6-6 二人は殺すわけには行かないな


 ときを戻し、春達四人が愛笑を助けにやって来た現在。

 耀は愛笑に回復魔法を掛けながら戻って来た理由を告げた。


「愛笑さんには悪いですが、あのSランク喰魔はあなた一人で足止めできる相手ではありません」


「けど、あなた達じゃなくても………」


「私達は魔法防衛隊員です。他の誰かがやってくれるじゃダメなんです」


「………!」


 その一言に愛笑は言葉を失い、息を吞んで押し黙る。

 確かに春達は中学二年生とまだ幼く、愛笑からすれば守るべき存在であった。

 しかし、その認識を改めなければならないことを知る。


 目の前で二人の隊員が殺された。そして、Bランク隊員である自身の怪我を見ても引き返すことは無かった。

 自分の想像している以上に、四人は魔法防衛隊員としての覚悟と勇気を持っていた。


「………分かった。もう、これ以上は何も言わない」


 愛笑は落ち着いた声でそう言うと、Sランク喰魔イーターとそれに相対する春達へ顔を向ける。

 傷つき、体力もほとんど残っていない愛笑。

 しかし、春達を見守るその表情からはそれを一切感じさせなかった。







 Sランク喰魔を前に拳を構える春、十六夜。

 対するSランク喰魔は構えず、嬉しそうに笑みを浮かべながら二人を見据えていた。


 余裕な態度を取る喰魔とは対照的に春と十六夜は額に冷や汗を滲ませ、張り詰めた緊張感を露わにしていた。

 そこへSランク喰魔が声を掛ける。


「そこの黒髪のお前」


「「っ!?」」


 まさか話しかけてくるとは思わなかった二人。

 驚きを露わにし、緊張も相まってか体をビクッと小さく震わせる。

 春は拳を解かず、警戒したまま恐る恐るSランク喰魔に返事をする。


「………なんだ?」


「お前、さっき拳に纏ってた黒い霧は闇魔法だな?」


「………? だったらどうした?」


「へぇー、やっぱりそうなのか………!」


 春はSランク喰魔の質問の意図が分からず、小首を傾げながら答える。

 喰魔は春の言葉を聞くと、ニヤリと不気味な笑みを浮かべる。

 そして、その視線を洞窟の片隅で愛笑を治療する耀へと向けた。


「で、あそこで回復魔法を使ってるヤツは光魔法か?」


「っ! なんでそんなことを聞く?」


 質問の意図をどこか食い気味に尋ねる十六夜。

 Sランク喰魔はそんな十六夜の反応から自分の問いが合っていると判断する。


「くくっ、そうか。闇魔法と光魔法の使い手は魔法防衛隊に居るのか」


 小さくではあるが、その笑い声は間違いなく愉悦と歓喜に満ちていた。


「オイ喰魔イーター。なんで闇魔法と光魔法について聞いてきた? 二人が使い手だとなんかあるのか?」


 不気味に笑うだけで質問に答えないSランク喰魔に再度問いかける十六夜。

 そのタイミングで耀と愛笑の元から篝が合流する。

 そして、喰魔は十六夜の問いにようやく反応を示した。


「それを俺が答える必要はないだろ?」


「………………」


 質問に反応しただけで明確な回答はしてくれない喰魔。

 十六夜も答えてくれると思っていたわけではないが、不機嫌そうに眉を顰めた。


「にしても、そうか。だとしたら、二人は殺すわけには行かないな」


 二人、というのは間違いなく春と耀のことを指しているだろう。

 Sランク喰魔の発言には間違いなく何かしらの目的が見え隠れしていた。

 意味深なその発言に喰魔と向かい合う三人は表情を険しくさせる。


(俺と耀に一体何があるっていうんだ?)


 Sランク喰魔さえ関わってくる二人の謎。

 こんな状況であっても、春はさらに膨れ上がった謎を思案せずにはいられなかった。

 十六夜と篝もSランク喰魔の前だというのに、頭の片隅で二人の謎について考えてしまっていた。


「まあ、二人は手足を折るなりして戦闘不能にすればいい。少し面倒だが………それでいいか」


「「「っ!」」」


 その瞬間、喰魔から放たれる威圧感が一気に増す。

 無数の針が肌をチクチクと突き刺すような殺意に背筋をゾッとさせる。

 そして、細めた目の隙間から見える金色の瞳が三人を捉えていた。


「といっても、割と時間が無いんだ。闇魔法と光魔法の使い手を間違って殺すわけにも行かないし、退くなら見逃してもいいぞ?」


 笑顔でそう提案してくるSランク喰魔。

 しかし、依然として殺気は放っている。

 提案というよりは、『退かなきゃ殺す』という脅しに他ならなかった。


 冷や汗を流し、緊張に息を吞む春、十六夜、篝の三人。

 そして、Sランク喰魔の殺気を無理矢理押し退けるように言い放った。


「「「断る!」」」


「………そうか。なら、仕方ないな」


 口ではそう言いつつも、Sランク喰魔は笑みを絶やさない。

 そして、戦うために両手に拳を作って構えるのだった。

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