7-2 闇と光の奇跡(前編)
Sランク
そんな二人にSランク喰魔は不気味な笑みを見せる。
そして、これまでは相手の攻撃を見てから動いていたSランク喰魔が最初に動いた。
「ハハッ!」
「「っ!」」
軽快な笑い声と共に二人に向かって駆けだしたSランク喰魔。
そのスピードは凄まじく、あっという間に二人の前方にまで迫り、右拳を構えていた。
「白の障壁!」
耀が慌てた様子で自身と春の前に光の壁を展開し、Sランク喰魔の進路と視界を
しかし、喰魔は何の躊躇もなく構えていた右拳を光の壁を薙ぎ払うように叩き込んだ。
「無駄だ!」
拳を叩き込まれた光の壁はガラスのように割れて崩れる。
だが、壊れた壁の先に春と耀の姿は無い。
しかし、喰魔が焦ることは無かった。
(魔力感知でバレバレだ)
そうやってSランク喰魔が意識を向けるのは己が左右。
二手に分かれて自身を挟み込む様に動く春と耀の二人だった。
(壁を目眩ましに左右に分かれたか………)
壁で姿を見え無くし、拳の直撃を回避。
さらに、次の行動に移す瞬間を見え無くした。
「いいな………!」
嬉しそうにそう呟くSランク喰魔。
その次の瞬間に春が闇を纏った拳を突き出して来た。
「っ!」
「っとぉ」
喰魔は突き出された拳を避け、闇を纏っていない腕の部分を弾いて春の拳を遠ざけた。
「また格闘戦か!? 芸が無いな!」
「うるせぇ!」
笑顔で春をこき下ろし、あからさまな挑発を仕掛けるSランク喰魔。
春はその挑発に乗るかのように攻撃を仕掛ける。
拳、脚、ときには肘や膝などに闇を纏って攻撃を仕掛ける。
喰魔はその攻撃を全て余裕で捌いていき、先程までと何ら変わらない光景が繰り広げられていた。
しかし、春が攻撃を仕掛ける中で耀もまた魔法の準備を整えていた。
耀の周囲には光で形成された刃が六枚浮かんでいた。
「白の飛刃!」
耀が剣の矛先を向けると、六枚の光の刃がSランク喰魔と春を目掛けて飛翔する。
その光景を横目で見ていた喰魔が僅かに目を見開いて驚いていた。
(おいおい………! このままだと闇魔法の男にも当たるぞ………!)
飛来する光の刃の射線にはSランク喰魔だけでなく、喰魔に攻撃を仕掛ける春も居た。
しかし、光の刃は減速したり直前で停止する様子は無く、春も喰魔から離れる様子を見せなかった。
(『肉を切らせて骨を断つ』か?)
「いい覚悟だな!」
春を巻き添えにしてでも刃を当てる。
迫る光の刃に対しSランク喰魔がそう結論付けた瞬間、光の刃はその軌道を突如として変えた。
「おっ!?」
予想していた直線とは全く違う軌道を描いた光の刃に対し、Sランク喰魔はこの戦いで初めて驚きの声を上げる。
そして、光の刃は春を避けて喰魔の両腕の関節と左足の膝裏、頭と首と胸にその
が、その刃が喰魔の体を貫くことは無かった。
「フンッ!」
「おわっ!」
Sランク喰魔が全身に力を込め、乱暴に全身を振り乱す。
春は後ろに慌てて跳ぶことで振り回された腕や脚を回避する。
そして、喰魔の行動によって貫通しなかった光の刃はガラスのように砕けて消滅した。
「機動力は良いがスピードと威力は炎の弾以下だ! そんなんじゃ俺には傷一つ付けられないぞ!」
当たりこそしたがダメージは無い。
Sランク喰魔もそれが分かっていたから避けなかった。
しかし、そんなこと春と耀の方が喰魔より分かっている。
「おおおおっ!!!」
だから、魔法が効かなかったことで今更挫けることは無い。
春は再びSランク喰魔に迫る。
「本当に芸が無いな………」
口角がほんの少し下がり、目に見えてテンションが下がったSランク喰魔。
通じないと分かっているのにそれしかしない。
否、それしか
再び闇を纏った春の攻撃が繰り出される。
Sランク喰魔はそれを変わらず捌いていくが、その様子は先程よりもつまらなさそうではあった。
(Dランクにしてはレベルが高いが、俺相手に
春の攻撃を捌きながら冷たい評価を下すSランク喰魔。
そのとき、春の放つ右拳の速度が上がった。
「ハッ!」
「っ!?」
少し目を見開き、先程よりも真面目な雰囲気で顔に迫る拳をSランク喰魔は避けた。
(今の、さっきよりも
次に放たれたのは春の左脚の蹴りだった。
僅かに後退することで蹴りを回避するSランク喰魔だったが、その蹴りにも喰魔は目を見張った。
(今のも速い………! この戦いの中で成長してるのか………!?)
僅かにではあるが攻撃のテンポと速度が上がった春。
Sランク喰魔が攻撃を捌く姿にも先ほどよりも力が入っているように見えた。
そこへ剣に白い光を纏わせた耀が喰魔の背後から迫った。
「せやあ!」
耀の剣が喰魔に向かって振り下ろされる。
光の軌跡を残しながら振り下ろされる剣をSランク喰魔は後ろに振り向いて右腕で受け止める。
受け止められた剣の刃が喰魔を傷つけることはなく、その肌を押すだけに留まった。
「っ!」
それを隙と捉えた春がSランク喰魔に距離を詰め、右拳を振り抜く。
だが、喰魔は体をズラすことで拳を回避し、空いている左手で振り抜かれた春の右腕を掴んだ。
そして、喰魔は春の右腕掴んだ左手に強く力を込め始めた。
「ぐっ!」
春が右腕の痛みに顔を歪める。
このままでは腕を折られてしまう。
それを察した耀が剣を下げ、今度はSランク喰魔の左手に向かって剣を振り上げた。
「させない!」
「こっちがな!」
Sランク喰魔も耀の動きは見越しており、下から振り上げられる剣を左手の掌で抑え込んだ。
しかし、腕を折られると察して動き出したのは耀だけではない。
春も右脚に闇を纏わせ、喰魔の脇腹めがけて前蹴りを放とうとしていた。
「っと」
Sランク喰魔は上がった春の右脚を見て、掴んでいた右腕を離して後ろに跳ぶことで距離を取った。
右腕が解放された春。
しかし、一息吐くことは無くそのまま喰魔に向かって距離を詰める。
耀も同じく、間を置くことなく喰魔へと迫った。
「「ハアアアアアッ!」」
闇を纏った拳を振るい、耀は光を纏った剣を振るう。
Sランク喰魔は春の拳は避け、耀の剣は左手で受け止めた。
喰魔が耀に向かって右拳を構えると、春の闇を纏った左拳が見えたために攻撃をやめて拳を回避する。
今度は春に意識を向けると、耀の剣が襲い掛かる。
間を置かない、しっかりとした連携にSランク喰魔は防御しかしていなかった。
(………いいなぁ………!)
心の中でこの状況に喜び、表情にも笑顔としてそれが現れていた。
そして、耀と春の二人も自身の変化を感じていた。
(なんでだろう? 凄く調子が良い………)
(まだ腹は痛い。でも、いつもより体が軽い………)
明らかに調子がいいことを自覚する二人。
いつも以上に体は動き、魔力操作も流れるようにできていた。
息苦しさもあれど、その苦しさと体の熱さえも力に感じていた。
(もっと―――)
(もっともっと―――)
((もっとだ!!!))
「「ハアアアアアッ!!!」」
より速く、より強く。
二人は更に先を求めてSランク喰魔を激しく攻め立てる。
闇と光が軽やかに舞い、鮮やかな軌跡を残していた。
そして、その果てに―――
「ラァッ!」
春の闇を纏った右拳がSランク喰魔の胸を
「っ!」
「当たった!」
春は自身の右拳に目を見開き、耀は声に出して驚愕する。
拳を受けた喰魔は顔を俯かせたまま動かない。
が、ゆっくりと顔を上げてその表情を見せた。
「………
「「っ!!?」」
戦いの中で初めて『痛い』と口にしたSランク喰魔。
しかし、喰魔の頬はその言葉には似合わないほど不気味に吊り上がっており、強い殺気と狂気を孕んでいた。
二人はその笑顔に驚愕するのと同時に恐怖し、背筋を凍らせた。
春と耀は後ろへと跳躍し、大きくSランク喰魔から距離を取る。
離れた二人をSランク喰魔は喜びに歪んだ金色の瞳で捉えていた。
「いい………! いい! イイ!! 良い!!! これならもう少し本気でやってもよさそうだなっ!」
喜びに身と声を震わせるSランク喰魔。
そして、喰魔は離れた二人に対して右拳を腰に構えた。
「っ、まずい!」
「っ!」
その構えから次の行動を察した二人。
耀は剣を突き出し、春は右拳を構えて備えていた。
「
Sランク喰魔の声と共に突き出された右拳。
それと同時に放たれるのは喰魔の衝撃の魔法だった。
放たれた衝撃は小さくではあるが地面を抉りながら春と耀に向かって突き進む。
そして、耀も衝撃に対して渾身の魔力を込めて魔法を展開した。
「白の障壁ッ!!!」
強い光を放つ白い光の壁が二人の前に現れる。
だがしかし、光の壁は衝撃を押し留めることもなく砕けた。
「ぐっ!」
全力で作った光の壁をあっさりと砕かれ、耀は悔しさに顔を歪める。
そして、壁が砕かれたと同時に春が耀の前へと出た。
「
こちらもまた、渾身の力を込めて魔法を放つ。
せめぎ合う衝撃と漆黒の闇を纏った春の拳。
「アアアアアアッ!」
その衝突の果てに、軍配が上がったのは春の方であった。
拳を振り抜き、衝撃を消し飛ばした春。
そんな春の目の前に、Sランク喰魔は現れた。
「ハッ!」
「ぶっ!」
一息吐く間も与えず現れたSランク喰魔。
喰魔は拳を振り抜いた直後の春に向かって右拳を振るい、左頬を殴る。
その殴打によって春は口元から血を流した。
姿勢が完全に崩れた春。
そんな春にSランク喰魔は拳を浴びせ続けた。
「ぶっ! がはっ! ん゛っ!」
右頬、腹、顎と喰魔の拳が直撃する。
一撃一撃が重く、春の体の芯にまで響く。
口元から流れ出た春の鮮血が宙を舞っていた。
「やめてっ!」
春を守ろうと剣を構えて飛び掛かる耀。
光を纏った剣を振り下ろすも、その剣は容易くSランク喰魔の左手の甲で止められてしまう。
「くっ! せやあ!」
それでも、耀は諦めることなく剣を振るい続ける。
しかし、振るう剣撃全てを喰魔に防がれてしまう。
その中で焦りを感じた耀が剣に魔力を込め、必殺の一撃を放った。
「閃光剣!」
白い光が迸る剣を渾身の力を込めて振り下ろす耀。
Sランク喰魔は振り下ろされる剣に向かって、右拳と共に魔法を叩き込んだ。
「
剣をかち上げるように拳を振り上げるSランク喰魔。
喰魔の放つ衝撃に光は剥がされ、剣は拳を受けた真ん中部分が砕けて折れてしまった。
「なっ!?」
全力の攻撃を防がれ、剣も折られたことで流石に動揺してしまう耀。
そんな耀にSランク喰魔は容赦なく拳を向けた。
「っ!」
向かって来る左拳に対し、耀は左手を剣の柄から離して左腕を盾のようにしてガードした。
「ハッ!」
「んぐっ!」
左腕にかつてない痛みが走り、耀は思わず苦痛の声を漏らす。
そして、拳の威力に左腕が弾かれ、体勢が崩れてしまった。
ガードが
「フンッ!」
「がはっ!」
Sランク喰魔の拳が耀の腹にめり込み、大きく息を吐き出す耀。
遠のく意識を必死に繋ぎ止めるも、喰魔の攻撃は止まらなかった。
「がっ! ぐふっ!」
右頬、左脇腹に喰魔の拳を受ける耀。
口から血を流し、反撃もできずにフラフラとした様子で必死に立つことしかできていない。
それでも剣を離さないのは、耀の折れない心の表れではなかろうか。
そんな耀に喰魔は更に左拳を構える。
「やめ―――」
そんなとき、背後から聞こえた小さな声。
その声にSランク喰魔は左脚で耀を蹴り飛ばし、その勢いで後ろへと振り返る。
「―――っろ!」
「っと」
振り返った先に居たのはやはり春であった。
フラフラとしながらも闇を纏った右拳を振るい、Sランク喰魔は後ろに軽く後退して拳を回避した。
「フラフラだな」
「うるっ………さい!」
おぼつかない足取りでSランク喰魔に駆け出し、闇を纏った拳を振るう春。
だが、振るう拳からは力が感じられず、喰魔も避けるのに足を一歩動かすだけで終わっていた。
「んん―――ん゛っ!」
「
春が振るった右拳に合わせてSランク喰魔も右拳を放つ。
闇と衝撃がぶつかるも、満身創痍の春では押し勝つことは出来ず、闇を跳ね除けて衝撃が春の右腕を襲った。
「ぐああああああっ!」
春がかつてない激痛に悲鳴を上げる。
右腕の袖がズタズタに破け、その隙間から見える春の肌と右手は赤や青を通り越して赤黒く染まっていた。
「ゥラッ!」
「がっ………!」
Sランク喰魔の放った右脚の蹴りが春の脇腹を襲い、蹴り飛ばされる。
ドンッと地面に体を打ち付けゴロゴロと転がり、倒れ伏す耀の左隣で制止した。
「う゛、ぐぅっ………!」
「うう゛………」
二人とも頭部から血を流し、苦しそうな声を上げる。
春は横向きに倒れ、身を
あまりの痛みに抑えたくとも抑えられない、そのもどかしさが翳された左手に表れていた。
耀は右手に折れた剣を握ったまま地面に伏し、体に走る激痛に身を悶えさせる。
地面に着く両手から起き上がろうとしているのが分かるが、痛みで力が抜けるのか全く体が浮き上がらないでいた。
そんな二人を、Sランク喰魔は余裕の笑みを浮かべたまま金色の双眸で見下ろすのだった。
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