出発
「うわー、まじで幽体離脱ってそんな感じなん。体戻ったらすぐ動けんだ」はじめは驚きと感嘆とあきれが混じった声色で言った。
「そうそう。はじめにもやり方教えよっか。何なら草余ってるから持ってってプロのとこいく?」
「いや、行かねーよ。てかこれまでのこと踏まえて「俺も幽体離脱したい」ってなんねーだろ」
「そう?」
「そうだよ。第一俺が交番いなかったらどうしてたんだよ」
「それは、やばかった」
「いや、やばかったじゃなくて。俺、まじであそこでお前見つけた時、ほんとにビビったんだぜ。あー、こいつほんとに自分なくしたんだって。最後に俺に教訓残してくれようとしてたんだって。そん時の俺の気持ちわかるか?」
「いや、うん。それはマジでごめん。でも安心して。俺、まだ全然生きるつもりだし、第一教訓残せるような立場じゃないから」
「そっか」
「それで、今後本当に寿命来て、体に戻れなくなったら、そん時はちゃんとした教訓、お前に伝えられるように頑張るよ」
「いや、いいって。第一、俺とお前同い年なんだし、お前が教訓得てるころには、俺も自分で見つけてないとやばい」
「それもそーだな」
「てかさ、さっきからずっと疑問だったんだけどさ、なんで俺、お前のこと見えたん?霊感とかないはずなんだけど」
「あー、それは、はじめが俺のこと覚えてくれてたからだよ」
「?」
「よくさ「心の中で生き続ける」みたいな表現あるじゃん。あれほんとでさ、自分のこと知らない人にはないものとしてみなされるけど、覚えてくれてる人には魂になっても見てもらえるんだって。プロが言ってた。んでも、ほとんど日常生活でそういう魂を見ることがないのは、8割方ちゃんと成仏してるからなんだって」
「そーなんだ」
「うん。そんでさ、俺、お前がちゃんと認識してくれた時、しぬほど嬉しかった」
「いや。だって、それは、するだろ。お前のこと忘れるわけねーじゃん。ん?でも俺最初お前のこと認識できてなかったよ?この人だれだろーって」
「それはあれだよ、はじめ君。君、相当人の顔認識するの苦手じゃん」
「え?」
「いや、え?じゃなくて。俺、今でも覚えてるよ。中一の夏、俺が突然眼鏡かけて学校行ったら「編入生?」ってはじめ話しかけてきて。面白い冗談言うなーって思ってみたら目がガチだった」
「えっ、嘘?そんなことあった?」
「あったよ。俺もさすがにまじかっ、てなったもん。こいつ、幼稚園からつるんでる俺の顔さえ、眼鏡にするとわかんなくなるんだって」
「いや、ごめん。それはフツーに俺の認知の問題だわ。でも、お前のことキョーミないとかじゃなくて」
「わかってるよ。だからさっき、俺のことをちゃんと認識してくれて嬉しかったつったろ。俺のこと忘れてたらそもそも「だれだろ」ってなんねーもん」
「そっか。いや、でも俺、まじでさっき、お前が自分のことなくしたから、誰か分かんなかったのかと思った。生気がないというかなんというか」
「そりゃまあ、魂だからな。でも、それ以前にはじめの認知の問題もあるぞ。俺もだいぶ変な奴って言われるけど、お前もちゃんと自分の特性理解したほうがよさそうだな」
「うん、まー、そーかもな。んで、一回ここ出ようぜ。いい加減軒下は辛い」そう言って、はじめが軒下から出た時、目の前の道に、何かが落ちているのを見つけた。
「あれって、将棋の駒?」
「どーしたん、はじめ?」
「いや、あそこに将棋の駒落ちてない?」そう言って、はじめは駒を拾った。
「これなんて読むん?
「あー、それは
「そーなんだ。えらいポジティブな駒だな。てかなんで、こんなとこ落ちてんだろ」
「わかんないけど、とりあえず前に進めってことじゃね?」
「あー、ね。あっ、、、」
「どしたん?」
「俺思い出したわ。なんでおまわりさんになりたかったのか」
「おう」
「俺さ、落し物が好きだったんだよ。なんかさ、なんでここにこれ落ちてん?みたいなのってよくあるじゃん。そういうのってさ、みてて面白いんだけどさ、持ち主と離れ離れっていうのはやっぱ寂しいじゃん。だからちゃんと戻してあげたいなって」
「なるほどな」
「んで、万が一、持ち主の所に戻れなくても、そのものの存在自体は俺が認識しときたいなって。だから警察とかじゃなくてこういう交番のおまわりさんになりたかったんだよ。なんでだろ。すっかり忘れてた」
「誰かの落し物がさ、お前の忘れ物見つけてくれたってことか。なんか、落とし物って、教訓与えたり考えさせたり、思ってたより深いんだな」
「だろ?」
「俺もさ、前に進むか」
「え?」
「香車だよ香車。人生の時間てさ、後戻りできねーから、やっぱ進むしかないかって。俺、魂とかじゃなくて、この体のままで、ちょっといろんなとこ周ってくるわ。俺さ、もっといろんな人と会いてーわ。もちろん、世界中の全員とつながることは無理だろーけど、一人でも多くの人と直で話してみたい。そんで、将棋もまた始めるわ」
「そっか。まあ、無難な言い回しだけどさ、お互い頑張ろーぜ」
風が吹き、二人はどちらからともなく、空を見上げた。月は白く、木の葉は揺れ、猫のジローが草をくわえて飛んでいたような気がした。
道端に香車 @anomaron
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