変わった日常

 退院した次の日、わたしは学校へ登校するのだが、いつもと様子がおかしい。わたしが通る度にすれ違う人たちの視線が突き刺さる。それどころか、誰もがわたしをを見てヒソヒソと知人と話している。

 それが不快で早く学校へ行こうと走ろうとすると、背後からいきなり誰かに抱きつかれた。

「きゃあ!」

 思わず悲鳴を上げてしまうと、背後の人物は慌てて離れて声を掛けた。

「わ、ごめん。驚いた?」

「おはよう、明良!」

「あ、あかね、桃香ももか!」

 恐る恐る振り向くと友人のあかねと桃香がわたしに手を振っている。

 そうだ、いつもあかねが挨拶として抱き着いて来るのに、ここ数日の出来事で疑心暗鬼になっていた。

 怯えていたのが分かったのか、二人の表情が翳りわたしの顔を心配そうに覗き込む。

「ごめん、ビックリしたよね。普通に歩いていたから、大丈夫だと思ってたんだ」

「テレビで事件を見たよ。怪我はしてない?」

 オロオロとわたしに接する二人に、一つ深呼吸をすると笑って明るく返事をした。

「大丈夫! 軽い栄養失調になっただけで、もう何ともないよ」

「本当? 無理してない?」

「ないない。むしろ最初に二人に会えた事が嬉しい!」

 更に尋ねる桃香に、わたしは片手を振って否定する。そうでもしないと、二人はわたしの様子を伺い続けそうだから。それに、学校に行くのが不安だったけど、二人に会えて嬉しかったのは本心だ。

 わたしの言葉に二人はよそよそしい雰囲気を無くし、いつもの調子で話し始めた。

「それなら良かった。本当、心配したんだからね!」

「そうだよ。わたしたちと遊んだ後だったから、余計心配したんだよ」

「心配掛けてごめんって。遊んだ後に誘拐された事は誘拐犯に文句言ってよ」

 そんな軽口を叩きながら笑うと、あかねが誘拐事件について切り出した。

「誘拐ってテレビで言ってたけど、何があったの?」

「それが他の高校生たちとデスゲームするよう言われたんだ。でも、それが開始される前に主犯の男が死んだんだけどね」

「マジ? そいつイカれてるね」

「そんな危険な状況だったのに、明良が無事で本当良かった。これからはわたしたちが守るからね」

「ありがとう、二人とも」

 あかねは主犯に嫌悪をし、桃香は涙目でわたしに抱きついて来た。心配してくれる二人にわたしの心が温かくなり、桃香の頭を撫でて礼を言う。

「とりあえず学校行こう。クラス全員が明良のことを心配しているから」

「そうそう。ここだと他の人たちの視線がやばいからね」

 あかねはチラリと周囲を見ると、まだこちらを盗み見している。

「そうだね。早く学校に行こう」

 あかねと桃香はわたしを挟む形で歩き出した。まるでわたしのボディガードみたいで、二人の優しさに笑みが溢れた。教室に着く間の二人は、事件とは関係ない話をしてくれて、周囲の視線や声が気にならなくなっていた。

 そして学校に到着すると、周囲の騒めきはさらに凄いことになった。学年関係なく自分のクラスから出てきてわたしを一目見ようとしている。

「こら! 何を騒いでいる! 用がないのなら、自分の教室に戻りなさい‼︎」

 廊下で生徒たちが密集していることと、わたしが登校したことに気付いた複数の先生が生徒たちを注意する。わたしたちは、その間に自分の教室に走って滑り込む。

 しかし教室に入ると、わたしに気付いた途端、一斉にクラス全員がこちらを見た。そしてわたしに近づき矢継ぎ早に質問し始めた。

「新田さん、もう学校来て大丈夫なの?」

「事件をニュースやSNSで見たけど、どこまでが本当?」

「ねぇ、犯人と話したの? どんな感じだった?」

 クラス委員の黒井を筆頭に、お調子者の多田が興味本位に聞いていてくる。さらにいつもは業務連絡しか話さない渡利も鼻息荒く聞いてくるので、思わずたじろぐ。

「え、あの」

「ほらほら、どいた。明良を席に座らせるよ」

「明良、こっちから行こう」

 どう返答するか迷うわたしに、しっしっと手で払い除けるジェスチャーをしてクラスの人たちをあかねが追い払う。その隙に桃香がわたしの手を引っ張って席に連れて行ってくれた。

 ようやく自分の席に着いたわたしは、机に身体を預けてぐったりした。それでもクラスメイトたちの視線がこれでもかと突き刺さってくるし、ヒソヒソとわたしに関する噂話をしている。外にいる時と何も変わらない。

 ……これがしばらく続くのかと思うと、頭が痛くなる。わたしはスマホを操作して羽間たちのグループチャットを開いて、愚痴ることにした。

 新田『学校着いたけど、クラスの人からの質問攻めがヤバイ』

 玉木『分かる。俺は怪我をしてるから、追求がウザい』

 中川『そうか? 有名人みたいで気分がいいぜ?』

 田山『のんきでいいわね。誰が勝手にわたしたちを撮影して投稿するかもしれないのに』

 石井『え、盗撮? でも、有名税と思えば悪くないか。わたしたち、何も悪いことしていないし』

 植本『それでも勝手に撮られるのは嫌ですね。悪用されたくありませんし』

 羽間『そうですね。これからもお互い連絡を取り合って自衛しましょう』

 そんなやりとりをしていると、チャイムが鳴った。いつもの退屈な授業が始まるが、この間は必要以上に注目されないので、束の間の休息になりそうだ。

 わたしは机に突っ伏して大きなため息をついた。

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