダヤ船の中にアメリカ船が紛れたら?

 分からんぞ?

 いろいろ手はあるだろう。」

私はニヤニヤした。

ちょび髭の視線が虚空を向いた。

まてまて、

考えるには早い。

「次は?」

ちょび髭の視線が戻る。

「ドゥーチェがエジプトに入っただろう。」

イタリアは北アフリカのリビアとエチオピアに40万程配備している。

イギリスの中東軍は6万程だ。

普通ならば勝てる戦力差だ。

ドゥーチェは小心者で欲深だ。

今が切り取り時と思ったのだろう。

「現場が分かっておらん。」

ちょび髭の言う通り数はいるのだが装備は貧弱で士気も低い。

「キプロスよりは脈があるぞ。

 アテネから出れば時間が稼げる。」

ちょび髭は即座に理解した。

先のクレタ島海戦で地中海艦隊は擂り潰されている。

イギリスは東洋艦隊から分遣隊を向かわせたが、まだ到着していない。

しかもユダヤ船撃沈で国際的に批判され慎重にならざるを得ない。

唯一の懸念は航空機だ。

クレタからは爆撃機しか届かない。

だが、

やるなら今だ。

パレスチナではユダヤ人が武装蜂起し、リビアからはイタリアが侵攻した。

アレキサンドリアはもぬけの殻だ。

ちょび髭の顔が紅潮して行く。

よしよし。

次が楽しみだ。


しかし続きがあった。

また上空からTVのドキュメンタリー番組を見ているようになる。

足の下は海だ。

地中海だな。

太陽は真正面にある。

ということは北から見ているのか。

解り辛いな。

と思ったら下は砂漠になった。

そうそう。

南から北で無いと感覚が狂う。

目が慣れると様子が分ってきた。

あれはナイル川だ。

海に向かって扇状地が広がっているから、あそこがアレキサンドリアだ。

ポップが出ているから間違いないが、緑だな。

もっと砂漠かと思った。

西に目をやると緑色のリビアと茶色のエジプトの境目から少しエジプトに入った所にイタリア軍がいた。

エジプト側にはイギリス軍の師団マークが3個いる。

1万人位か。

転じてパレスチナ方面を見る。

イギリス軍の師団マークが分散して、あちこちにいた。

ユダヤだけでなくアラブ諸国にも睨みを利かせる必要があるのだ。

エチオピア方面にもいる。

これは、

いけそうだ。


ギリシアから出港した船のマークはクレタ島の近くで東に進路を取る。

そのうちの一部が途中で南に進路を変えた。

おお、始まったな。

するとクレタから爆撃機がアレキサンドリアに向かって飛び立った。

かなりの数だ。

ギリシア本土からも爆撃機が飛び立つ。

航続距離外だと思ったらクレタ島に降りた。

そこで給油してアレキサンドリアに向かうのか。

いいね。

飽和攻撃だ。

バトル・オブ・ブリテンの航空消耗戦をやらなかったおかげだな。

初めの爆撃隊がアレキサンドリアに近づくとイギリスの迎撃機が発進した。

それなりに数はいるが爆撃機の数には遠く及ばない。

爆撃機の防御機銃など大したことは無いが、密集して集中射撃をされると近づくのに勇気を必要とする。

しかもほとんどがハリケーンなどの二線級の機体で、練度も高くない。

対空砲が発砲しだしたが、やはり数が足りない。

ドイツの爆撃機は飛行場、対空砲、沿岸砲台、艦船などを爆撃していった。

水平爆撃なので命中率が高くは無いがあちこちで黒煙が上がっている。

日本本土空襲やベトナム爆撃の映像を見てきた私には『この程度?』と思える光景だった。

ドイツの第二波が来たが爆撃機では無かった。

空港周辺にパラシュートのマークが出る。

クレタではさほど被害が無かったのだろうが・・・

う~~ん。

無謀じゃないか?

だがドイツ軍の奇襲攻撃で地上は混乱して反撃は無い。

ショック状態で硬直したか。

遅れてきた第二波の残りが占領した飛行場に降り始める。

降ろすのは火砲だ。

重武装した空挺師団は港を目指す。

どこに上陸させるのかと思ったらアレキサンドリアに直に来るつもりだ。

大胆過ぎる気もするが、ジブラルタルで学んだのだろう。

砲台は内陸からの攻撃に弱い。

しかも守備隊は爆撃で混乱している。

空挺師団のマークが港に入ると砲台のマークが次々に消えてゆく。

イギリス守備隊のマークが港を囲むように集まりだしたが、その頃にはドイツの輸送船が入港しだした。

その時気が付いたが、輸送船を守るようにイタリア艦隊がいた。

自国の大軍がエジプトの国境近くでうろうろしている間にドイツがアレキサンドリアを占領しようとしているのだ。

焦ったドゥーチェが急ぎ派遣したのだろう。

いや、それにしては早すぎる。

ちょび髭が焚きつけたかな。

防雷網は張ってあるが機雷原は無い様だ。

ドイツの輸送船は燃えている艦船の間を縫って接舷し、戦力を上陸させる。

これで勝敗は決した。

暫くするとエジプトが薄紫色に変わった。

しかしパレスチナは以前茶色いままだ。

イギリス軍はしぶとい。

だがまあ、

これでフランス領シリアとエジプトに挟まれた形だ。

攻略は出来るが、あんな面倒な所は手を出さないほうが無難だろう。

そしてスエズ運河はドイツの手に落ちた。

地中海は『われらの海』になった訳だ。

キプロスはイタリアに好きにさせた方が被害が出ないが、

さて、

ちょび髭はどうするつもりかな?


うまい具合に目が覚めた。

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