第3話 1940.06
今度は勝手が違った。
部屋ではない。
空か?
空に浮かんでいるのか?
眼下は・・・海だ。
次はてっきりバルバロッサ前と思っていたが全く違った。
何か、
水平線に何かが見える。
船だ。
ひとつではない。
目が慣れると数が増えてきた。
艦隊だ。
何となく分かってきた。
よく見ようと思ったら、すうっと船の近くに寄った。
おお、便利。
近いので艦種までわかる。戦艦らしきものが3隻と巡洋艦・駆逐艦、空母も一隻伴っている。
H部隊だな。
アルジェリアに向かっているのか。
そうするとレゾリューション・ヴァリアント・フッドだろうが、どれがどれだ?
そう思うと船の上に名称が浮かんだ。
ありがたい。
まるでゲームの様だ。
よく見ると近くを毛色の違う船が並走している。
あ、そうか。
フランスの駆逐艦か。
ちょび髭の忠告で哨戒していてたのだろう。
先導か退去勧告かどちらかな。
どちらにしてもフランス艦隊は通報を受けたはずだ。
それでは・・・
と思ったら視線は艦隊を離れてぐんぐんと進み、あっという間に海岸線が見えてきた。
ここがアルジェリアのメルゼル・ケビールか。
陸地から突き出た半島から防波堤が伸びている。
その中から大型艦が4隻、出港していた。
間に合ったな。
史実では港内にいる間に砲撃を受けて3隻が沈んだのだ。
つまりここからは、私の知らない世界だ。
どうなるのか楽しみだ。
・・・と思ったが、
遅い!
かなりの速度で進んでいるのだが、船は大きいし海は広い。
会敵するまで何時間かかるのだろう。
すると太陽が動き始めた。
お、早送りだ。
ありがたい。
これで海戦が見物できる・・・はずだったが、
おやあ、
フランス艦隊はH部隊から退避する方角に向かってるぞ。
速力はフランス艦隊の方が速いのでH部隊は捕捉出来ないだろう。
残念だが仕方ない。
太陽は地平線に沈み星空が天空を回り、また太陽が昇ってきた。
見えてきたのはフランスのツーロン港だ。
港の上に矢印と名称がクルクル回っているので間違いない。
そこに先程の戦艦と数隻の駆逐艦が入港した。
これで終わりと思ったが、まだ夢は続いた。
なんだ?
と思っていたら、海岸線にポツ、ポツと黒い点が見えてきた。
ダカールのフランス艦隊が退避して来たのか?
いや、違う。
H部隊だ。
追ってきたのだ。
イギリス人、凄いな。
フランス本土を砲撃する気だ。
ツーロン港からは駆逐艦が続々と出港している。
戦艦が出港するまで足止めする気なのだろう。
駆逐艦が遠く黒い点になるころには戦艦も出港できていた。
遠くで光が見える。
始まったようだ。
音が聞こえないのは遠いせいか、夢のせいか・・・
などと思っていたら単縦陣のフランス軍の先頭艦が右舷に舵を切った。
他の艦もそれに続く。
また逃げるつもりかと思ったら、戦闘機動の様だ。
H部隊は遥か彼方だが、海戦の戦闘距離はそれほど遠いのか。
そう言えば大和の主砲は40km位届くと聞いたことがある。
そこまででなくても砲戦距離は20km位はありそうだ。
フランス艦隊の主砲は左舷のH部隊に向けられている。
突然先頭艦の右舷側に白い水の柱が1本、スルスルと立ち上った。
H部隊が砲撃を始めたのだ。
フランス艦も砲撃を始めるのかと思ったら、全艦が一斉に左舷側、Hに向かって進路を変えた。
おお、距離を詰めるのか。
積極的だなあ。
ここからではH部隊の様子が分からないので近くに行くか、と思ったとたんにH部隊を斜め上から見る位置に移った。
真ん中あたりに整然と固まっているのがイギリスのH部隊主力でフランスの駆逐艦は10隻くらいバラバラでその周りにいる。
煙幕を展開して視界を妨害するつもりだ。
よく見ると盛んに撃ちかけている。
H部隊の駆逐艦は主力に近づこうとする敵艦との間に入っている。
どちらも勇敢だ。
既に被弾して煙を出している艦も見える。
戦艦戦隊の先頭艦が発砲した。
駆逐艦にではなく遠い戦艦隊に向けてだ。
1門だけだ。
測距だろう。
暫くするとまた1門だけ撃ちかける。
おそらくフランス艦隊が頻繁に進路を変える為、そのたびに試射を繰り返しているのだろう。
突然、戦艦戦隊が舵を切った。
フランスの駆逐艦隊が進路に向けて魚雷を放ったのだ。
ほぼ全艦がバラバラの位置から発射している。
命中を期待してではなく進路を妨害するためだ。
戦艦からは魚雷の航跡は見えないので間にいる駆逐艦から警告されたのだろう。
戦艦隊は隊形を維持できずにバラバラになってしまった。
再編成には時間がかかりそうだ。
気付くとフランスの駆逐艦がかなり減っている。
残った艦も傷ついて避退を始めた様だ。
イギリスの駆逐隊が追撃している。
突然フッドの近くに水柱が上がった。
フランス戦艦の砲撃だ。
フランス戦艦隊の方を見ると、船腹が見える。
斜め前方に進んでいるのだ。
チカチカッと見える。
あれは斉射だ。
順番に4隻とも光ったという事はデータを共有しているのか?
2隻は旧式艦だが近代化改装をしているのかな。
かなりの時間がたってから、
十数秒か?
フッドより遠方に水の林が出来た。
数秒後にもっと遠くに、
また数秒後に前方に、
最後は直ぐ近くに水の林が出来た。
成程こうやって自艦の砲撃を見分けるんだ。
フッドは他の戦艦と戦隊を組むために旋回を続けている。
その間にもフランスの砲撃は続いているが、進路が変わっているので命中弾は無い。
遠距離砲戦は曲射なので命中させるのは非常に難しい。
情報は水平線に見える敵の艦影しかない。
まず距離が分からない。
進路が分からない。
速度が分らない。
そこで主砲を撃ってみる。
仰角で跳ぶ距離は解っているので、それが敵からどの程度離れているかで距離を測るのだ。
次に撃つと、今度は前回の地点からどの程度離れているかでおおよその距離が分る。
もちろんその間にも敵は動いているし速度を変えているかもしれない。微妙に角度を変更している可能性もある。
当然自艦も移動している。
それら全てを計算しなければならない。
完璧に計算出来て敵艦を捉えたとしても、その範囲に落ちるということに過ぎない。
最終的に命中するかどうかは「運」なのだ。
そんなことを考えている間にも砲戦は続いているが、砲撃の間隔は十数秒と長く、なんだか間が抜けて見えた。
命中弾が無いうちにH部隊主力は元の単縦陣に戻っていた。
先頭がフッドでレゾリューション、ヴァリアントが続き、その後ろに軽巡洋艦が2隻続いている。
既にフランス駆逐艦は攻撃範囲から外れて煙幕も見られない。
それを追ったイギリス駆逐隊もかなり離れてしまった。
フランス戦艦を見ると、ずいぶんと近づいたようだ。
よくT字になるのが理想というが、フランス艦隊はカタカナの「イ」の字になっていた。
H部隊が縦棒でフランス艦隊が斜めの棒だ。
その横を数隻がH部隊に向かってくる。
戦艦が出港した後に出てきた駆逐艦隊で、今度はきちんと単縦陣を組んでいた。
フッドの周りに水柱が立った。
夾叉したのだ。
命中弾は無かったようだがフッドは右舷、フランス艦から離れる方に回りだした。
どうやら至近弾で舵をやられた様だ。
二番艦のレゾリューションが先頭になり、直進を続けている。
フッドは左右のスクリューを調節して直進しようとしているが速度は大幅に落ちた。
レゾリューションは右舷に進路を変えて反航戦に移る。
先に命中弾を与えたのはH部隊だった。
フッドは敵一番艦のダンケルク、レゾリューションは2番艦のストラスプール、ヴァリアントは3番艦のプロヴァンスを狙っていたのだが、プロヴァンスの前甲板に黒煙が上がったのだ。
一発だけだった。
フランス艦隊は全艦でフッドを狙っていたがフッドの進路が変わって動きが不規則になった為、2番艦のレゾリューションに狙いを変えた。
既に距離も速度も分かっていたので初弾から命中弾が出た。
ダンケルクからの命中弾は前甲板に1発と左舷の副砲群に一発。
ストラスブールは全弾外れ。
プロヴァンスの1発は2番主砲塔に命中したが貫通はしなかった。
しかし衝撃で歪みが生じ、2番砲塔は砲撃不能となる。
4番艦ブルターニュの砲撃が一番被害が大きかった。
一発が左舷副砲群に落ち、火災が起こった。
二発目は煙突に飛び込んだ。
機関は破壊されなかったが、破孔から大量の黒煙が噴き出した。
艦の後方は煙で溢れて乗員の視界を奪い、呼吸を妨げた。
また後ろに続くヴァリアントも視界を遮られて砲撃不能になった。
レゾリューションは右舷に避けてヴァリアントに進路を譲った。
そのレゾリューションに、何とか直進を始めたフッドが衝突した。
レゾリューションの出す黒煙で見えなかったのだ。
双方とも前進していたので相対速度こそ遅かったが、その質量により被害が出た。
レゾリューションは艦尾に亀裂が入ったが、浸水は僅かで修理も容易だった。
問題はフッドだ。
潰れた艦首には亀裂が入り、浸水し始めた。
その為に停船せざるを得ない。
フランス艦隊は戦列を離れたレゾリューションに変わって次の獲物はフッドにした。
フッドは相次いで命中弾を受け、燃え始めるが主砲群は無事で砲撃を続けていた。
命中弾が左舷に集中して左に傾く間にダンケルクに痛撃を与える事が出来た。
ダンケルクは1番砲塔に受けた命中弾が装甲を貫通した。
弾薬庫こそ誘爆しなかったものの砲塔内の弾薬が爆発し、砲塔が外れてしまった。
衝撃で周囲の電路が切断されて2番砲塔も砲撃不能となる。
つまり主砲は全滅だ。
ダンケルクも右舷に舵を切って後続に進路を譲る。
フランスの3番艦、プロバンスもヴァリアントから命中弾を受けていたがまだ戦闘には支障なかった。
残った3隻のフランス戦艦はヴァリアントを狙い始める。
距離はかなり近づいている。
フランス艦隊はかなりの命中弾を与えるがなかなか装甲を貫通する事が出来ない。
だがとうとうストラスプールの放った一弾が艦橋に飛び込んだ。
ヴァリアントの指揮系統が吹き飛んで統制射撃が出来なくなった。
後楼にも射撃指揮所はあるが機能するには時間がかかる。
砲塔個別の射撃では命中弾は期待できない。
戦闘不能になったとみて間違いないだろう。
しかしフランスのプロバンスも相次ぐ命中弾で左舷に傾きだしていた。
戦闘の継続は難しい。
プロヴァンスは戦列を離れた。
ヴァリアントはとうとう火災を起こした。
主砲は砲撃できなくなっていた。
と、突然ヴァリアントの左舷に水柱が立った。
魚雷だ。
いつの間にかフランスの駆逐戦隊が接近していたのだ。
ヴァリアントの後方にいたイギリスの巡洋艦が慌てて速度を上げて前に出る。
フランス駆逐艦隊を排除するのだ。
イギリスの駆逐艦はフランス駆逐艦を追撃した為に離れてしまい、まだ戦場に戻れていない。
今度は航行できないフッドに2本の魚雷が命中した。
元々傾いていた左舷への命中で、傾斜はよりきつくなった。
イギリスの巡洋艦はフランスの駆逐艦隊を追い払おうと懸命だが、そこをダンケルクが砲撃する。
ダンケルクは主砲こそ使えないが艦尾の副砲群は健在だった。
ケースメイトではない砲塔式の副砲は軽巡洋艦にとって十分すぎる脅威だった。
しかし撃たれながらもイギリスの巡洋艦は駆逐艦に向けて発砲しながら真直ぐに突っ込んでいった。
素晴らしい敢闘精神だ。
フランスの駆逐艦隊もイギリス戦艦に肉薄しようとするが軽巡洋艦に命中弾を受けて脱落する艦が増えてきた。
残った魚雷をすべて発射すると退避を始める。
そのタイミングでイギリス巡洋艦もフランス戦艦隊に向けて魚雷を発射する。
牽制の為だ。
フランス戦艦隊は魚雷を避ける為に転舵する。
やっと戦場に戻ってきたイギリスの駆逐艦隊が煙幕を張り始めた。
イギリス艦隊は撤退を始めた。
フランス艦隊も損傷艦が多く追撃するには戦力不足だった。
引き分け、そんな感じだな。
その時陸地側の空に黒い点があるのに気がついた。
点はどんどん大きくなり、直ぐに姿が判別できるようになった。
スツーカだ。
数えると50機位いる。
少し違う方角にも黒いシミがある。
なんだか出来過ぎだなあ。
と思ったら、すぐに理由が頭に浮かぶ。
ジブラルタルに送る飛行隊がこの近くまで来ていた。
ツーロン港に赴任していたドイツの連絡官にイギリス艦隊接近の報告を受けて飛んできたのだ。
後は、虐殺だった。
この時代の艦船の対空砲は貧弱だ。
戦車を狙うスツーカには対艦攻撃など楽な仕事だった。
しかも熟練搭乗員ときている。
魚雷ではなく徹甲弾も無いので浸水こそさせられないが、3隻の戦艦は上部構造物を破壊されて燃え上がった。
ヴァリアントは火災の為に浸水を止める作業が出来なくなり転覆した。
フッドは艦首の浸水が止まらず左前方にのめり込む様に沈んでいった。
レゾリューションの火災は手が付けられず総員退艦した後に自沈した。
2隻の軽巡洋艦も多数の命中弾を受けた。
アリシューザは戦艦同様火災が起こり総員退艦した。
エンタープライズは煙突に命中弾を受けて機関が火災を起こし、その火が回って弾庫が誘爆、爆沈した。
11隻あった駆逐艦でジブラルタルまで帰投できたのは3隻だけだった。
スツーカは4機が被弾して着水したが、搭乗員はフランスの駆逐艦に救助されて全員が無事だった。
フランス水兵がドイツ人パイロットの背中を叩いて笑っている姿が印象に残った。
これはツーロン沖海戦と呼ばれるんだろう。
まあ、私以外は呼ばないけどね。
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