第4話 背中を押しました


「すまない、侯爵家のお菓子がどうにも気になって、私もお邪魔させていただくことにしたんだ」


 なんと第三王子殿下のご登場である。

 そういえば殿下は側近さんの作るお菓子が好きだって言ってたっけ。


 案内されてお菓子作り専用の厨房となってる離れに入る。

「辺境伯令嬢は学院でお菓子作りを習っておられるから心配ないでしょうけど、他のお2人は?」

 お姉様に問われて揃って首を横に振る私と殿下。

「すまないが食べる専門で作ったことは1度もない」

「あ、私もです」

 小さく手を挙げる。


「お2人への指導は私が受け持ちましょう。うちの弟は辺境伯令嬢に教えてあげてね」

 側近さんとお嬢様は3種類のクッキーを作るそうで、さっそく支度に取り掛かる。

「さて、初心者のお2人には簡単なものを作っていただきますけれど、まずはその前に説明させてもらいますわね」


 侯爵家のお菓子作り専用の厨房が出来たのは、側近さんのお祖母様がきっかけで出来たものらしい。

「支援している教会や孤児院のバザーのために作っていた焼き菓子がとても評判がよかったの」

 やがて開催頻度の低いバザーだけでなく日々の収入につなげられるようにさまざまな変更を行った。


「まずはこれを食べてみて」

 皿に乗ったクッキーを差し出される。

「あ、美味しい」

 私は素直に感想をこぼしたけれど、殿下は首をひねっている。

「確かに美味しいが、いつもと味が違うような…?」


「平日は孤児院や福祉施設にここを貸し出していて、これは彼らの作ったものなの。誰でも手軽に買えるように材料を安価なものに変えているのよ」

 お嬢様と側近さんが今作っているのは本来の侯爵家のレシピによるもので、材料も侯爵家の領地から取り寄せているんだとか。

 味の違いは材料の違いであるらしい。

 側近さんのお姉様は侯爵家の特産物についてもあれこれと説明してくれた。


「わかりやすい説明に感謝する。さすがは次期侯爵だな」

 お姉様の説明に感心している第三王子殿下。

「え?侯爵家を継がれるのですか?」

 疑問に思って尋ねてみると、お姉様は笑顔で答えてくれた。


「そうよ、我が家は性別に関係なく第一子が継ぐことになっているの」

 他国では違うらしいけど、この国では女性も爵位を持つことが認められている。

 側近さんはご長男と聞いていたが、跡継ぎではなかったのか。

 ちょっとびっくり。


 次に側近さんのお姉様は製菓の機器や道具などを説明してくれた。

「さて、今日は卵白を使った簡単なクッキーを作っていただきます」

 指示に従いながらも素人2人はドタバタしまくる。


「あ、ちょっと待ってくれ。もう少し量を減らすから」

 殿下は几帳面な方のようで、材料の計量でもわずかな誤差も気になるらしく、何度も微調整していた。

 私なら適当にしちゃうんだけど、こういうところで性格が出るんだなぁ。



「菓子作りとはずいぶんと大変なものなのだな」

「ホント、そうですねぇ」

 オーブンの中を眺めながらしみじみつぶやく私と殿下。


「だが、とても楽しかった。人と一緒に作業するというのもまたよいものだな。彼らがハマるのもわかる気がするよ」

 殿下は楽しそうに後片付けをしている側近さんとお嬢様に目を向ける。

「ふふふ、あの2人はどこにいても何をしても楽しいでしょうけどね」

 笑いながら口を挟む側近さんのお姉様。

 私達のような素人2人を引き受けてくれたのも、きっといろいろと察してのことなのだろう。



「さぁ、いただきましょうか」

 厨房からお屋敷の方へ移動し、テラス席に側近さんのお姉様のよく通る声が響く。

 出来上がった焼き菓子がテーブルに並び、香りのよいお茶が出される。

 私と殿下の不恰好なクッキーとお嬢様と側近さんのきれいなクッキー、できることなら並べないで欲しかったけどね。


「えっ、クッキーなのに甘くない?」

 お嬢様と側近さんが作ったチーズ味のクッキーを食べてびっくりする。

「侯爵家に古くから伝わるレシピなんだけど、お酒にも合うということで大人の男性に人気なのよ」

 側近さんのお姉様が説明してくれる。

 塩気と何かわからないけど香辛料が舌を軽く刺激する感じ。

 こんなお菓子もあるのか。


「侯爵領で作られるチーズでないとこの味にはならないんだ」

 側近さんも補足説明してくれる。

 このクッキーに使われているチーズは生産量が少なく、ほとんどが領内で消費される。

 侯爵領の外に出すのは親族に送るか王家に献上する時くらいなんだとか。


「それではいくらレシピがわかっても簡単には同じものは作れないのですね」

 クッキーを手にしたお嬢様がつぶやく。

「でも、いつか入手できるようになるかもしれないわねぇ」

 お嬢様はきょとんとしているけれど、お姉様ってば意味深な発言だなぁ。

 それって親族になればって話だよね?


 私と殿下の作ったクッキーも味は褒めてもらえた。

 味だけは。

 見た目はもうしかたないんだけど。

 お茶とお菓子で話も弾み、楽しい時間を過ごすことができた。


 そしてそろそろ帰り支度を、という話になった頃。

「あの、突然で申し訳ないのですが、1つよろしいでしょうか?」

 私から話を切り出す。


「あら、何かしら?」

 側近さんのお姉様が小首をかしげる。

「近いうちにそちらの侯爵令息様とお手合わせをお願いしたいのです」

 ズバリ側近さんへの挑戦状だ。


「なぜ、と聞いてもよいだろうか?」

 困惑している様子の側近さん。

「私は辺境伯家の方々からお嬢様に関する近況報告を頼まれております。こちらの侯爵家の皆様との交流や貴方のことを報告するにあたって、手合わせしておいた方がいいかな?と思ったのですが」

 真っ直ぐに側近さんを見つめて話す。


「…わかった。次の休みにここでどうだろうか?」

 こちらの意図を察してくれたらしい。

「かしこまりました、よろしくお願いいたします」

 深々と頭を下げる。

 側近さんのお姉様はこのやりとりにニコニコしているけれど、殿下とお嬢様は不思議そうな顔をしていた。



◇◆◇◆◇



 そしてちょうど1週間後。

 侯爵家にはお菓子作りの時とまったく同じ顔ぶれが揃っていた。


「あの、なぜ殿下までおられるのですか?」

 今日はお菓子は作らないよね。

「同世代でかなり強い2人が手合わせするならば、見てみたいと思うのは当然だろう?」

 殿下の側近さんなわけだし、まぁいいか。


 学院ほどの広さはないけれど、侯爵家にも修練に使える場所がちゃんとあった。

 側近さんのお姉様が審判役を買って出てくれた。

「今日はお互いの技量を見るということでよいのよね。何か事前に言っておきたいことはあるかしら?」

 お姉様の言葉を聞いて挙手する。


「あ、今日は剣術のみでの手合わせでいこうと思いますが、よろしいですか?」

 側近さんは少し驚いた表情をしている。

 私が体術を得意とすることは知っているだろう。

 だけど今日は側近さんの得意分野を見せてもらわないとね。

「…了承した」

 勝負は3分間、どちらかが降参するか剣を手放した時点で終了と決まった。


「それでは、始めっ!」

 側近さんのお姉様が掲げていたハンカチを振り下ろす。


 しょっぱなから激しい打ち合い。

「やるな」

「そちらこそ」

 予想はしていたけれど、側近さんはなかなかの実力者だ。

 体格差があるので力だけなら側近さんが上だろうけど、こちらは小柄で身軽なので速さがある。


「2人ともがんばって~!」

 剣がぶつかる音以外は何もなかった空間にお嬢様の声援が響く。

 それを合図にますます激しさが増していく。


「時間切れにつき、そこまで!」

 側近さんのお姉様の声が飛ぶ。


「「 ありがとうございました 」」

 開始時の位置に戻って礼をして握手を交わす。

「この勝負、私の負けだな。君は本気を出していなかっただろう?」

「そうでもないですよ」

 勝ちにいかなかったのは事実だけど。


 握手の手が離れる。

「辺境伯家の方々には殿下の側近でもある侯爵令息は剣の実力もある優秀な方だと報告いたしますが、それだけでよろしいのですか?」

 側近さんに小声で尋ねる。


「こういうことは先手必勝だと思いますけど?」

 ニヤッと笑って言うと側近さんは決意を固めたようだった。

「…わかった、お心遣いに感謝する」


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