3月

『毎日の儀式』

カフェインレスのインスタントコーヒー。一人分を二つのカップに分けて入れ、半分までお湯を注ぐ。

カップの一つをあなたに渡し、並んで座って一口。同じタイミングで息を吐く。

毎日のスイッチオフの儀式。

あなたはカップを抱えて前かがみ。私はカップを膝にくっつけて背中を伸ばす。今日もお疲れ。

(2023/03/01)


『出会い』

私たちの出会いに意味なんかなくて、思い出せもしないような偶然に過ぎなかった。だけどこの出会いに意味をつけようとした瞬間、世界が鮮やかに色づいたんだ。

何でもないこの瞬間にこそ、運命と名がつけられるのだとしたら。

この偶然に、感謝をしよう。出会ってくれてありがとう。どうかこれからも。

(2023/03/08)


『背の高い君』

背の高い君は、いつも頭一つ抜けているからとても目立つ。待ち合わせの目印になって、はぐれた時の目印になって。

そんな君が、姿を隠すと、誰も見つけられなくなる。あんなに大きな体が見えなくて、どれだけ探しても見つからなくて。


どうしてそんなところにいるの。一緒に帰ろうよ。お願いだから。

(2023/03/13)


『大雨』

ぽつりぽつりと落ちてきた水滴は大きく広がって、視界いっぱい水の線であふれた。

ざあざあと耳に届く音と、巻き上げられた地面の不思議と乾いたように感じるにおい。

この雨が檻で、私が囚われ人だったら、外には出られないのにな。

檻に向かって足を踏み出す。雨は一瞬で私の足を駆け上がってきた。

(2023/03/16)


『後悔』

後悔先に立たず。覆水盆に返らず。後の祭り。こぼれたミルクを、

「もういいよ」

君の言葉に思考が停止する。

「もういい。もう、いいよ。気にしないで」

それで話が終わっても、許されたわけではないことは、分かってる。

やり直せるのなら、なんだって差し出すのに。

もう何もかも終わってしまった。

(2023/03/20)


『さっきのてがみの』

私のところにやってきた君の手紙には、宛先が書いていなかった。宛先がないのに私のところに届いて、宛先がないから開けていいのか分からない。

君は何にも言ってくれないし、聞いてもそっぽを向くばかり。

いっそむしゃむしゃ食べちゃおうか。ごようじなあにと書いたなら、君は返事をくれるだろうか。

(2023/03/24)

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