第5話 提案されました
側近さんは観戦用に用意されていた屋外用の椅子に座っていたお嬢様の前でひざまずく。
「製菓の選択授業で同じ班になり、誰にでも優しく、困った人にはさりげなく手を差し伸べる、そんな貴女の人柄に惹かれました」
そう言って右手を差し出す側近さん。
「私は侯爵家を継ぐ立場にはありませんが、貴女に決して苦労はさせません。どうか私に貴女を幸せにする権利をいただけませんか?」
すっと立ち上がるお嬢様。
「幸せは1人の努力で築くものではないと思いますの。私にも貴方を幸せにする権利をいただけるかしら?」
「もちろんです!」
お嬢様はご自身の手を側近さんに差し出す。
側近さんがその手の甲に口付けを落とすと拍手と歓声が沸きあがった。
「「 坊ちゃま、おめでとうございます~!! 」」
侯爵家の使用人さん達も手合わせを見に来ていたらしく、いつのまにか観客が増えていたようだ。
「でかしたわ、弟よ!堅物な貴方じゃずっと女性に縁がないかもしれないと心配していたのよ」
お姉様も大喜びしている。
さてと、私からも報告はするけど、お嬢様からちゃんと辺境伯家の方々に手紙を書くように伝えなくっちゃね。
その後、家同士の話し合いも滞りなく進み、お嬢様と側近さんの婚約は無事に成立した。
辺境伯家から出された条件は2つ。
学院卒業までは清い交際であること。
長期の休みには辺境伯家が有する私兵隊の訓練に側近さんが参加すること。
そして実際に初めて辺境伯領での訓練に参加した側近さんはお嬢様にコテンパンにやられていた。
側近さんが女性相手だからと手加減したわけではない。
単純にお嬢様の実力だ。
これを機に側近さんがお嬢様のことを嫌いになるのではないかと周囲は心配していたが、
「いや、むしろ惚れ直した」
と彼にしては緩んだ表情でつぶやいていた。
ま、本人がよければそれでいいけどね。
そんなわけで卒業までは清い交際が絶対条件なので、辺境伯家の指示でお嬢様には常に私がついている。
まぁ、デートといっても基本的に侯爵家でのお菓子作りなんだけどね。
「殿下、今日もいらっしゃったんですか」
「今日は新作に挑戦と聞いているからね」
侯爵家のお菓子専用の厨房にはなぜか第三王子殿下も現れる。
ちなみに殿下の公務の時には側近さんも同行するのでお菓子作りデートはお休み。
殿下はほぼ私と同じ頻度でここにいる。
作るよりも食べる方が好きな殿下と私はお菓子作りから早々に離脱した。
「…なんてことがあったんですよ。はい、殿下の番」
「おっと、そうきたか」
お菓子の完成を待っている間、私と殿下は厨房の片隅にあるテーブルで雑談しながらチェスに興じる。
これまでの戦績はほぼ互角。
「それにしても、彼に先を越されるとは思わなかったな」
楽しそうに生地を捏ねているお嬢様と側近さんを見ながら殿下がつぶやく。
「そういえば殿下はまだ婚約者っていらっしゃらないですよね?」
駒を動かしながら素朴な疑問をぶつけてみる。
「ああ、自分で見つけろと言われている。それに王家で政略結婚があったのはもう100年以上前のことだ」
我が国だけでなく近隣諸国も政情が安定しているこの時代、政略結婚という仕組みは現状にそぐわないのだろう。
ちなみに殿下のお兄様達はそれぞれ学院で出会った女性と一緒になったとか。
「それに私はいわば控えの控えだから、別に無理する必要はないからね」
どうやら今どきの王族は堅苦しいものではないらしい。
◇◆◇◆◇
月日は流れて最終学年になった。
側近さんは長期の休みのたびに訓練に参加することで辺境伯家や私兵隊の信頼を勝ち取っている。
訓練時の立ち合いではあいかわらず負けが先行しているけれど、それでもくじけずに向かってくるところが高評価なんだとか。
「今日はチェスではなく庭を散策しないか?」
あいかわらずお嬢様と側近さんのお菓子作りデートのお邪魔虫をしている私と殿下。
だけど今日は殿下に庭へ誘われた。
お嬢様達には手伝いも兼ねて侯爵家の使用人達がついているので、2人きりになることはない。
たとえ2人きりになっても側近さんは真面目だから清い交際という約束を破ることはないだろうけど。
「わかりました」
侯爵家の庭はいつでも色とりどりの花が咲き誇っている。
庭の奥にあるあずまやまで来ると、侯爵家の使用人が手際よくお茶の用意をして去っていく。
「すまないな。実は今日は凝ったものに挑戦するとかで、気が散らないように我々に席をはずして欲しいと頼まれていたんだ」
「なんだ、そうだったんですか」
それならそうと言ってくれればよかったのに。
「それに私からも君に話したいことがあったのでね」
「私に、ですか?」
「ああ。正式な発表はこれからだが、私は学院卒業後は国の直轄領の1つを領地として公爵位を賜ることになった」
「えっと、おめでとうございます?」
王家を離れることがいいことなのか判断がつかなくて疑問形になってしまった。
「ありがとう。予定していたことがようやく本決まりになった感じだな」
このまま王室に留まって王族として公務を行うという選択肢もあったらしいが、ご自身で決めたとのこと。
殿下はお茶を一口飲んで話を続ける。
「直轄領を管理してくれている文官達から教わりながら職務を引き継ぐ予定だ。私の側近である侯爵令息も領地へ移ることになる」
殿下の話では側近さんは卒業と同時に侯爵家が持つ男爵位を譲り受けるのだとか。
ああ、そうか。
殿下が私にこの話をする理由に気がついた。
「ということは、お嬢様も殿下の新たな領地へ向かわれるのですね?」
「そのとおり」
側近さんとお嬢様の婚姻は卒業後すぐの予定で、準備は順調に進んでいると聞いている。
私は関わっていないから知らないけれど。
「そこで君に尋ねたいのだが、卒業後の進路はどう考えている?」
とりあえず新婚家庭のお邪魔になりたくはないかなぁ。
今は辺境伯家のお世話になっているけれど、辺境伯家からも祖父からも進路は自分で選んでいいとは言われている。
「いくつかお誘いはいただいています。ですが、私は王都よりも生まれ育った故郷のような自然豊かな地で暮らしたいと考えています」
王立騎士団からは即戦力として。
王宮の人事担当からは上級職として。
学院からは講師として。
それぞれ熱心な誘いは今も続いている。
「…そうか、ならばまだ希望はあるな」
「ん?何かおっしゃいましたか?」
殿下のつぶやきは上手く聞き取れなかった。
「いや、なんでもない」
そう言って軽く咳払いしてから殿下が再び話し始める。
「まだ進路を決めたわけではないのなら、君も私の領地に来ないか?」
「えっ?」
思いがけないお誘いに声が出てしまった。
「新たな領地は自然豊かな所だ。私の側近である侯爵令息、その伴侶となる予定の優秀な辺境伯令嬢、そこに君が加われば私としても大変心強いのだが」
引き続きお嬢様の近くで働けるというのは魅力的ではあるけれど。
「…あの、本当に私などでよろしいのでしょうか?」
私の言葉に笑顔で首を横に振る殿下。
「心配は無用だ。君は学院で誰よりも腕が立つし頭も切れる。それに私は普段の君を知っている。困っている人に迷わず手を差し伸べたりするのは、なかなか出来そうで出来ないことだと私は思う」
殿下は試験前に勉強会を開催したり各種行事で率先して動く私を見ていたらしい。
他のお誘いは成績や武力を買ってくれていたけれど、ありのままの私を殿下が認めてくださっているのは嬉しく思う。
「えっと、それって殿下が公爵様となったら私を雇ってくださる、ということですよね?雇用条件とかはお決まりでしょうか?」
私自身は乗り気なんだけど、唯一の身内である祖父や学院生活を支援してくださった辺境伯家にちゃんと話を通す必要があるだろう。
「あ~、雇用というのとはちょっと違うかな」
ちょっと気まずそうな表情の殿下。
「ん?」
あれ、雇用じゃないの?
思わず首をかしげる。
「私が君に用意したのは公爵夫人の座だ」
「…へっ?」
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