最終話 想いを受け取りました


「私からのプレゼントはこれよ」


 お嬢様からは皮の袋に入った守り石をいただいた。

「わぁ!ありがとうございます」

 各地の川原で時々見つかる透明がかった緑色の石。

 薄い楕円状にカットされ、ピカピカに磨かれて紐を通す穴まで作ってあった。

 緑色の石は建国の祖である初代国王の御身を守ったとされ、昔から武人のお守りとして有名なのだ。


「私からこれを」

 殿下が差し出したのはオレンジ色のリボンがかかった細長い小箱。

「開けてみてごらん」

 リボンを解いて開いてみると、中身はリボンと同じオレンジ色の軸のペン。


「それは光と角度によって軸に文字が浮かび上がる加工が施されている。ここでは明るすぎて見えないので、帰宅してから文字を探してみるといい」

「ありがとうございます!」

 おもしろい仕組みだなぁ。


 平民の私にはもったいなさすぎるほどの贅を凝らしたもてなしと楽しいひとときを過ごし、侯爵家の立派な馬車で寮に戻ってきた。

 余ったお菓子もしっかりいただいてきたので寮でおすそ分け。

「どれもすごく美味しい!」

「見た目も素敵よね!」

「あ、遅ればせながら誕生日おめでとう!」

 ともかく、みんなにとても喜ばれた。


 そして夜。

 寝る前に暗い部屋の中で、枕元の明かりに殿下からいただいたペンの軸をかざしてみる。

 箱の中に説明書もあったので、その通りにしてみたのだ。

「…あ、見えた」

 どうやら角度も大事らしい。

 そして浮かび上がった文字を読み、ボッと顔が熱くなった。



◇◆◇◆◇



 それからは口説くと宣言していた殿下の猛攻が始まり、結局押しに負けた私は殿下の求婚を受け入れた。

「本当に嫌ならば拒否してもらってかまわないからね」

 とは言われていたけれど、拒む理由もなかったから…ということにしておこう。


 気がつけば外堀もしっかり埋められていて、私は辺境伯家の養女として嫁ぐことまで決まっていた。

「入学前は『娘を殿下に近づけるな』と言ったけど、まさか君の方が捕まってしまうとはねぇ」

 辺境伯様…じゃなくてお義父様、捕まるって表現はどうかと思いますけど。



「養女の話はもともとあったんだよ」

 今後について相談した時、祖父がそんなことを言い出した。

 私の両親が亡くなった際に辺境伯家で引き取る話はあったけど、祖父が止めていたんだとか。

「貴族という身分は必ずしもよいことばかりとは限らない。人生に大きく関わることだから自分で選んで欲しいと思ってな」

 だから教育だけはお嬢様と一緒に受けさせたらしい。


 事前にすっかり根回しも済んでいたようで養子縁組の手続きはあっという間に完了し、お嬢様は私という妹が出来たことに大喜びしていた。

「ふふふ、これで私が末っ子ではなくなるわね」

 ほんの半年違いなんだけど、お嬢様が喜んでくれているならそれでいいかな。



 にぎやかで楽しかった学生生活もやがて終わりを迎える。

 卒業時の成績は残念ながら僅差で殿下に敗れてしまい、次席での卒業となった。

「最後くらい殿下に譲ってさしあげますよ」

「その心遣いに感謝申し上げる」

 成績発表の場でそんな会話をして、お互いに顔を見合わせて笑った。



 側近さんとお嬢様は卒業してすぐに結婚した。

 在学中からずっと準備を進めてたしね。

「向こうでしっかり地盤を固めておくためにも先に行くわね」

 そして殿下が賜る予定の直轄領へ一足先に向かい、新生活と仕事を始めた。


 そんな新婚夫婦が向かった直轄領、すなわち1年後に公爵となる第三王子殿下の領地は、なんと辺境伯領のお隣。

 騎乗ならなんとか辺境伯家まで日帰りできる距離。

 古くから辺境伯領とも交流がある。

 治安面では辺境伯家の私兵隊の一部が派遣されており、私も臨時の交代要員としてしばらく滞在したこともあった。

 だから新天地に不安はない。


 領地の候補はいくつかあったそうだが、王都から一番遠くて産業面でもこれといった強みがあるわけでもない地を選んだ殿下。

「いいんだよ、君の故郷に近い方がよいと思ったからね」

 私の指摘に殿下は笑顔でそう答え、

「それに目立った産業がないのなら、かえって新たに興しやすいだろう?」

 と、殿下の頭の中にある構想の一端を話してくださった。




 そして側近さんとお嬢様から遅れること1年。

 殿下のご家族、つまり王家の皆様ともすっかり打ち解けた。

 なんというか、思っていた以上に庶民的な感じのご一家だったんだよねぇ。


 第三王子殿下が王家から離れて公爵位を賜ると同時に結婚式を挙げた。

 ただ、王都でパレードまでするとは思わなかった。

「慶事は国を挙げて祝うべきだわ。それによって経済だってまわるものよ。そしてこの子の王族としての最後の勤めだと思って、ねっ?」

 殿下のお母様でもある王妃様にそう言われれば拒めるわけもなく。


 おめかしした白馬達が牽くオレンジ色の花で彩られた屋根のない馬車に乗せられ、笑顔で沿道に集まった人たちに手を振る。

「おめでとう!」

「お幸せに!」

 沿道には見知った顔もたくさん。

 クラスメートや後輩達、講師の方々、側近さんのおうちである侯爵家の皆さんも笑顔で手を振ってくれていた。


「素敵ねぇ!」

「お嫁さん、かわいいね~!」

 見知らぬ女性や小さな女の子からの声も聞こえる。

 まさか私が素敵とかかわいいとか言われる日が来るとは思わなかった。

 間違いなく私という素材ではなくて王室の衣装やお化粧のおかげなんだろうけど。


 だけどこのパレード以降、平民の女性に短い髪が大流行したり、私が身に着けていたのと同じ淡いオレンジ色の真珠が飛ぶように売れたとか。

 王妃様のおっしゃるとおり、この国の経済にささやかながら影響はあったのかもしれない。



◇◆◇◆◇



「あ、お嬢様!この書類の計算方法で確認したいことが」

「ちょっと待って。私のことは『お姉様』と呼ぶ約束でしょう?」

 仕事の話の前にまず怒られた。


 王都で婚姻後、辺境伯領と公爵領でもお披露目のパーティを開いた後、私と殿下…じゃなくて公爵となった旦那様は領地運営の仕事に取り掛かっている。

 もちろん側近さんとお…お姉様も一緒だ。

「次に私のことを『お嬢様』って呼んだら、貴女のことは『公爵夫人』と呼んで敬語で話すわよ?」

「それは勘弁してくださいっ!」

 直轄領時代から働いてくれている文官さん達とともに日々奮闘し、充実した日々を送っている。

 たまに私兵隊の駐屯地で発散もしてるしね。




 コンコンコンコン


 そろそろ日が傾きかけてきた頃、執務部屋の扉がノックされる。

 公爵邸の一角にある大部屋。

 公爵専用の立派な執務室は別にあるけれど、この執務部屋にも公爵の席があって、基本的にここでみんな仕事をしている。

 でも今は私以外誰もいない。


「ここにいたのか。今日は休息日のはずだが?」

 扉が開いて顔を出した殿下…じゃなくて公爵である旦那様がにらんでいる。

 公爵領に関する業務には休息日が設定されている。

 つまり仕事をしてはいけない日だ。


「す、すみません、これだけはどうしても片付けておきたかったので」

 たぶん今後時間が取れなくなることが予想されるから。

 でも約束を破ったのは確かだから平謝りするしかない。


「…それよりも今日は遅くなると聞いていましたけど?」

 1週間かけて他の領へ果物の加工施設などの視察に行き、戻りは今夜の遅くと言っていたはずなのに。

「予定よりも早く片付いたのでね」


 旦那様は背後に隠していた小さなブーケをすっと差し出した。

「それに今日は結婚記念日だろう?だから急いで帰って来た」

 オレンジ色の花がメインのかわいらしいブーケ。


「こちらに来て3年か。なんだかあっという間だったな」

「ふふふ、本当にそうですね」

 ブーケとキスを受け取った。


「仕事は一区切りついたんだろう?そろそろ帰ろうか。今日の晩餐は特別仕様だと聞いているよ」

「あ、はい」

 書類を閉じて立ち上がった。


 結婚記念日はプレゼント交換がお約束になっているけれど、今年はまだ目に見えるものじゃないのが私からの贈り物。

 さて、いつ打ち明けようか?

 来年には家族が増えますよって。

 誰もいなくなる執務部屋の鍵を閉め、腕を組んで2人で廊下を歩き出した。




 カーテンの隙間からこぼれる夕陽が机の上に置かれたオレンジ色のペンを照らす。

 誰もいない執務部屋で、ペンの軸には文字が浮かび上がっていた。


 『私を照らす太陽へ 愛をこめて』



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お嬢様のおまけです 中田カナ @camo36152

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ