第2話 1940.05

またここにいるのかと思ったら、何となく今までの経緯が分ってきた。

フランスを降伏させたとすると、1940年の5月か。

周囲も見えてきた。


今度は明るい部屋だった。

随分と印象が違うので前と同じ部屋かは分からなかった。

印象が違うのは部屋にいる男のせいかもしれない。

落ち着きなく動き回り、その動作にいちいち力が入っている。

興奮を外に出さないようにしているが、傍からは丸わかりだ。

「うまくいったようだな。」

振り向いた男は歓喜を露わにしていたが、直ぐに抑え込んだ。

「当然だ。」

やはり。

「次の手は?」

「イギリスを屈服させて、終わらせる。」

「ふむ。

 手は?」

「ダンケルクを見ておらんのか?

 奴らには武器が無い。」

「ゼーレーベか?」

男は一瞬固まったが、続けた。

「混乱している今がベストであろう。」

成程。

そう来るだろうと思っていた。

「ダンケルクを見て分からなかったのか。」

「・・・」

男の興奮が冷めてゆくのが分る。

「戦争に必要なものはなんだ。」

男は即答しない。

表情が無い。

今、男の脳はフル回転しているのだろう。

「人だ。

 全てを捨てて人だけ連れ帰ったイギリスは・・・」

男は視線を上げたが、私を見ているわけではなかった。

自答しているようだ。

「冷静だ。

 しかも艦隊は無傷だ。

 上陸は・・・」

「分かったか?

 相手はバカではない。

 しかも、

 やる気だ。」

男の顔色が悪くなる。

既に準備をしていたのだろう。

「次の手は?」

黙り込んだ。

私は近くのイスを引き寄せて座った。

時間がかかりそうだ。

しかし読みは外れた。

「そのためのU-BOATか。」

「イギリスをイギリスたらしめているのは・・・」

「植民地だ。

 イギリスと結ぶ航路は二本。

 大西洋と・・・

 地中海!」

やはりこの男はキレる。

私の考えが分ったようだ。

「しかし、

 ジブラルタルは、

 あの要塞は、」

「海からは無理だ。」

「フランコは同意しまい。」

何度申し入れてもフランコが承知しなかったことは知っている。

「おいおい、時間が勝負だぞ。」

まだ男は固い

「自信を持て。

 今やヨーロッパの主だぞ。

 国内を通られても、負けると分かっている戦を仕掛けてはこないだろう。

 よしんば仕掛けられても、負けると思うか?」

「だが国際世論というものがある。」

「今更気にするのか?

 力こそが正義だろう。」

男は腕を組み、口に手を当てたまま身じろぎもしない。

今度こそ時間がかかりそうだ。

暫く後に男は私の目をしっかりと見た。

「ジブラルタルだけでは不足だ。」

私はにやりとした。

男は続けた。

「マルタとキプロス・・・」

「アレキサンドリアは?」

男は目を見開いた。

「まあ、直ぐには無理だな。

 キプロスも難しいだろう。

 だがアテネを取ればクレタは目の前だ。

 ジブラルタル・マルタ・クレタを取ればアフリカに渡れるぞ。」

男は再び考えている。

ジブラルタルはともかく、マルタには船が欲しい。

イタリアを使うしかないが、自尊心が強く小心者のムッソリーニは協力すまい。

「戦艦が欲しくないか?」

男は私を見る。

反応が鈍い。

まだ理解していないな。

「港付きで4隻ほど。」

やっと思い出したようだ。

「協力はすまい。」

「好都合なことにイギリスが動く。

 すでにアルジェリアに向かっているかもな。」

男は目を見開いた。

「合流しなければ沈めるつもりだ。」

「それだけでフランス人が・・・」

「イギリスは恫喝する。

 フランス艦隊は恭順しないだろう。

 今教えれば準備が出来て戦えるはずだ。

 もしだめでも、少なくとも恩は売れる。

 共倒れになってもドイツには利益しかない。」

そうすればムッソリーニも乗ってくる。

「イタリアはバルカン半島をやる気だ。

 ドゥーチェに恩を売ってやれ。」

男は落ち着いてきたようだ。

「ジブラルタルとクレタ、それほど割かなくても良いな。」

「それでも船が足りないことに変わりはない。

 地中海を制すには?」

「航空機だ。」

男は即答した。

言わずもがなだ。

史実ではバトル・オブ・ブリテンで千機ほど失い、得るものは無かった。

だがここで使えば地中海の制空権を取れる。

「それでマルタもいけるだろう。」

男は宙をにらみ、考えにふけっている。

具体的な計算をしているのだろう。


「ところで・・・」

男はこちらを見た。

「そろそろ良いのではないか?」

これだけでは分からない。

「逆に重荷になっていないか?

 引くには良いタイミングだぞ。」

いくつか思い当たったようだが確信が持てない様だ。

「パレスチナに送ってやればイギリスの混乱は、より深くなる。」

理解できた男の顔がみるみる紅潮する。

「余は決して妥協せぬ!

 ユダヤ民族は浄化すべきだ。」

「本当は信じていないんだろう?

 私に虚勢を張る必要はない。」

今までの興奮が嘘だったように冷め、しぼんでゆく。

「大衆の受けが良かったのだ。

 そう言えばどんどん支持者が増えた。」

「大衆も分かっていたはずだ。

 民族ではなく一部の金持ちを妬んでいただけだとな。

 だが・・・」

男の目を見た。

「もう自尊心は回復している。

 そんなものを使わなくても大衆は付いてくる。

 それだけの実績を上げたからな。」

「・・・」

「シオニストに話を付けて軍隊を作り、パレスチナに送ってやるんだ。

 ユダヤ人の入植制限をしているイギリスは避難民に発砲している。

 その防衛の為と言ってやれ。」

男は唖然とした。

知らなかったようだ。

「そんなことをしているのか。」

「偉そうにしているがイギリスなど利己的で腹黒い年寄りだ。

 アメリカに教えてやれ。

 イギリスに送っている支援物資がユダヤ人に向かうぞ。」

「おもしろい。」

アメリカの世論も分裂するかもしれない。

「フランスからアメリカに移住させるのもいいな。

 何十万人、何百万もの人間の面倒を見るとなれば、外国の支援などは二の次だ。」

「アメリカが受け入れるか?」

「勝手に送り出せばいい。

 ドイツは楽になり、もしかしたら感謝されるかもしれない。

 アメリカは受け入れても、拒否しても貧乏くじだ。」

「パレスチナのイギリスはもっと悲惨になる。」

男は言って笑った。

なにせ敵軍を送り付けるのだ。

「装備はダンケルクに転がっているしな。」

男は声を出して笑い始めた。

「ギリシアを通ればよいな。

 戦闘訓練になる。

 そしてアテネからパレスチナに渡れる。」

「イギリスが船を攻撃しなければ、紛れさせるという方法もある。

 ユダヤ人の支援として渡ってもいい。」

「余が?

 ユダヤ人を支援?」

男はのけぞって笑った。

「ユダヤが建国できれば今までのことを忘れて感謝されるだろうな。」

「いや、」

男は涙を拭きながら言った。

「ユダヤ人は決して忘れない。

 そういう民族だ。」

「それでもいい。

 目的は違えども手段は同じだ。」

「なるほど。」

男は再び考え始めた。

そろそろ頃合いだ。

景色が薄れ始めたころ、男は再び言った。

「なるほど。」





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