7-1 圧倒的強者


「「「「………」」」」


 向かい合ったまま動かない春、十六夜、篝の三人とSランク喰魔イーター

 しかし、その様子は双方であまりにも違っていた。


 春達三人は余裕の無い緊迫した表情とそれに負けない緊張感を放ち、体を強張らせながら喰魔を見据える。

 一方でSランク喰魔は三人に対し笑みを浮かべ、拳を構えるも肩が浮き上がっていないその姿からは程よくリラックスしていることが分かる。

 同じ場所に居るというのに、双方に流れる空気はあまりにも違っていた。


「「「「………」」」」


 喰魔が拳を構えてから微動だにしなかった四人。

 しかし、十秒の時を経てようやく戦況は動いた。


「!」


「「!」」


 篝が魔法で両手に拳銃を作り出す。

 それを合図に喰魔の左右へ回り込む様に春と十六夜は走り出した。


 Sランク喰魔は余裕そうな笑みを浮かべたまま、己が左右へと走る春と十六夜を交互に視界の端で捉える。

 次に、真正面で両手に持った拳銃を向ける篝を見据えた。


「フレイム・バレッタ!」


 篝の掛け声と共に二丁の拳銃から炎の弾丸が放たれる。

 しかし、Sランク喰魔は避けるような素振りは一切見せない。

 それどころか、どっしりと落としていた腰を上げ、構えていた拳も解いてしまう。

 そして、左手を開いたまま篝の放った炎の弾丸の射線上に突き出していた。


 ドンドンッ、と炎の弾丸が喰魔の左の掌に直撃する。

 しかし、喰魔は微動だにせず、炎の弾丸を受け止めた左手も小さく煙を上げてはいるものの焼け跡はおろか、掠り傷さえ見受けられなかった。


「くっ………!」


 悔しそうに顔を歪める篝。

 Cランク喰魔との戦いから、Sランク喰魔を相手にダメージを与えられるとは思っていない。

 しかし、それでも衝撃で体を揺らしたり、動きを阻害することはできるのでは考えていた。

 だが、現実はそれさえも叶わなかった。


「へぇー、まあまあの威力だな」


 余裕の笑みを浮かべたまま篝の魔法の感想を述べるSランク喰魔。

 そのすぐ右隣りで、今度は十六夜が右拳を構えて立っていた。


「雷鳴拳!」


 十六夜の右拳が青い雷と共に放たれる。

 だが、その拳はいとも簡単にSランク喰魔の右手に握り止められてしまった。


「まだだ!」


 受け止められた右拳をSランク喰魔に向かって押し込むように力を込める。

 それに呼応するように右拳から放たれる雷が強く瞬き、喰魔の体を駆け巡った。


「うおおおおおお!」


 十六夜の力強い咆哮が響き、Sランク喰魔の体には電撃が流れ続ける。

 それでも、喰魔の表情から余裕の笑みが消えることは無かった。


「ははっ! ザコにしちゃイイ魔法だな!」


「クソッ………!」


 十六夜の電撃を浴びながら上機嫌に笑うSランク喰魔。

 ダメージは無く、十六夜が押し込もうとする拳も一切動いていない。

 そんな状況下で喰魔から褒められたところで十六夜にとっては屈辱であり、それが表情と言葉に滲み出ていた。


 屈辱に怒りを募らせる十六夜を喰魔は掴んでいる拳を引くことで自身へと引き寄せる。

 そして、お返しと言わんばかりに左手で拳を作り、十六夜へと突き出そうとしていた。


「ん?」


 だがそのとき、喰魔は突如として十六夜の拳をはなし、その場から大きく跳躍した。

 その直後、喰魔が立っていた場所には春の闇を纏った右拳が振り下ろされた。


「避けられた………!」


「闇魔法は魔法と魔力を破壊する力がある。いくら俺でも万が一の場合があるからな」


 十六夜と篝の魔法は真正面から受けて来たSランク喰魔だったが、春の闇魔法だけは回避する。

 遊ぶような態度をしつつも、危機回避をする冷静さを欠いてはいなかった。


 春は背後からの不意打ちを回避されると、即座に真正面から喰魔へと向かっていった。


「っらぁ!」


 闇を纏った拳や蹴りを次々に放つ春。

 だが、それらの攻撃は全て避けられ、弾かれ、いなされてしまう。

 春の闇魔法には決して触れずに繰り出される攻撃を捌くその姿にはまだまだ余力を感じさせた。


「はっ! ふっ! せい!」


 果敢に攻め立てる春。

 しかし、その攻撃が当たる気配は一向に見受けられなかった。


「動きは悪くないが、力や速度の基礎能力が全然足りないな」


「くっ!」


 ついに春の戦い方にまで評価を下すSランク喰魔。

 強者ゆえの傲慢な態度と圧倒的余裕に、春は悔しそうに喰魔を睨む。

 そして、春の猛攻の中でようやく喰魔が攻めに動き出した。


 春の突き出した右拳を体を右にズラして回避し、それと同時に左手で春の右手首を掴んで自身へと引き寄せる。

 そして、春の胸倉を右手で掴むと腹めがけて右膝蹴りを叩き込んだ。


「っ!」


「がはっ!」


 Sランク喰魔の右膝が春の腹に深く突き刺さる。

 大きく息を吐き、今にも胃の中のものを全て吐き出してしまいそうな気持ち悪さと息苦しさが春を襲う。


「あっ、はっ………」


 あまりの衝撃にまともに息を吸えなくなり、浅い呼吸をする春。

 全身から力が抜けるが、何とか倒れないように持ちこたえていた。

 そんな春に向かって、Sランク喰魔は右拳を構えて振り下ろす。


「くっ」


 向かって来る拳に身構え、春は咄嗟に腕を交差させて防御の構えを取る。

 しかし、Sランク喰魔の拳は春に当たるすんでのところで停止する。

 その直後、喰魔の左脚の蹴りが春の脇腹に向かって放たれた。


「ぐあっ!」


 Sランク喰魔の見事なフェイントに引っかかり、喰魔の蹴りをモロに食らってしまった春。

 体は大きく吹き飛ばされ、固い地面に体を打ちつけるとゴロゴロと数回転がって地面に倒れ伏す。

 しかし意識は失っておらず、地面に倒れたまま痛みに悶絶し、小さく呻き声を上げていた。


「う゛ぅ………」


「そのまま寝てろ」


 離れたところで痛みに悶える春に向かってそう言い放つと、Sランク喰魔はチラリと右の方を横目で見やった。


「で、準備は整ったか?」


 Sランク喰魔の視線の先には、Cランク喰魔と戦ったときのように合体魔法を放とうとしている十六夜と篝の姿があった。

 十六夜は魔法が効かないと分かると即座に篝と合流し、合体魔法の準備を始めた。

 そのため二人とも攻撃には参加しておらず、魔力も高めるため余裕のあるSランク喰魔はすぐに二人に気づいていた。


 しかし、気づいていながら喰魔は十六夜と篝には何もしなかった。

 できなかったのではなく、しなかった・・・・・のだ。

 春の相手をしていたとはいえ、喰魔には二人を邪魔するだけの余裕も余力も腐るほどあった。

 にも関わらず、である。

 それが示すのは、喰魔にとって二人の合体魔法が事前に止める必要がないと判断したということだった。


 当然、十六夜と篝の二人もこのことは分かっている。

 それでも、確実に合体魔法を放つまでの時間が稼げることは二人にとって好都合だった。

 悔しさや怒りはある。

 それよりも、今は少しでも喰魔と戦うことの方が重要だった。


 一丁の拳銃を二人で持ち、Sランク喰魔に向けた銃口から炎が溢れ出るように燃え盛り、雷が銃全体に強く瞬きながら駆け巡る。

 準備が完全に整うと、二人はその魔法を解き放った。


「「爆轟炎雷弾!!!」」


 炎と雷が融合した弾丸が放たれ、光の軌跡を残して喰魔へと高速で迫る。

 迫り来る魔法の弾丸にSランク喰魔は笑みを浮かべると、自身の右拳を魔法と共に叩き込んだ。


衝撃インパクト!」


 弾丸と衝撃を放つ拳がぶつかり合い、再び洞窟内に大きな爆発と衝撃が走る。

 土煙が吹き荒れ、これまで戦いで蓄積したダメージによって天井や壁の岩が小さく崩れて落ちていた。

 春と耀と愛笑は顔を腕で覆い、身を縮めることで爆風と砂から身を守った。


「「ハァ、ハァ………」」


 合体魔法を放った二人は合体魔法と長期の戦闘による疲労から息を荒くさせる。

 しかし、警戒は一切解いておらず、煙で姿が見えなくともSランク喰魔がいた方向を向いたまま銃と拳を構えていた。


「今のは中々良かったぞ。相性や相手によってはBランクの喰魔イーターを倒すことだってできるだろうな」


「「っ!」」


 煙の向こうから聞こえてきたSランク喰魔の声に表情を強張らせる二人。

 そして、煙が晴れた先に立っていたのは一切の傷が見受けられないSランク喰魔だった。


「傷一つ無しか………!」


「出鱈目過ぎるわ………!」


 渾身の一撃を無傷で防がれた十六夜と篝。

 なんとなく分かってはいたが、いざそれを目の当たりにすると怒りと驚きと絶望が複雑に混ざった愚痴を零す。

 そして、今の衝突を見ていた春と耀も思い思いに言葉を発する。


「今ので無傷………」


「二人の合体魔法でも掠り傷一つ負わないなんて………」


「………!」


 春は地面に伏したまま、耀は爆発によって中断した回復魔法を再び愛笑に掛けながら動揺を露わにする。

 愛笑は言葉こそ発しないが、表情を険しくさせることでその心情を露わにしていた。


「「「………」」」


 一方、土煙が晴れたことで姿が見えるようになった十六夜と篝の二人とSランク喰魔。

 二人は喰魔を見据えたまま動かず、次の手を必死に頭の中で模索する。

 張り詰めた静寂の中、二人の目に映る喰魔の姿がぶれる。

 そして、次の瞬間には篝の目の前に右拳を構えた喰魔が居た。


「っ!?」


 目の前に現れたSランク喰魔に目を見開き驚愕する篝。

 遅れて十六夜が魔力感知で喰魔を感知し、姿を視界に入れようと左に首を動かしていた。


 篝は目の前に現れた喰魔の拳を見て、咄嗟に両腕を胸の前に持っていき盾にしようとする。

 しかし、篝が防御を整えるよりも先に喰魔の拳が放たれた。


「はっ!」


「がっ………!」


 喰魔の拳が篝の腹を直撃し、拳が深く腹を押し込む。

 篝は口から息と血を吐き出し、後方へと大きく殴り飛ばされてしまった。

 そして、篝が殴り飛ばされるのと同時にようやく十六夜の顔が左に向いた。


「篝!!!」

 

 十六夜は殴り飛ばされた篝を追うように体の向きを変え、未だかつて聞いたことのない緊迫した声と表情で篝の名前を叫ぶ。

 しかし、そこで今するべき行動を間違えたと察しハッとした表情に変わる。


(しまっ―――)


 慌てるように再び喰魔の方を向けば、既に眼前にまで喰魔の左拳が迫っていた。


「っらぁ!」


「ぶっ………!」


 篝のように殴り飛ばされる十六夜。

 地面に体を打ち付けゴロゴロと転がり、そのまま地面へと倒れ伏してしまう。

 が、春とは違いその後はピクリとも動かず、力が抜けたように四肢を投げ出している。

 篝は横向きに倒れており、口元に吐血跡を残したまま目を閉じて倒れていた。

 その様子から、最低でも意識を失っていることは明らかだった。


「「篝っ! 十六夜っ!」」


「っ………!」


 春と耀が声を張り上げ、愛笑はまだ大声が出せないからか代わりに悔しそうに歯を食いしばる。

 Sランク喰魔は自身が殴り飛ばした二人に目を向けていた。


「………死んではいないな。二人とも殴り飛ばされる直前、ほんの僅かにだが魔力を攻撃される箇所に集めていた。さらに金髪の方は俺の拳と顔の間に手を差し込んできた。ザコにしては中々の魔力操作と反射神経だな」


 Sランク喰魔の言う通り、二人が意識を失うまでに留まったのには咄嗟の魔力移動とそれを行う反射神経にあった。

 しかし、一瞬のことで移動させられたのは僅かな魔力。

 それでも、その僅かな魔力が命運を左右していた。

 十六夜は手を差し込んだことも作用しており、その成果が青い色で膨れ上がった右手に現れていた。


「いいなぁこいつら。このまま行けば間違いなく強くなる。Bランク、いや………ひょっとすればそれ以上に………」


 ぼそぼそと小さな声でそう呟く。

 しかし、その声音と表情は間違いなく愉悦に満ちており、二人の将来に心を躍らせているのは間違いなかった。


「よし決めた! この二人も殺すのはやめだ! もっと強くなれ! 強くなってから戦おう! ハハハッ!!」


「「「………」」」


 声高らかにそう宣言し、顔の向きを天井にまで上げて笑い飛ばすSランク喰魔。

 その発言に春、耀、愛笑の三人は呆気に取られてしまっていた。


「はぁー、よし。そうと決まればさっさと奥に行くか」


 思いっきり笑ったことで興奮が落ち着いてきたSランク喰魔は軽快な足取りで深奥部へと続く道へ歩き出す。

 しかし、その前方に立ち塞がる存在が居た。


「待て」


「………もう大人しくしてろ。時間の無駄だ」


「その無駄が欲しいんだ。俺達は」


「そういうこと」


 喰魔の前に立ち塞がったのは先程まで地面に伏していた春だった。

 しかし、その立ち姿は前屈み気味でダメージが残っているのが伺える。

 そんな春の隣に耀が剣を鞘から抜いて並び立った。


「………姉ちゃんは?」


「出血は止まった。でも、まだ動けるような状態じゃない。けど、愛笑さんが行けって言ってくれた」


「………そっか。ありがとう」


 春は御礼を言うとそれ以上は何も聞かない。

 が、声音は安心したことが伝わるくらい柔らかいものであった。

 対して、Sランク喰魔は目の前に並び立つ二人に溜め息を吐いた。


「はぁー、面倒だな。お前ら二人は本当に殺すわけには行かないってのに」


「なら帰ってくれるか?」


「それも出来ないな」


 皮肉じりにSランク喰魔と言葉をわす春。

 そんなとき、耀が再びあの質問を喰魔へと投げかける。


「ねえ?」


「ん?」


「なんで光魔法と闇魔法の使い手を殺すわけには行かないの? 光魔法と闇魔法に何があるの? お前は私達の何を知ってるの?」


「………」


 それは十六夜が喰魔へとした質問し、答えてはくれなかったもの。

 しかし、もう一度聞かずにはいられなかった。

 耀、そして春が固唾を呑んで返答を待っていた。


「………別に、お前ら二人については何も知らない。知っているのは光魔法と闇魔法についてだけだ。だが、それをお前らに教えてやるわけにも行かない」


「私達に知られると不利益なことがあるってこと?」


 その瞬間、Sランク喰魔の眉がピクリと動き、放たれる威圧感が消失する。

 だが、すぐに先ほどまでの陽気さと不気味な威圧感を放ち始めた。


「………それも言えないな」


「そっか。残念だなー」


 口ではそう言う耀であったが、口元は微笑を浮かべていた。

 残念と思っているのは本当だ。

 本当に欲しかった情報は得られなかったのだから。

 だが、十分過ぎるほど情報を引き出せたのも事実であり、成果としては申し分なかった。


「まったく、余計なことまで喋ったな」


 Sランク喰魔が反省するように自分を責める。

 そして、再び拳を構えて春と耀に向き合った。

 放たれる威圧感が増し、肌を刺すような殺気が再び二人を襲う。

 それに呼応するように、二人もまた体を強張らせて身構えた。


「もう一度聞くが、退く気は?」


「「無い!」」


「そうか。なら殺しはしないが、死ぬほど痛い思いはしてもらうぞ」


 笑みを浮かべたまま脅しを掛けるSランク喰魔。

 それでも二人は退く様子を見せず、力強く喰魔を見据える。

 そんな二人の姿にSランク喰魔はより一層不気味な笑みを見せた。


「これは楽しめそうだ………!」

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