4章

事情聴取

 次に目を覚ましたのは、白い天井が見える部屋だった。一瞬、あの部屋に戻されたのかと思い、慌てて起き上がる。しかし、そこは普通の病院だった。その証拠に、わたしの側にいた母が驚いていた表情をしていた。

「明良、大丈夫⁉︎」

「あれ、わたし……」

 どうしてここにいるのかと聞こうとすると、脳裏に首を絞められて死んでいた田山の姿が浮かんだ。

「田山……。ねぇ、田山は無事なの⁉︎」

 わたしは母の腕を掴んで尋ねるが、母はわたしから視線を逸らした。

 それが田山が死んだことを肯定したので、手を離して項垂れる。

「そんな、どうして……」

「それについて警察が明良に聞きたいことがあるって」

「警察が?」

「お、目を覚ましましたか」

 男の声に視線を向けると、スーツを着た中年男性と若い男性がこちらに近付いてきた。

「わたしは刑事の犬飼いぬかいだ」

「同じく刑事の飛口ひぐちです」

 中年男性は犬飼、若い男は飛口と名乗り、二人は警察手帳を見せた。犬飼刑事は険しい顔をしてこちらの様子を窺っているのに対して、飛口刑事は人当りの良さそうな表情を浮かべている。まるで正反対な態度の二人をジッと見ていると、犬飼の方から声を掛けてきた。

「新田明良さんが目を覚ましたようなので、話を聞きたい」

 犬飼刑事の高慢な態度に苛つくが、それは母も同じようだった。

「娘はたった今、目を覚ましたばかりなんですよ? 事情聴取なら日を改めてくれませんか?」

「そうしたいのだが、なるべく記憶が新しいうちに話を聞きたい。時間はそんなに取らせないつもりだ」

「ちょっと、犬飼さん。そんな強引な聞き方をしたら、また上から怒られますよ」

 母の言葉にぶっきらぼうに言う犬飼刑事に、飛口刑事が割り込む。

「すみません。目が覚めたばかりで申し訳ないのですが、事件解決のご協力をお願いいたします」

 そう言って飛口刑事はペコペコとわたしと母に頭を下げる。そんな飛口刑事の態度が気に入らないのか、犬飼刑事が小さく舌打ちをしていたが、聞こえなかったことにした。

 これ以上グダグダと言われるのが嫌だったので、わたしは嫌々従うことにした。

「分かりました。手短にお願いします」

「話が早くて助かるな。では、新田さん。貴女はどうして、被害者の田山香月のアパートに訪れたんだ?」

「わたしたちは例の複数誘拐事件の被害者です。その内の玉木が殺されたことに怯えた彼女を宥める為に、アパートへ行きました。彼女は一人暮らしだと言っていたので、しばらく泊まってほしいと彼女からお願いされました」

「つまり、田山さんは自分の両親ではなく、会ってまだ数日の新田さんに助けを求めたんですね」

「はい、そうです」

「普通は両親に連絡を取るなり、他の知人に助けを求めるんじゃないのか? わたしだったら、貴女を部屋に来るよう言わないな」

「どうしてです?」

 犬飼刑事の含みのある言い方にわたしは苛立ちながらも尋ねる。

「まず彼女は玉木が殺されたことで怯えたそうだが、彼だけの死が彼女を不安にさせたことじゃないよな?」

「……わたしたちを監禁した仮面の男と同じ様に殺されたことと、いまだに殺された拳銃が見つからないことで怯えてました」

「彼女は二つの事件が繋がっていると思っていた。それなのに、その事件に関わりのある貴女をアパートに招くのは怪しくないか?」

「ちょっと、犬飼さん!」

 犬飼刑事の推測が悪い方向に行っていると思ったのか、飛口刑事が慌てて止める。だけど、そこまで言えば頭の悪いわたしでも自分が犯人扱いされていると理解出来る。

「……わたしが言っている事が嘘で、田山を殺しに行ったと思っているんですか?」

 わたしを犯人だと疑っている犬飼刑事の物言いに、わたしはイラつきながらも聞き返す。

「そうじゃないかと疑っている。ただ、そうなると動機が全くわからない。貴女が彼女を殺した時に何かメリットがあるのかは、現状では何も見つからないからな」

「さっきから黙って聞いていれば、娘を殺人鬼呼ばわりして不愉快です! これ以上、こちらから話すことなんてありません! 早く出て行ってください‼︎」

「も、申し訳ございません! 犬飼さん、ここは一旦帰りましょう」

「そうだな。他にも聞き込みをしないといけないからな」

 静かに話を聞いていた母の額に青筋が立つほど怒り、二人の刑事を追い出した。飛口刑事は眉根を下げて何度も頭を下げながら退出し、犬飼刑事は母の怒りを意に返さず無表情で部屋から退出して行った。二人が出た途端、乱暴に扉を閉めて怒りを露わにする母にどう声を掛けるか戸惑う。しかし、母がわたしの方に振り向いた時には、心底心配な顔でわたしを抱きしめた。

「大丈夫。明良が何も悪いことをしていないことを、母さんが一番わかっているから」

「母さん……」

 抱きしめられたことに恥ずかしさを感じるが、同時に安心を覚える。

 警察はわたしのことを犯人だと考えているけど、わたしはやっていない。それにもう少し早く田山のアパートに着いていたら、犯人と鉢合わせをして殺される可能性だってあった。

 そう考えると体中の血の気が引いて、まだ抱きしめている母に縋り付くのだった。

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