3-5 合体魔法:爆轟炎雷弾


「シャアアアア!」


 喰魔イーターが次々に放つ風の玉を避けていく耀と篝。

 その中で喰魔が篝へと魔法を放った瞬間、耀は再び喰魔へと接近する。

 喰魔の背後に立ち、光を纏った剣で切り上げようとする。

 しかし、剣の勢いが乗り切る前に喰魔の尻尾で止められてしまった。


「なっ!?」


 今まで一切使われなかった尻尾に止められたことで、耀はわずかに動揺する。

 その隙に、喰魔は尻尾を剣に絡ませて自分へと引き寄せる。

 普段の耀ならここで剣を手放せたのだろうが、動揺してしまったせいでそれが出来ず、剣とともに喰魔へと引き寄せられてしまう。

 そして、体勢も前のめりになるように崩されてしまった。

 引き寄せられた先に居る喰魔は顔をこちらに向けて口を開き、魔法での攻撃態勢を整えていた。


(まずい!)


 あまりにも近すぎる距離と放たれる寸前の喰魔の魔法。

 防御が間に合わないことは明白であった。


「耀!」


 篝も耀の現状に気が付き、なんとかしなければと焦る。

 しかし―――


(ダメ! 間に合わないっ!)


 喰魔の魔法を避けた直後であるため、攻撃に移るには銃口を向けて引き金を引くという二段階の動作が必要である。

 喰魔との距離も遠く、もう魔法を放つ寸前の喰魔には間に合わないことを篝は悟った。

 それでも必死に銃口を喰魔へと向けようとするも、はやる意識と違って体はゆっくりとしか動かない。


 耀もまた、避けようとする意志に反して体は動いてくれない。

 まるで走馬灯のようにゆっくりと進む時間の中、迫る命の危機をただ待つことしかできなかった。

 そのとき、緊迫した戦場に少年の力強い声が響く。


「雷鳴拳!」


 その声の直後、風の喰魔を雷撃が襲う。

 体に電気が走り、痺れるように一瞬だけ体の動きが止まる。

 その一瞬で篝は狙いを定めて引き金を引き、炎の弾丸を喰魔へと命中させる。

 炎の弾丸の衝撃に喰魔が揺らぎ、剣に絡んでいた尻尾の力も緩んだ。

 耀はそのまま剣を引き抜くと斬るのではなく、叩いて弾き飛ばすような感覚で光を纏わせた剣を振るった。


「ふん!」


「ギャッ………」


 喰魔の体に剣を押し込み、野球のバットのように振り抜く。

 その攻撃に喰魔は大きく吹き飛ばされた。

 そして、耀は飛んで行った喰魔を追撃せずに篝との合流を優先して走り出した。


「篝!」


「耀! ケガはない!?」


「うん、大丈夫!」


「そう、よかった………」


 危機を脱し、無事に駆け寄って来た耀を見て篝は胸を撫で下ろす。

 そこにもう一つ、駆け寄っていく人影があった。


「篝! 白銀!」


「十六夜君!」

「十六夜!」


 二人の元に駆け寄って来たのは十六夜であり、先ほど耀を助けた雷撃も十六夜が放った魔法であった。

 耀もそのことは分かっており、助けてくれた御礼を言おうと十六夜へ話しかける。


「さっきはありが―――」


「礼はいい。時間がないから用件だけ伝える」


 耀の言葉を遮り、話し出す十六夜。

 どこか焦っているようにも見えるその様子と春が居ないことから緊急性の高いことだと察し、二人とも口を閉ざして聞く姿勢を見せた。


「もう一体の喰魔は春が抑えてくれてる。その間に、俺と篝の“合体魔法”で確実に風魔法の喰魔アイツを倒す!」


 合体魔法―――その名の通り、二つ以上の魔法を合わせて使用する魔法。

 その威力は単純な足し算ではなく、混ざり合った魔法が爆発的な力を生み出す。

 十六夜と篝にはそれが可能であり、二人の必殺技と呼べるものでもあった。

 これを使えば、確実に風魔法の喰魔を倒せると確信できるほどに。


「けど、あの魔法は発動まで時間が………」


 合体魔法は使うまでに時間が掛かる。

 それゆえに、二人はここまでの戦いでその魔法を使うことが出来なかった。

 篝は悔しそうに十六夜の作戦に苦言を呈する。

 十六夜とて、そんなことは十分に分かっていた。


「ああ。だから、白銀にはそのための時間を稼いでほしい」


「分かった」


「耀っ!?」


 十六夜の無茶な要望を耀は即座に受け入れる。

 しかし、本人とは別に篝はその要望を受け入れられなかった。


「危険すぎるわ! 貴女さっきやられかけてたのよ!」


「それでも、やらなきゃみんなられる。春もそれを分かってるからおとりになってる」


「だけど………!」


 このままではいずれ、自分たちの方が先に力尽きる。

 そんなことは篝も分かっている。

 しかし、大切な仲間を、友達を危険に晒す作戦を了承したくなかった。


 篝が反対の意思を示す中、復活した喰魔が三人に狙いを定める。

 それに三人とも気が付き、その中で耀は気づいたと同時に他の二人を守るように前へと出た。


「シャアアアア!」


 再び喰魔の口から風の玉が放たれる。

 その玉は通常のサッカーボールほどの大きさであったが、三人へと迫る途中で無数の小さな玉へと分裂した。

 篝を苦しめた範囲攻撃の魔法。

 しかし、この魔法を対処できる魔法を耀は持っていた。


「白の障壁!」


 三人の目の前に白い光の壁が展開される。

 そして、喰魔の放った玉を難なく全て防いで見せた。

 分裂して威力の下がった風の玉は白の障壁と相性が良かったらしい。

 先日のCランク喰魔の魔法を防いでいるときよりも、耀には余裕が見えた。

 風の玉を防ぎ切ると耀は壁を消しながら、後ろに居る二人へと声をかけた。


「私が喰魔を抑えるから、二人は準備して!」


 耀は壁が消えると同時にそう言い残し、喰魔へと駆け出す。

 どんどん離れていく耀を引き留めるように篝は怒鳴るように声を掛けた。


「ちょっと! 耀!」


 しかし、そんな篝の声を気にも留めずに耀は走り去っていった。

 篝は顔を俯かせ、わなわなと体を震えさせる。

 そんな篝に十六夜は真面目な声で名前を呼んだ。


「篝」


「………もう! 分かったわよ! 二人のためにも早くやりましょう!」


 十六夜の呼びかけに若干キレ気味に答える篝。

 春は一人で戦い、耀も風の喰魔へと向かった。

 今から耀を追いかけることもできるが、十六夜が戻るわけでもないのでそれでは春がもたないだろう。

 もうやる他に道は無かった。


 十六夜は篝の右側に立つと、左手を銃を持つ篝の右手に近づける。

 喰魔によって負傷した左腕は動かすだけでも激痛が走る。

 しかし、十六夜は一瞬顔を顰めるだけで、その後は何も無いようにそっと篝の右手を包み込む。

 二人は静かに目を閉じ、魔力を高めていった。


 そして、二人の魔力の高まりをその場の全員が感じ取る。

 特に二体の喰魔はそれを感じ取るや否や、目の前の春と耀を無視して魔力を高める二人の元へと向かおうとする。

 しかし、喰魔がそうすることが分かっていた春と耀。

 自分達を無視して二人の元へ向かおうとする喰魔に春は拳を、耀は剣を振るった。


「邪魔は!」


「させない!」


 二人の攻撃を二体の喰魔は回避する。

 そして、自分の行く手を遮る相手を忌々し気に睨み付けた。


 春と耀が喰魔を抑えてくれている間に魔力を高める十六夜と篝。

 喰魔が向ける殺意さえ感じなくなるほどに深く集中する。

 そして、二人は高めたその魔力を魔法へと変換する。

 繋がる手を通じて相手の魔力を感じ取り、流し、溶けるように一つの魔法へと混ぜ合わせていく。


(感じる。十六夜君の―――)


(篝の―――)


((魔力を!))


「「「「っ!」」」」


 その瞬間、今までとは比較にならないほど爆発的に魔力が上昇する。

 その魔力に春と耀は笑みを浮かべ、喰魔たちは更に焦りを見せ始める。

 喰魔たちは今まで以上に強引に向かおうとするが、それでも春と耀の二人に邪魔される。

 二人は喰魔が十六夜と篝に向かおうとするときだけ攻撃を仕掛け、それ以外は回避や防御に専念することで喰魔を自分に長く引き付ける戦い方を徹底していた。

 しかし―――


「「ぐっ………!」」


 春は喰魔の拳を左腕で防御し、耀は振るわれた尾を剣で受け止める。

 春は痛みに、耀はその衝撃に苦悶の声を漏らす。

 相手は自分よりも強いCランクの喰魔。

 例え時間稼ぎのための戦い方だとしても、そう長くは続かないだろう。

 それでも、二人は十六夜と篝を信じて喰魔の相手を続けた。


 二人が喰魔を抑える中、十六夜と篝は閉じていた目を開き、手に持った銃の照準を風魔法の喰魔に合わせる。

 銃口内では炎が輝き、そこから漏れ出るように小さな雷が銃を走っていた。


 そのとき、風魔法の喰魔が耀と戦いながら口の中に魔力を溜め始める。

 そのことに気づいた耀は風の玉が来ると思い、後ろへ下がって防御の体勢を取ろうとする。

 しかし、後ろへ下がろうと足裏で地面をなぞった瞬間、その足を止めた。


(何かが違う)


 微妙な違和感。

 それが耀の足を止める。

 そして、その正体に気づいた耀は焦りにその表情を染めた。


(この喰魔、最初の大技をもう一度やる気だ!)


 思い起こされるのは、一番最初に放たれた大きな風の砲弾。

 喰魔はそれを放つために魔力を溜めていると耀は考えた。

 そして、喰魔が口に溜めた魔力をすぐに放たずに溜め続けていることからも、自身の考えが間違いではないことを耀は確信した。


 耀は魔法を阻止するべく即座に喰魔へと斬りかかる。

 しかし、振り下ろした剣は喰魔の交差した両腕によってその頭上で止められてしまった。


「くっ!」


 刃を押し込もうとするも、先ほどと同じく深く刃が入って行かない。

 それでも何とかしようと剣を下げ、喰魔の腹に渾身の前蹴りを叩き込んだ。

 その衝撃に喰魔は立ったまま滑るように後ろへと押される。

 しかし、喰魔はその蹴りにも耐えて魔力を溜め続けていた。


(このままじゃ………!)


 二メートルの風の砲弾。

 自分へと放たれては防ぎ切ることはできず、今魔力を溜めている二人に放たれてもそれは同様であった。

 喰魔の魔法に対する対抗策が思いつかず、耀は焦りを募らせる。

 そこに十六夜と篝の大きな声が響く。


「白銀!」

「耀!」


 自身の名を呼ぶ二人の声。

 その声に耀は挑発的な笑みを浮かべると、風魔法の喰魔から距離を取った。

 突如として耀が離れた理由を喰魔が理解するのに、そう時間は掛からなかった。


「―――っ!」


 喰魔は血相を変え、声が聞こえてきた十六夜と篝の方を向く。

 二人が一緒に銃を持ち、その銃口を自分へと向けているのを理解する。

 そして、喰魔はその銃に背筋を凍りつかせ、恐怖した。


 あの魔法が放たれれば間違いなく自分は死ぬ。

 そのことを喰魔は一瞬で確信した。

 それと同時に、魔法を発動するための魔力が溜まり切る。

 そして、一刻も早く目の前の二人を排除しようと口から風の砲弾を二人に向けて放った。


 地面を削りながら十六夜と篝へ迫る風の砲弾。

 しかし、二人は焦ることなく風の砲弾とその先に居る喰魔に銃口を向け続けていた。

 銃口内の炎が溢れ出るように燃え盛り、走る雷もより強く瞬きながらスパークする。

 今にも爆発してしまいそうなその魔法を、二人はありたっけの力と想いを込めて解き放った。


「「爆轟炎雷弾ばくごうえんらいだんっっっ!!!」」


 炎と雷が融合した弾丸。

 それはまるでレーザーのように光の軌跡を残しながら風の砲弾を貫き、その勢いが衰えぬまま容易に喰魔の胸をも貫いた。


「ギャッ―――」


 弾丸は喰魔の遥か後方で爆発すると炎と雷を撒き散らし、周囲を眩しく照らす。

 そして、胸を焼き貫かれた喰魔は糸が切れた人形のように前方へと倒れた。


 そして、十六夜と篝の作り出した爆発は少し離れたところで戦っていた結晶魔法の喰魔の動きを止めた。


「キシャ………!?」


(今だ!)


 爆発した方を向いて困惑するように動きが止まる喰魔。

 春はその隙を見逃さず、闇を纏った左拳を喰魔めがけて振るった。


 しかし、喰魔は春が放つ殺気に気づき、拳を視界の端に捉えると同時に後ろへと跳躍する。

 それにより、春の拳は空振りに終わってしまった。

 が、しかし。

 春は拳が空振ると即座に右拳を腰に持っていき、どっしりと構えることで渾身の一撃を放つ体勢を整えていた。


「………?」


 その体勢から春はその場から動く気がないことが見てわかる。

 しかし、喰魔が後ろへと跳んだ今の状況では春の拳は絶対に届かない。

 これまでの戦いで遠距離の魔法が来るとも思えず、春の謎の行動に喰魔は心の中で首を傾げた。


「せりゃあ!」


 そのとき、気合の入った女子の掛け声と共にガキンッ、と硬い物同士がぶつかり合う甲高い音が喰魔の背後で響く。

 それは喰魔の背を何者かが硬い物で叩いた音だった。


「キシャ………!?」


 その衝撃によって喰魔は体勢を崩され、春の方に向かって弾き飛ばされる。

 そして、弾き飛ばされた喰魔の後ろには両手で剣を握りしめ、その剣を大きく振った直後の耀が立っていた。


 耀は風魔法の喰魔から離れるときに光を身に纏い、高速で春の元へと向かった。

 そして、喰魔が跳躍したそのタイミングで喰魔の背後に立った。

 それを見ていたからこそ、春は渾身の一撃を放つための構えをとったのだ。

 そして、耀は春の構えを見て自分が何をすべきなのかを即座に理解し、見事にそれに応えてみせたのだった。


 喰魔は宙に浮いており、何も出来ずに拳を構える春の元へ吸い寄せられるように飛んでいく。

 春は構えた右拳に魔力を集中させ、纏う闇を黒から漆黒へと変化させていく。

 そして、飛んでくる喰魔に向かって左脚を強く前へと踏み出し、体を捻ることで全身を使って拳を突き出した。


ブラック魔弾ブレット!」


 漆黒の闇を纏った拳が、結晶の鎧を纏ったの喰魔の胸に突き刺さる。

 その拳は容易に喰魔の結晶の鎧を貫き、喰魔の肉体へと届いた。

 そして炎のように揺らめく闇が弾け、激流のごとく溢れ出すと闇はその胸を貫いた。


「ギャッ―――!!!」


 拳と闇に体を貫かれた喰魔は小さな断末魔を上げる。

 そして、穴が開いた胸部から全身の結晶の鎧に亀裂が走る。

 そこから崩れるように鎧と肉体を崩壊させ、喰魔は霧のように霧散して消滅するのだった。

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