7-3 闇と光の奇跡(中編)


「ぐっ………!」


「うう゛う゛………」


 地面に倒れ、痛みに悶える春と耀。

 そんな二人をSランク喰魔イーターは余裕の笑みを浮かべたまま金色の双眸で見下ろす。

 そして、喰魔とは別にもう一人。

 二人の事を見守る人物が居た。


「春………! 耀………!」


 動かせない体で戦況を見守るため、腰を下ろしたまま壁に背中を預ける愛笑。

 戦いの中で傷付いた二人に心を痛め、苦しそうに二人の名前を呼ぶ。

 そして、脱力しきった体が怒りと悔しさで強張り、握り拳が作られる。

 だが、その拳もとても弱々しく握られていた。


「見ていることしかできないなんて………!」


 十六夜と篝は意識を失い、春と耀も酷く傷ついて地面に倒れている。

 そんな状況で何も出来ない自分が不甲斐なく、やる瀬のない怒りが込み上げる。


 しかし、愛笑は十分に戦った後であり、四人が来なければ死んでいてもおかしくない状態にまでなっていた。

 よくやったと、頑張ったなと同じ魔法防衛隊員なら称賛してくれるだろう。

 だが、愛笑自身は納得できない。

 目の前で仲間が傷ついているのに動けない自分が、悔しくてたまらなかった。


 しかし、何も出来ない事実に変わりはない。

 どれだけ意志が強くても、肉体は既に限界だった。


「………頑張れ………!」


 逃げろ、とは言わない。

 言うことなんてできなかった。

 愛笑は目を逸らさず、春と耀のことを見守っていた。






「ぐ、う゛う゛………!」


「ふっ、ぐっ………!」


 頭や額から、口から血を流し、体の各所に重度の打撲を負った春と耀。

 春は右腕が使い物にならず、左手を地面に立てて体を起こそうとする。

 耀は右手に折れた剣を持ったまま両手を地面に付け、痛む左腕に耐えながら自身の体を持ち上げようとする。

 二人共とてつもない痛みに苛まれながらも、必死に立ち上がろうとしていた。


「………」


 そんな二人を見つめるSランク喰魔。

 やがて、その顔から余裕の笑みを消し、真剣な表情と眼差しで二人を見据えた。


「もういいだろ。お前達は間違いなく頑張った」


 Sランク喰魔の口から飛び出したのは皮肉ではない称賛の言葉と、諦めを促す言葉だった。

 その言葉を掛けられた二人はそんなものを意に介さず、必死に立ち上がろうとしていた。


「Sランクの俺を相手にここまで粘ったんだ。もう十分だろ。金髪の男も桃色の女も殺さない。お前達の健闘を称え、あそこに居る岩魔法の女も殺さないでやる」


 まるで駄々をこねる子供を諭すように語り掛けるSランク喰魔。

 その言葉に嘘偽りは無く、喰魔は十六夜や篝のように愛笑を生かし、将来に期待する気分になっていた。


「だからもう立つな。お前達を殺すわけにも行かなければ、先に倒れた二人のように才能もある。今ここで輝かしいその才能をけがしたくないんだ」


 Sランク喰魔は春と耀を殺せない事情・・がある。

 さらに本音としてはこれから先、間違いなく強くなるであろう二人の才能に傷を付けたくない。


 だからもう―――


「諦めろ」


 そう言うとSランク喰魔は一歩前へと踏み出し、二人の背後にある深奥部へ繋がる道へと進もうとしていた。

 そのとき、ゆっくりと春が口を動かし始めた。


「ふざけるな………。俺達は一分一秒、ほんの一瞬でも………!」


「ほんの一瞬でもお前を足止めして、支部長達がAランクを討伐するまでの時間を稼ぐ………!」


「………!」


 痛みに耐え、必死に立ち上がろうと呻き声しか発していなかった春と耀。

 そんな二人が自身の語り掛けに反応を示したことでSランク喰魔は足を止める。


「時間稼ぎならもう十分だろ。俺がここに来てからじゅうふんは確実に経ってる。俺が着く頃にはもう決着はついてるかもしれない」


「かもしれないじゃダメなんだよ!」


 春の声が洞窟内に木霊する。

 こんなに傷付いても尚これだけの大声を出し、自身を見据えてくる春の目にSランク喰魔は目を見開いて驚く。

 輝きが消えず、強い闘志と覚悟を宿す春の目に。


「ここでお前を行かせて、もしAランク喰魔イーターが生き残れば大勢の人が死ぬ!」


「私達の大切な人達が、みんなの大切な人達が傷つけられる………! 笑顔が消える………! そんなの絶対に嫌だ!」


 耀もまた、春に負けないくらいの声を張り上げる。

 その目も輝きが消えず、力強くSランク喰魔を捉えていた。


 そして、二人はゆっくりとだが立ち上がり始める。

 体を起こし、地面から手を離し、ふらふらとしながらもしっかりと己が両足で立ち上がった。


「だから―――」


「だから―――」


「「絶対にあきらめるもんかっっっ!!!」」


 二人の咆哮が轟く。

 ボロボロで、傷だらけで、立っているだけでも辛いくらい弱々しい姿なのに。

 その目からは光が消えない。

 挫けず、折れず、立ち向かう。

 間違いなく格下の、倒れる寸前の二人の圧にSランク喰魔は気圧された。


「………!」


 ズザッ、とSランク喰魔の足元から何かが滑る音がした。

 音の正体を探ろうと喰魔が足元に目を向ける。

 そして、その音の正体が自分が後ずさった際の音なのだと知ったとき、喰魔は大きく目を見開いて呆然とした。


「………」


 そして、ゆっくりと目の前に立つ春と耀に目を向ける。

 呆然とした表情のまま二人を見据える。


(………威圧されて後ずさったのか? 俺が? こんなボロボロの、吹けば飛ぶような二人に?)


 それは、Sランク喰魔にとってかつてない感覚だった。

 強者を前にして胸を躍らせ高揚し、一歩踏み出すことはあれど、その圧に気圧されて後ずさったことなど一度も無かった。


「………………ヒヒッ」


 甲高い不気味な笑い声が聞こえた。


「ヒヒヒッ………!」


 それはSランク喰魔が発したものだった。


「ヒアーーーハッハッハッハッハッハッハッハッ!!!」


 天を仰ぎ、腹から笑い声を出すSランク喰魔。

 愉悦と歓喜に満ちたその声は洞窟内に響き渡る。


 そして、その様子を春と耀は警戒しながら見ていた。


「ハハハハハァァ………ァァ………」


 ひとしきり笑い終えたSランク喰魔は脱力したようにガックリと項垂れる。


「もういいや………傀頼かいらいのことは。どうでも………」


 そう呟くとSランク喰魔はゆっくりと顔を上げ、その表情を見せる。

 かつてないほど穏やかな笑顔。

 だが、それには似合わないほどの不気味な殺意を二人は感じ取った。


「「………っ!」」


「ハハ、もう少し相手してやるよ………!」

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