3-3 Cランク喰魔の猛攻(前編)
対する喰魔も風を放った喰魔とは別の一体が迎え撃つために駆け出していた。
十六夜は走りながら右拳を作り、その拳に雷を纏わせる。
そして、喰魔が目の前にまで迫ったとき十六夜はその拳を振り抜く。
雷の拳に対し、喰魔はためらうことなく左手を突き出して受け止めた。
「オラァッ!」
瞬く雷。
しかし、喰魔は十六夜の拳を掴んだまま平然と立っていた。
Dランクの喰魔は自身の魔法を受けるだけで体に電撃が走り、体を焦がしていた。
なのに、今目の前に居るCランク喰魔にはそれが見受けられない。
自身の魔法が一切効いていないことに十六夜は動揺した。
(効いてない………!? 何でだ………!)
自身の雷が効いていない理由を探ろうと、十六夜は自身の拳を受け止める喰魔の手に目を向ける。
そして、その手の異変に十六夜は目を見開いた。
(岩―――いや)
「結晶か!」
十六夜が見つめる喰魔の左手。
そこから腕は半透明な結晶に覆われており、この結晶が十六夜の雷を遮断しているのは明らかだった。
「相性最悪かよ………!」
雷を通さない結晶魔法。
しかも、今の攻撃を難なく受け止められていることからもこの結晶を砕くことも容易ではないことを十六夜は察する。
自分にとって間違いなく相性最悪の相手。
その事実に十六夜は喰魔を睨み付け、苛立たしげに呟いた。
そのとき、喰魔は掴んでいた十六夜の拳を自身へと引き寄せる。
十六夜は引き寄せられると分かった瞬間に右手を引き、拳を掴む喰魔の左手を振り払おうとする。
しかし喰魔の力は強く、それは叶わなかった。
「うおっ」
体勢が崩れ、前のめりするように喰魔へと引き寄せられた十六夜。
その十六夜の目線の先には、握り拳を作った喰魔の右腕が見えていた。
(マズイ!)
咄嗟に顔を守るように左腕を眼前まで持ってくる十六夜。
右拳の雷の放出は止め、その分の魔力を左腕に集める。
喰魔は構えた右拳を結晶で覆う。
そして、その拳を十六夜の顔めがけて振るった。
「ぐっ!」
顔への殴打を左腕で防ぐ十六夜。
ドンッという鈍い音と共にとてつもない痛みが左腕に走り、顔を歪める。
左腕へ叩き込まれた喰魔の拳の勢いは止まらずそのまま振り抜かれ、十六夜は殴り飛ばした。
殴り飛ばされた十六夜は背中から地面へと落ち、土煙を上げながら地面を数センチ滑った。
「ぐぅ………!」
左腕の激痛に苦悶の声を漏らす十六夜。
しかし、喰魔を相手に痛みに悶えては居られない。
ズキズキと痛む左腕を庇いながら十六夜はすぐに立ち上がった。
(折れてはない。が、ヒビは入ってるかもな)
自身の左腕の状態を冷静に判断する。
グッと力を込めようとすれば痛みが走り、完全に力が入る前に脱力してしまう。
相性が悪い格上を前にして、片腕を負傷するという逆境。
そんな逆境に対し、十六夜が挫けることはなかった。
「―――ハッ、上等だ………!」
喰魔を睨みつけ、グッと力を込めて右拳を構える。
そして、軽く鼻で笑うと大胆不敵に笑みを浮かべるのだった。
※
十六夜と結晶魔法の喰魔がぶつかり合うのと時を同じくして、篝と風魔法の喰魔も動き出していた。
前進するのではなく横へと移動することで視界を開けさせ、敵を視認する。
最初に動いたのは篝だった。
両手に持った二丁の拳銃の銃口を風魔法の喰魔へと向け、引き金を引く。
そして、放たれた炎の弾丸は喰魔の右肩と胸部に命中する。
弾丸は着弾と同時に弾け、小さな爆炎となり喰魔を襲う。
その衝撃に押されるように喰魔の体がぐらついた。
一撃でDランクの喰魔を葬った篝の魔法。
しかし、その魔法は風魔法の喰魔の体に小さな傷と焼け跡を残すことしかできなかった。
喰魔はその傷を見ると、篝に対してニヤリと口の端を歪ませて嘲笑う。
それを見た篝は悔しそうに歯を食いしばった。
(全っ然効いてない!)
心の中で吐き捨てるように愚痴をこぼす。
Cランクに成る前の段階であまり効果が無いのは分かっていたが、改めて見せつけられると心に来るものがあった。
「シャア!」
篝の攻撃を受けた喰魔がお返しとばかりに口から風の玉を放つ。
その玉は春が最初に受けた砲弾に比べれば遥かに小さい、サッカーボール程度のものだった。
(最初のに比べたら、この程度………!)
風の玉から感じ取れる魔力から、最初のより威力が低いことを確信する篝。
向かって来る風の玉を迎え撃ち、二丁の拳銃から炎の弾丸を放った。
高速で接近し合う風の玉と炎の弾丸。
やがて二つの魔法は衝突し、熱を帯びた風が辺りを吹き抜ける。
炎が風を押し、風が炎を吹き消していく。
二つの魔法は一瞬のせめぎ合いの果てに爆発するように弾けて消える。
そこからすぐ、喰魔は再び風の玉を放った。
「何度やっても―――」
相殺するために再び引き金を引こうとする篝。
その瞬間、喰魔が放った風の玉が無数の小さな風の玉へと分裂した。
「なっ!?」
想定していなかった事態に動揺する篝。
しかし、すぐに分裂した玉へと狙いを変えて銃を構えた。
「くっ!」
向かって来る無数の風の玉を次々に撃ち落としていく。
分裂した風の玉の大きさはビー玉ほどであり、それを正確に撃ち落としていく篝の射撃の技術は素晴らしいものだった。
しかし、その数の多さにすべてを撃ち落とすことはできなかった。
自分へと迫る風の玉に対し、篝は腕を体の前で交差させて防御の体勢を取る。
そして、飛来する無数の風の玉をその身で受け止めた。
「くぅ………!」
一発一発の威力は低く、痛みはあるが春のように吹き飛ばされたりはしない。
痛みに耐えながらも、篝は全ての玉を受け切る。
脚の黒タイツは所々破けており、素肌には痣や擦り傷が目立っていた。
そして、篝が風の玉を受け切ったとき、喰魔はすでに次弾の準備を完了していた。
「また………!」
口を開き、そこに溜めた魔力から喰魔が準備を終えていることを篝は容易に察する。
これもまた最初ほどの魔力はない。
通常の玉か分裂する玉か、はたまた別の魔法かもしれない。
いずれにせよ、
篝は横に向かって思いっきり走り出した。
通常の玉なら篝は相殺できる。
しかし、通常に見せかけて分裂を放たれた場合、先ほどの二の舞になる。
別の魔法だったとしても見るまでは対処できない。
ならば、知っている魔法に対しての最大限の対処をするほかに無かった。
「シャアアア!」
風の玉を口から放つ喰魔。
それは分裂することなく高速で篝に向かっていき、走る篝の後方を通り過ぎていく。
通り過ぎた風の玉は地面に着弾すると破裂し、地面の土と砂を巻き上げる。
篝は爆発音と爆風に動じることなく、そのまま走り続けた。
喰魔が放つ風の玉を篝は走りながら回避する。
篝は隙を見て炎の弾丸を放つが、弾丸は喰魔に避けられるか風の玉で相殺される。
そして、即座に反撃として風の玉が放たれる。
このような喰魔が優勢の魔法の撃ち合いが数秒続いた。
そして、この数秒の間に篝の動きに慣れ始めた喰魔。
次に放った風の玉が篝を捉えた。
(まずい………!)
そのことに篝も気づき、自分へと飛来する風の玉に炎の弾丸を放つ。
再び衝突する二つの魔法。
しかし、そのときにはすでに風の玉は篝の側まで迫っており、ぶつかり合った魔法の爆発とその爆風によって篝の体は強く押された。
「きゃっ!」
短い悲鳴と共に篝の体は宙に浮く。
地面に体を打ち、二回ほど横に転がるとすぐに腕と脚で自身の回転を止めて起き上がる。
そのとき、篝の眼前にまで喰魔の放った風の玉が迫っていた。
「―――っ!」
サッカーボールほどの大きさの風の玉。
直撃すれば大ダメージは確実であり、今からでは回避もガードも間に合わない。
眼前に迫る危機に篝の背筋が凍りつく中、力強い女の子の声が篝の耳に届いた。
「白の障壁!」
その声とともに、篝の目の前に白い光の壁が現れる。
その壁は篝へと迫った風の玉を正面から受け止めた。
競り合う風の玉と光の壁。
光の壁が一際強く輝くと風の玉は弾け、そよ風となって消滅した。
「この壁は………!」
「おまたせ篝!」
右手に剣を持ち、亜麻色の髪を靡かせて篝の横に並び立つ少女。
その少女を一瞥すると、篝は小さく口角を上げる。
しかし、すぐに表情を変えて不満げに目を細め、口元を尖らせた。
「遅いわよ耀!」
「ええ!? すぐに戻ってきたじゃん!」
「………フフッ、冗談よ」
まさか怒られるとは思っていなかった耀は篝の叱責に困り顔で反論する。
その姿が可愛らしくも面白く思えた篝は小さく笑い、すぐに冗談だと発言を撤回した。
そして、再び表情を真剣なものへと変える。
「春君のケガは?」
「お腹が痛いらしいけど、隊服のおかげで大きなケガは無し。回復はしなくていいって春が」
「なるほどね。春君が大丈夫って言うなら、その方がいいかもしれないわね」
端から崩れるように消えていく光の壁。
その先に居る喰魔を見据えながら二人は会話する。
消えていく壁の先に居る喰魔は目を鋭く尖らせ、明らかに不機嫌な様子を見せる。
そんな喰魔に二人はより一層警戒心を強め、己が武器を持つ手に力を込めて構えた。
※
結晶魔法を使う喰魔と対峙する十六夜。
迫りくる結晶を纏った喰魔の拳をギリギリで掻い潜り、跳躍することで一時的に距離を取る。
そして、振り向きざまに右の拳に雷を纏い、それを喰魔に向かって放った。
「雷鳴拳!」
十六夜の拳から放たれる青い雷撃。
一本の雷が進みながら拡散していくことで攻撃範囲を広げる。
迫りくる十六夜の雷撃に喰魔は体の表面を全て結晶で覆い、全身で纏う鎧のように変化させる。
それにより、十六夜の雷撃が直撃しても喰魔には一切のダメージが無かった。
「ちっ………」
(やっぱ防がれたか)
防がれたことに十六夜は不機嫌そうに軽く舌打ちをする。
防がれるだろうとは思いつつも放った魔法だが、やはり防がれるのは気分が悪かった。
喰魔は雷撃を振り払うように掻き消し、結晶の鎧を纏ったまま十六夜へと迫る。
迫る喰魔に再び右拳を作ったそのとき、十六夜の頭上を人影が飛び越えた。
「「!」」
その人影に十六夜と喰魔の両方とも目線を惹きつけられる。
十六夜の頭上を飛び越えた者は右拳に黒い霧のようなものを纏っており、その勢いのまま喰魔へと迫りながら拳を振り下ろした。
「うおおおおおっ!」
「―――っ!!」
大きな声と共に振り下ろされる黒い霧を纏った拳。
喰魔はその拳に命の危機感を覚え、大きく後ろへと跳躍することで拳を回避する。
空振った拳は地面を叩き、ドンッという大きな衝撃音と共に小さく地面を砕いた。
十六夜はその拳を振り下ろした少年の癖のある黒髪と魔法防衛隊の隊服に、十六夜は小さく上機嫌そうに笑った。
「ハッ、遅えぞ馬鹿」
「そこは『ありがとう』だろ? 馬鹿」
十六夜の憎まれ口に同じく憎まれ口で返すと、右拳を地面に着けて片膝を着いた状態から立ち上がる。
そして、目の前の喰魔を見据えながら左の手のひらに右拳を勢いよく叩き合わせた。
「さあ、第二ラウンドだ………!」
燃え上がる闘志とは裏腹に、落ち着いた声音で春はそう呟いた。
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