見知らぬ場所と人

 ──はずだった。

 そう、そんな事を考えながら自分の部屋で眠ったはずだ。少なくとも、目を覚ましたら見覚えのない真っ白な部屋の冷たい床の上で、制服を着て寝ていたなんて事はあり得ない。

 ズキズキと鈍く痛む頭を抱えながら、わたしはゆっくりと体を起こした。

 どうしてここにいるのか心当たりがない。そもそもここがどこだか分からない。

 わたしが眠っていた部屋には、わたし以外に六人の男女が倒れている。よく見ると、全員が同じ市内の高校の制服を着ている。

 状況を知る為に誰を起こそうか迷っていたが、一人の女がわたしと同じ学校の制服を着ていたのに気付き、彼女を起こす事に決めた。もしかしたら知り合いかもしれない。

 わたしは静かに近付いてその女の顔を覗き込む。黒髪を一つに結び、黒縁の眼鏡を付けたまま眠っている女だったが、見覚えがない。ためらっても仕方がないので、とりあえず起こしてみることにした。

「ねぇ、あんた。起きなよ!」

「んっ。……ぅあ?」

 肩を揺すって声を掛けると、女はすぐに意識を取り戻したのか、薄らと目を開けた。

 焦点の合っていない目でわたしをしばらく見た後、目を見開いて小さな悲鳴を上げてわたしから距離を取った。

「き、きゃあ! 貴女、誰ですか⁉︎」

「それはこっちが聞きたいよ! あんた、わたしと同じ高校の生徒だよな?」

「え? そう、みたいですね」

 女はわたしの制服を見て自分と同じ制服に気付いて相槌を打つ。

「良かった。他にも倒れている奴らがいるけど、全員他校なんだよね。あんた、あの中に知り合いはいる?」

 女は他に倒れている人をジッと見たが、すぐに首を横に振る。

「いえ、知りません。それより、ここはどこですか?」

「知らない。気づいたらここにいた」

「え、どういうことですか? まさか誘拐?」

「だから知らないってば! あんたも知らないなら、他の奴らを起こすよ。何か知っている奴がいるかもしれない」

「は、はい。分かりました」

 次々と質問をしてくる女に苛立ちながら、わたしが指示を出すと、女はおどおどしながらも頷いた。二人で手分けして他の人たちを起こす事にした。

 わたしはとりあえず自分の一番近くにいた男を起こすことにした。金髪に染まった短髪と、両耳には複数のピアスを開けていて、制服も偏差値の低い高校の物を身に着けている。この中で一番ガタイが良く、軽く揺すってもびくともしない。このまま放って置きたかったが、あの臆病そうな女が起こす相手ではないと思ったわたしは、根気よく何度も揺すって声を掛けた。

「ねぇ、起きて。大変なことになってんだよ」

「んぁー、何だよ。もう朝飯か?」

 揺さぶるわたしの手を払い除けながら、男はゆっくりと体を起こした。大きく伸びをしてぼんやりしていた男は部屋の様子に気付いて首を傾げた。

「あ? いつの間に模様替えしたんだ?」

「んなわけないでしょ! ボケてないで目を覚ませして!」

 呑気な男に腹が立ったわたしは、肩を平手する。叩かれてわたしの方へ向いた男は、眉間に皺を寄せる。

「おい、勝手に俺の部屋に入るなよ。不審者か?」

「早く目を覚まして、周囲を確認して」

 勘違いして睨む男を説得するのを諦めたわたしは、まだぼんやりと辺りを見回す男を置いて他の人を起こすことにした。今度は少し格好が派手な女だ。元の制服を着崩し、バッチリメイクをしている。爪もゴテゴテのストーンの付けた長めの付け爪をしている。

「起きて、あんたに聞きたいことがあるの」

「んー。星矢ぁ、まだ眠い〜」

「誰と勘違いしているか知らないけど、早く起きて」

 女の寝言を気にせずわたしがさらに揺さぶると、女はいきなり体を起こしてわたしに抱きついた。

「もぅ、星矢せいやは甘えん坊なの? しょうがないな〜」

 猫撫で声で女は甘えてくるが、すぐに違和感に気づいたのか首を傾げてわたしから離れた。そしてわたしの姿を確認すると、明らかに不機嫌な顔をして冷ややかな目で睨みつけてきた。

「あんた、誰?」

 先程よりワントーン低い声でわたしに問いかける。

「それはわたしも聞きたい。あんた、誰なの?」

「いやいや、あんが先に答えてよ。星矢はどこ? まさかあんた、星矢を狙う泥棒猫?」

「違うし、そもそもその星矢って奴を知らない」

 星矢という男は知らないので、わたしは首を横に振りながら答える。

「はぁ? あんな素敵でイケてる星矢のこと知らないなんて、何様のつもり?」

 勝手に泥棒猫扱いされて誤解を解くため言ったのに、何キレてるんだか。

 まだ痛む頭がさらに痛みそうな気がしたけど、まだ起こしていない人がいるので、いまにもわたしを掴みかかりそうな勢いで文句を言う女を無視して再び起こす作業に戻る。

 次に目を付けた男は真面目な印象を持つ見た目だった。キッチリと着こなしている制服は、市内で一番偏差値の高い学校の物だった。サラサラの黒髪に整った顔立ちをしていて、わたしの好みに近い雰囲気に顔が微かに赤くなる。

……今度はまともな人でありますように。

 わたしは心の中で祈りながら、倒れている男を起こした。

「ねぇ、起きて」

「……っ、誰です?」

 わたしが軽く揺すると、男はすぐに目を覚ましてわたしを見つめる。その視線にさらに顔が赤くなりそうになるが、今はそんなことをしている場合じゃないと、首を振って男に質問をした。

「良かった、目を覚まして。ねぇ、ここがどこか分かる?」

「いいえ。どこです、ここ?」

 わたしの言葉に男は瞬時に辺りを見るが、心当たりがないのかボソリと呟く。

「それが、わたしにも分からないんだ」

「え?」

「あ、あの。全員起こしましたよ」

 男の言葉に肩を落とすわたしに、最初に起こした女が声をかけてきた。

「ありがとう、えっと」

「あ、名乗っていませんでしたね。わたしは羽間はざまゆうと言います」

 お礼を言いかけるが名前を聞いていなかったことに気付き、眼鏡の女は羽間と名乗って頭を下げた。

「わたしは新田にった明良あきら。どう、誰かここにいる理由を知っている人はいた?」

「いいえ、誰もここにいる理由が分からないみたいで……」

「あ、星矢〜」

 羽間の言葉を遮るように、先程の派手な女がある男に抱きついていた。男も女と同じくらいチャラい格好をしていて、指や首にシルバーアクセサリーをいくつもつけていた。

「あ、ルリカ? お前もいたのか?」

「当たり前じゃん。わたしは星矢の彼女だよ? 一緒にいるのは当然でしょう」

「それもそうだな。ところでルリカ、ここどこか知ってるか?」

「知らなーい。でも星矢と一緒なら問題ないでしょ?」

「まあ、そうだな」

 星矢と呼ばれている男はルリカの頭を撫でる。どうやらカップルらしい二人の無駄な会話は置いておくとして、羽間が起こしたもう一人に視線を向ける。もう一人の女は、ルリカとは違う清楚系なオシャレをしていた。制服は着崩さず着ていたが、顔はナチュラルメイクをしていて、爪もツヤが出ている。しかし、綺麗にしているのに、その表情は険しく、親指の爪を噛んで何かイライラしているようだ。少しきつめの顔つきの女は自分のポケットや体を触りまくっていたかと思うと、いきなり奇声を発する。

「あー、何でないのよ! どこ行ったの、わたしのスマホ!」

「うお、びっくりした」

 女の金切り声にぼんやりしていた男が驚いて距離を取る。

「あなた、わたしのスマホ知らない?」

「い、いえ。知りません」

 女は近くにいた羽間に声を掛けるが、羽間は首を横に振る。

「じゃあ、あなたのスマホ貸してくれない? SNSをチェックしないといけないの」

「わ、分かりました。……あれ?」

 女の言葉に羽間がスカートのポケットに手を入れるが、首を傾げる。

「あの、わたしも持ってないです」

「なんだ、使えないわね。他の人は持ってないの?」

 女が他の人たちに向けて声を掛ける。わたしを含めてそれぞれが自分のポケットを探るが、全員顔をしかめる。

「あれ、ない」

「嘘〜、最新の買ったばっかりなのに〜」

「俺もだ」

「わたしも持ってない。ということは、全員スマホを持ってないの?」

 わたしの言葉に全員が沈黙する。そんな重い空気を羽間の発言でさらに重くさせる。

「あの、ところでここはどこですか? 目を覚ましたらここにいたので何も知らないのですけど」

「わたしも知らないわ。ところで、あなた達は誰なの?」

「それはこっちのセリフだ。あんたこそ誰なんだよ」

「星矢の言う通りだよ、先にあんたから名乗りな」

 先程金切り声を出していた女は落ち着いたのか、隣の羽間に答えるがカップル二人の態度にわなわなと肩を震わすが、呆れたのか大きく溜め息をついて一息つく。

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