第6話 サプライズされました


「私が君に用意したのは公爵夫人の座だ」


「…へっ?」

 理解が追いつかなくて気の抜けた声を出してしまった私に殿下が真剣なまなざしを向けてくる。


「実は君のことは出会う前から気になっていたんだ。狙っていた首席入学の座を奪ったのは、はたしてどんな人物なのだろうか?とね」

 あ、やっぱり狙ってたんだ。


「入学式の挨拶で壇上に立ったのは、まるで少年のような短い髪の小柄な女の子だった。王族が参列する式典でも物怖じすることなく、よく通る声で堂々と挨拶をこなしていて感心したよ」

 図太いのがとりえだからね。


「入学して交流も兼ねてクラスメート全員と話すことにしたのだが、初めて話した時の貴女は王族と直接話してもいたって平静で、媚びたりへりくだったりすることもなく好感が持てた」

 学院は身分関係なく平等という建前だったから、まぁいいかなと。

 それに殿下をお嬢様に近付けないようにするにはどうすべきか、そっちに気を取られてたしね。


「話してみたら決して平穏な生い立ちというわけではなかったのに、いつでも明るく元気でかげりを感じさせないのは本当に感心した」

 よく言われるけど、いたって普通だと思うんだけどな。

 両親のことは記憶のかけらもないから、気にしても仕方がないと思ってる。


「初めての武術の授業での手合わせの時、思いきりくらった蹴りは私の中で凝り固まっていたものをこなごなに打ち壊してくれた。あの衝撃は今でも忘れられないよ。でも、あの蹴りはもう2度とくらいたくはないけどね」

 うっ、その節は大変申し訳ございませんでした!


「試験前の勉強会も君の提案だったね。きっかけは病気で休んでいた学生のためだったけど、すっかり定例となってクラスの親睦も深まっていった。君は知らないかもしれないが、あれをきっかけに交際を始めた人達もいるんだよ」

 えっ、そうなんだ。誰だろ?

 

「侯爵家の菓子専用厨房でのチェスも楽しかった。対戦ももちろんだが、君は話し上手で幅広い知識も持っていたから感心させられることも多かったよ」

 そうかな?そんなたいそうなことは話してないと思うけど。


 第三王子殿下が一呼吸おいてから今まで以上に真剣なまなざしをこちらに向けてくる。

「初めて話した時から君は他の誰よりも輝いて見えた。

 君とともに過ごす時間は心地よく、私にとってかけがえのないものとなっていた。

 君といると気負うことなくありのままの私自身でいられる。

 君とならこれからの人生はきっと明るく楽しいものになるだろう。

 そして君のことを必ず幸せにすると誓おう。

 だからどうか私と結婚してもらえないか?」


 交際とか婚約とかすっとばして、いきなり求婚ですか?!

 あ、ちょっと待って。

「で、でも殿下は王族で私は平民なわけで、確か結婚とかって無理なんじゃなかったでしたっけ…?」

 我が国の王族の婚姻は貴族のみという法令は授業で習っている。


 私の言葉に殿下が首を横に振る。

「そのあたりは今は気にしなくていい。今は単純に君が私という人物をどう思っているか、それを教えてくれないかな?」


 クラス行事などで表に出ることはほとんどなかったけれど、陰でいろいろと動いてくれていたことは知っている。

 お嬢様達の件もあって一緒にいる時間が多く、話していてとても楽しかった。

 考え方もしっかりしているし、私とは違った視点からの意見も大変興味深かった。

 

 それに側近さんから聞いているのだ。

「殿下は我が家に来るための時間を確保するため、王宮では必死で公務をこなされているのですよ。来訪が出来たてのお菓子が目的ではないことは貴女もすでにご存知でしょう?」

 そう、殿下はお嬢様達が作ったお菓子を半分以上私に分けてくれるのだ。


 そしてお嬢様からも言われていた。

「聡い貴女のことだから、とっくに殿下の気持ちに気付いているのでしょう?」

 うん、気付いてたけど気付かないふりをしてた。

「難しく考えず、自分の気持ちに素直になればいいのよ。私のようにね」

 そう言ってウィンクしたお嬢様の言葉が私の背中をそっと押してくれた。



「あの、結婚がどうこうなんて意識したこともなかったので、すぐには考えらえられないです」

 そう言ってから殿下の目を真っ直ぐ見つめる。

「でも、殿下は裏表もなくて気遣いも出来る方ですし、一緒にいるととても楽しいと思っています。今はそれじゃダメですか…?」

 おずおずと答える私に殿下はニッコリと笑った。

「うん、今はそれでかまわないよ。これから本気で口説くから」

 え、何それ?



「さてと、そろそろ彼らの作業も終わる頃だろうから戻ろうか」

 ピカピカの懐中時計を確認した殿下が立ち上がる。

「さ、お手をどうぞ」

「あ、あの、ありがとうございます?」

 差し出された手に私の手を添えてゆっくりと立ち上がった。


「戻るまで手を繋いでもいいかな?」

 庭の奥にあるあずまやを出てすぐに殿下に尋ねられる。

「えっと、別にかまいませんけど」


 断るのもなんなので了承したら、指をからめるような繋ぎ方をされて驚く。

「あ、あの、これは…?」

「これか?世間では『恋人繋ぎ』とかいうらしい。いつか君とやってみたいと思っていたんだ」

 殿下の手は王族でありながらも剣を握る人の手で、少し硬くて大きい。

 しっかり男の人の手なんだな、と思った。


 色とりどりの花が咲き誇る庭を2人で進んでいく。

「あれ、離れの厨房へ戻るんじゃないんですか?」

 来た時とは別の小道へと向かおうとしていることに気付く。


「ああ。彼らに今日の試食は本宅の一室でと言われているんだ」

「そうなんですか」

 今日はいつもと違うことが多すぎる気がする。

 だけど先ほどの殿下の告白が頭の大半を占めていて、他のことはあまり深く考えていなかった。


 本宅に入ると侯爵家の使用人さんが案内してくれる。

 殿下はまだ繋いだ手を離してくれないのでちょっと恥ずかしい。

「こちらでございます」

 少し薄暗い廊下の突き当たりにある重厚そうな両開きの扉の前で止まる。


 案内してくれた使用人さんと扉の前で控えていた使用人さんが扉を開ける。

 部屋の中は廊下と違ってかなり明るいらしく、まだ目が慣れないうちに声がした。


「「 お誕生日おめでとう!! 」」


 エプロン姿のお嬢様と側近さんの声の後で拍手が聞こえてきた。

 目が慣れてきてようやく部屋の様子が見えてきた。

 拍手していたのはいつもお菓子作りの厨房を手伝ってくださっている顔なじみの使用人さん達。


 ようやく状況を理解できてきた。

「あ、もしかして私の…?」

「決まっているでしょう。他に誰がいるの?」

 ようやく状況を理解出来てきた私のつぶやきにお嬢様が笑って応える。


「さぁ、主役はこちらへどうぞ」

 笑顔の殿下が手を繋いだまま私を席に案内してくれた。

 そうか、みんな私に内緒で計画してくれていたのか。


「うわぁ!何これ?!」

 運ばれてきたのは小ぶりなシューがたくさん積み重なって出来た大きなケーキ。

 その山の周囲には細い糸のような飴細工がキラキラしている。

 シューの山のふもとには色とりどりのマカロン。

 他にも私が好きなお菓子がたくさん。

 さらにテーブルの上には飴細工の花が咲き乱れている。


「実は何日も前から準備していたのよ。飴細工の花はさすがに難しくて本職の方にお願いしたんだけど」

 小さく舌を出して笑うお嬢様。

「今日のために殿下も協力してくださったのですよ」

 側近さんの言葉に思わず殿下の方を向く。


「えっ、そうなんですか?」

 照れ隠しにぽりぽりを頭をかく殿下。

「ああ、菓子作りで役に立たないのはわかっていたから、主に部屋の飾り付けの方をね」

 部屋の中を見回せばたくさんのリボンや花がセンスよく飾られている。

 そしてふと気付く。


「あの、もしかしてオレンジ色が多いのって…?」

「だって君が好きな色だろう?」

 オレンジ色が好きなことは直接言ったことなんてないはずなのに。

「…ありがとうございます」



「「「「 乾杯!! 」」」」


 4人の中で誕生日が一番遅い私が本日成人を迎えたけれど、今日は果実水で乾杯。


 側近さんからの誕生日プレゼントということで、侯爵家が招いた手品師が目の前でカードやコインを使って技を見せてくれる。

「え、なんで?!」

 コインが消えたり全然違うところから出てきたり、すぐ近くで見ているのに仕掛けがまったくわからない。


「ふふふ、懐かしいわ。子供の頃に貴女と手品を観に行ったこと、覚えているかしら?」

 こそっとお嬢様がささやく。

「もちろんです!」


 辺境伯領の豊穣祭で王都で人気だという手品師がやってきた時、初めて2人きりでお出かけしたのだ。

 もちろん見えないところでしっかり見守られていたんだろうけど。

 あの頃からお嬢様はかわいらしかったけど、今はとても綺麗になった。

 やはり素敵な恋をしているからなのかな?


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