3-4 Cランク喰魔の猛攻(後編)
春たち四人がCランクの
『一体何だ? こいつの魔法は?』
操る喰魔たちの視界を切り替えながら見ていると、変わった魔法を使う者が一人。黒い霧のような魔法を使い、魔力差が圧倒的であっても相手の魔法を壊していく。数多くの魔法を見てきたが、その中でも類を見ない特殊な魔法を使う少年に興味を惹かれていた。
『魔法を壊す魔法。そんな魔法が………いや、待てよ』
春の魔法に心当たりがあるのか、突如として口を閉ざして考え込む。しかし、すぐに軽快な声で話し始めた。
『そうか! これが闇魔法か! ならばこの女の魔法は光魔法だな!』
春の魔法と付随するように、耀の魔法の正体にもソイツは気づいた。
謎が解けたことで愉快そうにしていたが、その正体に気づく要因となった者の言葉を思い出し、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
『ふんっ、『光魔法と闇魔法の人間は殺すな』だったか?
そう言うと、再び自分の操る喰魔たちへと意識を集中させる。
『あと少し。あと少しで私は………!』
不気味に笑い、黒目の中の
※
「せやあっ!」
光を纏わせて強化した剣を振り下ろす耀。その斬撃は風魔法の喰魔に避けられるも、すぐさま次の剣撃へと繋げていく。
その中で耀が左薙ぎに剣を振るったとき、喰魔はその斬撃を左腕を盾にして受け止める。耀の剣は喰魔の肉を斬るも、数センチ刃が入ったところで止まってしまう。
力を込めて刃を押し込もうとするも、それ以上は進まない。そのとき、喰魔が大きく口を開く。
口の中が輝いており、魔法を放とうとしていることが見て分かる。それを見た耀は剣を喰魔から引き距離を取ろうとするが、そのときにはもう魔法が放たれる寸前であった。
その瞬間、炎の弾丸が右側面から喰魔の顔に直撃する。その衝撃で顔が耀から大きく逸らされ、魔法は全く違う方向へと放たれた。その隙を見計らい、耀はバックステップの要領で喰魔から篝の元まで戻った。
「ありがとう。助かったよ」
「どういたしまして。でも、耀の魔法も大したダメージにならないわね」
「閃光剣なら一撃で倒せると思うけど………」
「溜めの時間と当たるかが問題、でしょう?」
「うん。それに魔力の消耗も激しいから、使ったら魔力もほとんど無くなる」
耀の閃光剣はCランクの喰魔を倒すには十分な威力を秘めている。しかし、それを放つまでの溜めの時間、溜めたとしても確実に当てられるか等の問題がある。さらに一撃で魔力をかなり使うため、一度放てば耀は事実上の戦線離脱となる。そのため、閃光剣を使うなら一撃で仕留める必要があった。
「不安要素も外れたときのリスクも大きすぎるわ。確実に当てる自信が無い限り使っちゃ駄目よ」
「うん。でも、どうするの? このままじゃ先にこっちがやられる」
「ええ。一体どうしたものかしら………」
そう言うと、篝はちらりと十六夜の方を見る。春と一緒に喰魔を相手にしており、こちらと同じく苦戦している様子だった。その様子に篝は歯痒い思いをする。
(十六夜君とあの魔法が出来れば………! でも、あの魔法も溜めに時間が―――)
「来るよ!」
耀の声に、十六夜へと向けていた意識を引き戻される。そして、迫りくる風の玉を耀とともに跳躍して回避した。
(一体どうすればいいの?)
明確な答えが見えない中、篝は喰魔に向かって引き金を引いた。
※
「らあっ!」
少し遠くで戦う耀と篝の戦闘音を背景に、春は闇を纏った攻撃を次々に仕掛けていく。そんな春の猛攻に対し、喰魔は全ての攻撃を回避していた。
喰魔は分かっていた。どんな防御をしても、春の攻撃をまともに受ければ無事では済まないと。ゆえに、防御ではなく回避に専念していた。
春が攻撃の中で大きく右拳を振るったそのとき、喰魔はようやく反撃に出る。しゃがむ様に姿勢を低くして春の拳を避け、腹にカウンターとして右拳を叩き込む。春はその拳を左手で受け止めるも力が強く、勢いを殺しきれずに左手ごと腹に押し込まれる。
「ぐふっ」
苦しそうに息を吐き出す春。最初のダメージとも重なり、体が一瞬だけ硬直してしまう。そこへ喰魔が追い打ちをかけようと左拳を振り上げるが、そのタイミングで十六夜が喰魔の脇腹に突くような蹴りを放つ。
結晶を纏う喰魔にダメージは無い。しかし、その蹴りにより喰魔の体が揺らぎ、拳が振り下ろされるのを阻害した。その一瞬で春は体勢を立て直し、拳に闇を纏って喰魔へと飛び掛かる。それを見ると喰魔は自分を蹴った十六夜の右脚を掴み、そのまま春へと勢いよく投げつけた。
春は背を向けて飛来する十六夜に反応できず、その勢いのまま一緒に吹き飛ばされてしまった。
「ぐっ」
「ぐおっ」
硬い地面に落ちるとその衝撃に苦悶の声を漏らす。地面に落ちると二人はすぐに体を起こして喰魔の方を見る。が、そこに喰魔の姿は無い。一体どこに行ったと春は周りを見ようとするが、魔力感知の精度が高い十六夜は真っ先に頭上を見た。
「上だ!」
十六夜の声に、春もハッと上を見る。そこには自分たちへと落下してくる影があり、二人はそれぞれ逆方向に体を転がした。その直後に影は二人の居た位置に落下し、大きな衝撃音と共に土煙を巻き上げた。
春は転がる途中で地面に両腕を着け、その腕をバネにして飛び上がるように起き上がる。それと同時に土煙の中から喰魔がその姿を現し、春へと向かっていった。
「シャアアアア!」
繰り出される喰魔の拳を春はギリギリで避けていく。そのさなかで、反撃に出ようと闇を纏った右拳を打ち出す。しかし、闇を纏っていない前腕の部分を喰魔の左腕に払われ、軌道を逸らされてしまう。そして、その後すぐに打ち出された喰魔の右拳が、春の頬にまともに入った。
「がっ………!」
結晶を纏ったCランク喰魔の拳。その威力は凄まじく、春の頬は瞬時に内出血と外傷で赤くなり、口の中が切れて口の端から血を流した。
その一撃にひるんだ春。腹、頬へと連続で喰魔の攻撃が当たる。春は痛みと衝撃で意識が飛びかけ、ふらふらと倒れそうになるもなんとか持ちこたえる。そんな春の項垂れた頭に、喰魔は渾身の右拳を振り下ろそうとする。
そのとき、喰魔の背後に立った十六夜の渾身の後ろ回し蹴りが、喰魔の脇腹へと直撃した。先ほどよりも強力な蹴りに喰魔は大きく吹き飛ばされ、近くの大岩へとその体を打ちつけた。
「春! 大丈夫か!?」
「………ああ。なんとか」
焦った様子の十六夜の声に、春は口の端から流した血を袖で拭いながらしっかりと答える。攻撃を受けた直後は意識が朦朧としたものの、今は意識がハッキリとしていた。
腹を痛そうに抑えてはいるが、しっかりと受け答えのできる春。その様子から十六夜は落ち着きを取り戻す。そして、地面からゆっくりと立ち上がる喰魔を見据えながら話し始めた。
「接近戦だと向こうが上か」
「俺たちの攻撃を裁く技術にあの硬い結晶。俺の攻撃は効かないし、お前の闇でしかあの結晶は破れないだろうな」
「お前と篝でも無理そう?」
「分からねえ。あの結晶は壊せるだろうが、確実に倒せるとまでは断言できない」
「なら、どうするか………」
喰魔の倒し方に頭を悩ませる二人。その方法が思いつく前に、喰魔は右脚を後ろに下げて走るような姿勢を見せ、二人を睨み付ける。その姿勢と眼光に仕掛けてくると分かった二人も、攻撃に備えて構える。
そのとき、十六夜が決意に満ちた面持ちで春へと話しかけた。
「春、少しの間アイツを抑えてくれ」
「何か思いついたか?」
「ああ。俺と篝で先に風の喰魔を倒す。そのためにはお前と、そして白銀にそれぞれ喰魔を抑えてもらう必要がある。出来るか?」
相手は二人で戦っていたときでさえ、春を追い詰めたCランクの喰魔。十六夜のサポート無しで相手をするなど危険極まりないことだ。
最悪、死ぬ可能性も十分にある。しかし、現状を打破する作戦を十六夜はこれしか思いつけなかった。
そして、そんな自分が死ぬかもしれない要望に、春は笑って答えた。
「分かった」
戸惑う素振りもなく即答する春。その回答の早さと春の笑みに、十六夜は目を丸くさせる。
春も分かっていた。十六夜の作戦を聞いた時点で、現状を打破するにはそれしかないことを。そして、友が死ぬかもしれないという恐怖、それを自ら提案するという苦しさを抱えて十六夜がその提案をしてきたことを。
だからこそ、春はそれを払拭するべく笑って答えた。
「………そうか」
春の即答に呆気に取られていた十六夜だったが、込み上げてくる高揚感にいつものような不敵にニヤついた笑みを見せる。
春の強い覚悟と自分達のことを信じてくれていること。この二つが、十六夜のことを笑わせていた。
そして二人が作戦を定めたのと同時に、喰魔は動き出した。
「シャアアアア!」
喰魔が雄叫びを上げながら二人へと駆け出す。それと同時に二人も動き出した。
「頼んだ!」
「頼まれた!」
十六夜は篝の元へと駆け出し、春はその場に留まって喰魔を迎え撃つ姿勢を見せる。その行動に喰魔は危機感を覚え、十六夜を追いかけようとする。しかし、その前に春が立ち塞がった。
「行かせる―――か!」
闇を纏った蹴りを放つ春。その蹴りを喰魔は後ろへと跳躍することで回避する。そして、自分の行く手を塞いだ春を忌々しそうに睨みつけた。
「お前の相手は俺だ」
春は喰魔の睨みに怖気づくことなく、挑発的な笑みを浮かべながら拳を構えた。
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