2-4 春って、もしかして………
情報課の個室にて友里から任務の説明を聞くために左から春、耀、篝、十六夜の順で座る四人。十六夜と篝は訓練室に居たため、ジャージのような長ズボンに半袖のTシャツと動きやすそうな格好をしていた。十六夜は青、篝は赤を基調とした服であり篝は長い桃色の髪を頭の後ろに纏めていた。
友里はテーブルを挟んで四人に向き合うように椅子に座っており、手に持った書類を見ながら任務の詳細について話し始めた。
「二日前の朝、道路下のトンネル内で通行人が血溜まりと飛散した血痕を発見。警察と
そう言うと友里は書類の中から紙を引き抜き三枚ずつ春たちへ手渡す。その紙にはそれぞれ人の顔写真があり、四十代の男性二人と二十代の男性の写真であった。そして、その人物に関する詳細なデータが記載されていた。
「ご家族の方たちも家族が帰ってこないと話しているし、現場の状況からもこの人たちは
淡々と話す友里。しかし、その声色は悲しそうなものだった。
友里の言葉に、篝は被害者とその家族の気持ちを想像し、悲しそうに書類の写真を見つめる。十六夜も不機嫌そうに顔を少し顰めさせる。そして、耀もまた悲しそうに視線を書類へ落とした。
一般人が喰魔に異界へと連れ去られ、数日経って生きて帰ってきた事例はほとんどない。ほぼ間違いなくこの書類の三人は喰魔によって殺されているだろう。
その事実に被害者の家族は一体どれだけ打ちのめされているだろうか。それでも生きていてくれと願う家族はどれだけ苦しい思いをしているのだろうか。察するに余りあるものであることは間違いなかった。
そんなとき、右からクシャッと紙が潰されるような音が聞こえ、耀はそちらに顔を向ける。そして、その音を出したであろう春の表情に驚いた。
春が持っていた書類の端は潰れ、皺だらけになっていたことから春が右手に強い力を込めて書類を持っていることを察する。表情も悲しげではあるのだが、書類を持つ手に力を込めて書類を見つめるその仕草は怒っているようにも見えた。
そんな春の仕草に、耀は一年間防衛隊に勤めた経験から春の心情とその過去を推察した。
(春って、もしかして………)
嫌な想像が耀の頭の中に浮かぶ。そして、春を見つめるその瞳には不安と悲しみが色濃く宿る。耀が想像した“それ”は防衛隊に所属する隊員には珍しくないことである。しかし、外れていてほしいと願わずにはいられないものであった。
そして、友里もまた春の姿に胸を痛め悲しげに表情を曇らせる。友里は知っている。
春が喰魔に抱いている感情を。
喰魔によって春に降りかかった
しかし、今は春の過去を悲しむときではない。友里は感傷的になってしまった気分を切り替えようと小さく息を吐き、任務について話を進めていく。
「あなた達四人の任務は異界での行方不明となった三名の捜索。それと、可能な限りでの喰魔の討伐よ」
任務内容を聞いた途端、四人は同時に眉を
被害者の捜索、とは言いつつもその言葉に大部分として含まれるのは『死体の捜索』が主である。生きていれば救出なのだが、前述した通りに一度異界に連れ去られた者が生きていることはまず無いと言っていい。事件が起こってから約三日も経っているのだから尚の事だ。それでも生きている可能性はゼロではない。ゆえに、捜索という言い回しがされる。もし亡くなっているのなら遺体の一部でも探して回収するのが仕事だ。
討伐というのも喰魔が人を襲い、味を占めてその場や付近に留まっているのはよくある。異界にて調査を行うとなれば、喰魔に会う可能性は高いため討伐が含まれているのだ。
捜索と討伐の意味合いは四人共理解している。しかし、四人の疑問の理由は別にあった。
「私達四人だけで………ですか?」
篝の言ったことが、他の三人と共通の疑問であった。
異界は喰魔たちの住む世界であり、そんな異界でDランクの隊員が活動することが問題というわけではない。異界でDランクの隊員だけで活動することは珍しくない。防衛隊はCランクやDランクの隊員がほとんどで、Bランク以上は魔法防衛隊全体で見ればあまり多くないのである。
では何が引っかかっているのか。それはまだ自分たちが、入隊して一年のDランク隊員であるからだった。
異界での活動をするにはDランクの隊員だけの場合、最低でも三年以上勤めている隊員が条件と言われている。規則やルールとして明確化されているわけではないが、任務を言い渡す上層部はそれを基準の一つとしている。それは魔法防衛隊で知らない隊員は居ない、常識とも言えるものであった。
だからこそ、四人だけということに疑問を抱くのは当然の反応であった。
「ええ、そうよ」
四人がこの任務内容を聞いたとき、そういう反応をすることを友里は分かっていた。友里自身、この内容を聞いたときに支部長に間違いではないか尋ねたのだから当然だろう。そのため、特に大きな反応は示さず流れるように返答した。
「喜多支部長はあなた達四人は並みのDランク隊員より強く、状況判断もしっかりとできるから問題ないと判断したそうよ。実際に春君と耀ちゃんは昨日、二人だけでCランクの喰魔を一体倒しているからね」
淡々と説明していく友里の話を聞いて納得がいった。
魔法防衛隊の隊員は万年人手不足の職業と言える。危険な仕事であるため殉職者は多く、なろうとする人も少ない。中学生である春たちでさえ隊員になれることからも、その過酷さが伺える。
春たちの所属する星導市支部は人手不足ではないが、優秀な人材は業界全体で育成していかなければならない。それゆえの判断だろう。
支部長からの評価を嬉しく思う四人。しかし、耀は先ほどの春の様子が、他の三人も任務の説明で被害者がいることが頭の中を過り、心から喜ぶことはできなかった。
四人が何も聞いてこなくなったことで納得したと判断した友里は、任務についての説明を再開した。
「任務は明日の正午。喰魔の痕跡があるトンネルの
※
「私達だけで異界に行くのね。なんだか、今から緊張してきたわ」
「あんまり気張ると、明日の任務の前にバテるぞ」
任務の説明を聞き終えた四人。明日の任務のために、戦闘時の互いの戦い方や連携を確認しようと訓練室へと向かう。前を歩く十六夜と篝が会話を繰り広げる中、耀はチラリと隣を歩く春に目を向けた。
落ち着いた様子で廊下を歩いていく姿を見て、耀の脳裏に浮かぶのは任務の説明を受けたときの春。今とは違い、悲しそうな表情で力強く書類を持って見つめる春の姿が頭から離れなかった。
(春………)
あの瞬間を思い浮かべる度に、胸が締め付けられるように苦しくなる。その苦しさを紛らわせるように、左肩に掛ける竹刀袋のベルト部分を両手で強く握る。
(なんか………嫌だな)
あの瞬間の春が、耀には何かに耐えて辛そうにしているように見えた。そんな春を見るのが、その理由が分からないことが耐えられなかった。
春はというと耀に見られていることに気づき、顔を耀の方へと向ける。そして、彼女の表情を見た春はギョッと目を見開いて立ち止まった。
春が足を止めたことで耀も足を止め、二人の足音が聞こえなくなったことで十六夜と篝の二人も足を止める。二人は何だと思い振り返って耀の顔を見ると小さく目を見開き、なぜ足を止めたのかを理解した。
耀は何か辛いことでもあったかのように暗い表情で綺麗な赤い瞳をじんわりと潤ませ、心配そうに春のことを見つめていた。そんな顔で見られれば春が驚いてしまうのは仕方のないことであった。
そして、春はなぜ耀がそんな顔をしているのか理由を探るために話しかける。
「ええっと、どうかした?」
(俺、もしかして何かやらかしたか!?)
春は耀を刺激しないように恐る恐る尋ねる。春としては理由に思い当たることがなく、知らない内に耀の気に障るような何かをしてしまったのではないかと内心慌てていた。
耀は尋ねられたことで何かを言いかけるが、すぐに口を噤んだ。
(あの表情の理由。それを聞いてしまえば、春を傷つけてしまうかもしれない)
今聞こうとしていることはもしかしたら、春の触れられたくない心の傷を掘り起こしてしまうかもしれない。そして、それ以上に恐ろしいことが一つ。
(春に………嫌われるかもしれない………)
触れられたくないであろう心の傷に触れ、大好きな春に嫌われる。それが耀にとって何よりも恐ろしかった。
それゆえに、聞くことを躊躇してしまった。
しかし―――
(でも、それでも知りたい! 大切な―――大好きな春のことだから)
知らないままでいることなどできない。
春の事なら何でも知りたい。
辛いことなら寄り添って、支えて、癒してあげたい。
それが耀の意志であり、覚悟だった。
自分の気持ちを確認した耀。真っ直ぐ春の目を見つめて、絞り出すようにその理由を話し始めた。
「さっき、春が任務の話を聞いたときにすごく辛そうな顔をしてたから。だから、その理由が何なのか気になって………」
「………………」
耀の理由を聞いた瞬間、春は辛そうに目を伏せる。一緒になって聞いていた篝も表情を暗くさせ、十六夜は表情に大きな変化はないが纏う雰囲気が重苦しくなったように感じた。
三人の反応から、春のあの表情の理由がよくないことを耀は察する。しかし、やめる気はない。耀は目を逸らすことなくしっかりと春のことを見つめる。
そして春はすぐに伏せた目を耀へと戻し、申し訳なさそうな表情を見せた。
「………そんな顔してた?」
「………うん」
「あー、そっかぁー」
あぁー、と呻き声のような声を上げ、やってしまったと言わんばかりに顔を両手で覆う春。自分のせいで耀に心配をかけてしまったことを申し訳なく思う。そうやって自己嫌悪に浸る春は顔から両手を退かし、耀へと話しかけた。
「ごめんな。なんか、俺のせいで心配かけたみたいで」
「そんな………! 春が謝る必要なんて無いよ! 私が勝手に心配しただけで………謝るなら私の方だよ」
春が謝罪の言葉を口にすると、非は自分にあると言って春を気遣う耀。そんな耀の優しさに春は小さく笑った。
(何も話さないのは嫌だな)
耀に心配をかけさせてしまった。何より、春自身が耀に知ってほしいと思ってしまった。このまま何も話さないというわけにはいかなかった。
「ここじゃなんだし、場所を変えよう」
立ち話で話すような内容でもなければ、廊下で長話をするわけにもいかない。もっと落ち着いた場所で話すために、春は場所を移すことを提案した。
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