4月、5月

『生まれることがなかった命』

「生まれることがなかった命って、どこに行くんだろうね」

卵をシンクの角にぶつけながらあなたが言った。

「それは無精卵だからちょっと違うと思うけど」

「分かってるよ。卵のことじゃなくってさ」

くすくすと笑ったあなたが、パカンと卵を割る。鮮やかな黄色がぼちゃんと落ちて、すかさず潰された。

(2023/04/10)


『零れる』

掌で受けた水が、隙間からぽたぽたと零れていく。零れたもので、私の周りは水浸しだ。全てを飲み干すことなんかできるわけないのに、私は床を拭くことも忘れて、掌にたたえた水が零れないようにすることだけを考えている。

零れた水のことなんか考えたって仕方ないって、思い出さないようにしている。

(2023/04/14)


『賭け』

「妻に僕たちのことがバレたんだ」開口一番、彼はそう言った。

「ごめん」黙って見つめ返す私に、そう続ける。

「もう、こうするしかない」震える手にはナイフ。

この日をずっと待ってた。

そんな握り方じゃ落とすわよ。

足元でじゃらりと鳴る鎖を握りしめ、私は隙だらけの貴方の首に抱き着いた。

(2023/05/03)


『芽』

土だけになった植木鉢から、芽が出ていた。

忙しさにかまけて放置して、枯らしてしまっていた植木鉢から、小さな緑色の芽が出ていた。

枯らした花と同じなのか違うのか、花が咲くのか咲かないのか、何一つ分からない小さな芽だけど、いつかのその日が来るように、大事に水をやってみようか。

(2023/05/03)


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