第3話 お願いされました


「開始前のルール説明では『剣術のみ』というお話はありませんでした。そうですよね?先生」


 立ち上がりながら審判役の小柄な講師に問いかける。

「その通りだ、彼女が正しい。そして『得意なものを見せろ』とも言った。だから彼女は体術を使った。どこに問題がある?」

 ざわついていた学生達が静まり返る。


「長剣に固執している者が多いようだが、屋内など狭い場所での戦闘はどうする?」

「情報を得るために生かしたまま捕縛せねばならないことも多々ある。先ほどの彼女の技は捕縛術の1つだな」

「それもかなり手慣れていた。実戦経験もあるんだろう?」

 講師達の説明の後でこの場の視線が一斉にこちらを向く。


「えっと、まぁそれなりに?」

 私は基本的にお嬢様の護衛だが、年に何度か辺境伯家が運営する商会の商隊護衛にも参加していた。

 緊急時には召集対象にもなっていて実戦経験もそこそこ積んでいる。


「あ、殿下。大丈夫ですか?」

 まだ地面に伏せたままだった殿下に気付いて手を差し伸べる。

「授業の模擬戦で、だいぶ手加減したとはいえ殿下に蹴りをくらわせたのですから、もしかして不敬罪とかになりますかね…?」

 今になって気がついてしまったのだ。

 王族だったよ、この人は。


「…あれで手加減していたのか?」

 少なくとも痕が残るようにはしていないつもりなんだけど。

「ありがとう」

 そう言われたけれど、つかまれた私の手にはほとんど力はかからず、自力で立ち上がる殿下。

「不敬罪など問わない。むしろあの蹴りは私の固定観念を打ち砕いてくれた。感謝するよ」

 殿下はそう言ってニッコリ笑った。


 全員が整列して講師の話を聞く。

「この授業では長剣以外にもさまざまなことを教えていく予定だ。使える技の引き出しは多い方に越したことはないからな」

「この方針が自分に合わないと思う者は1ヶ月以内なら選択授業の変更も可だ。希望があれば遠慮なく申し出るように」

「それでは本日の授業はこれにて終了とする。一同、礼!」



「君のおかげで戦うのは剣術だけではないことを身を以て知ることができたよ」

 着替えて教室へ戻る途中、殿下にそう言われた。

 状況に応じて技を使い分けたり組み合わせたりはごく普通のことだと思っていたが、どうやら王都では違ったらしい。

 そもそも実戦の機会があまりないのだろう。


 ちなみにお嬢様も子供の頃から一緒に修練してきたので、私と同じくらいにこなせる。

 ただし、お嬢様はご家族の意向で身を守ることに特化した指導を受けていた。

 だから躊躇することなく相手の急所を的確に狙う。

 正直なところ護衛なんていらないのでは?と思うけど、私はお嬢様に指名されているから今も護衛役だ。


 お嬢様が武術の授業を選択しなかった理由も、

「私、たぶん貴女のように上手く手加減できないと思うの。それでは皆様に迷惑をかけてしまうでしょう?」

 と、小首をちょこんとかしげてご本人が話していた。

 話の内容は物騒だけど、ちょっと困り顔も可憐なので問題なし。



 結局、武術のAクラスから科目変更する人はいなかった。

 そして私はなぜか教わる側ではなく講師の補助役を命じられた。

「幼い頃からあの辺境伯領の私兵隊にいて実戦も積んでいるのなら、今さら教わることもなかろう?」

「ましてや君はあの方の孫なのだから」

 講師2人が畳み掛けるように迫ってくる。


 全然知らなかったけど、私の祖父は武術の世界ではかなりの有名人なんだとか。

 そして祖父は賞賛されたりすることが非常に苦手で、そういう場から逃げ出すことも多々あったらしい。

 照れ屋なのかな?


「でも、せっかく暴れ…身体を動かす機会なのに。それにタダ働きはちょっと…」

 思わず本音が飛び出してしまった。

「規約で学生に金銭というわけにはいかないが、何か望むものがあれば検討しよう」

 その言葉にピンと思いつく。


「あ!じゃあ講師の方々との手合わせをお願いしたいです!」

 思い切り身体を動かしたいのでそう言ったら、講師2人は顔を見合わせてから笑い出した。

「ははは!よし、契約成立だな。よろしく頼むぞ」

 そして授業が終わった後の講師との模擬戦はなぜか学院内で評判になり、他の学生達まで見物に来るほどの名物になってしまった。



◇◆◇◆◇



 多少の想定外はあったものの、学生生活はおおむね順風満帆だ。

 私とお嬢様、そして第三王子殿下も所属するSクラスは他のクラスに比べて人数が少ないせいか、わりとみんな仲がよい。

 試験が近くなると勉強会を開催したり、放課後に何人かで流行りのカフェに繰り出したりと青春を謳歌している。


 女子学生は自身が貴族の跡取りだったり上級文官志願だったりとみんな真剣に学んでいて、あからさまな殿下狙いは存在しない。

 おそらく学院側が最初から配慮しているんだろうけど。

 たまに別のクラスから突撃してくることもあるけれど、側近さんが見事に防いでいる。


 ちなみにお嬢様が生まれて間もない頃、辺境伯様は

「うちの娘は政略結婚の駒にはしない!」

 と国王陛下に宣言したそうである。

 陛下と辺境伯様は学院時代は同級生で、雑談時に「うちの息子はどうか?」と陛下に問われてのことだったらしいけど。

 辺境伯家のお嬢様への溺愛ぶりは王都でも知られているらしく、王族狙いはないと判断されたようだ。

 そして私は平民でお嬢様のおまけだから最初から無関係、と。




 そんな楽しくも穏やかな学院生活に思いがけない一石を投じてきたのはお嬢様だった。

「あのね、貴女にお願いがあるの」


 ある日、お嬢様の部屋に呼ばれた。

 お嬢様とは同じ寮で暮らしているけれど部屋は異なる。

 私は平民向けの2階で、全員個室だけど水まわりは共用、あくまで勉強と寝るためだけの狭い部屋。

 でも談話室はあるので時間があればみんなで楽しく話したりする。


 そしてお嬢様は最上階の3階で貴族向けのお部屋。

 部屋は広くて風呂・トイレに簡易キッチンまで備えられており、貴族階専用の管理人や使用人達が日々手入れしてくれているとのこと。

 そもそも王都にも家を構えている貴族は多いので、寮を使う貴族の学生はそう多くはないらしい。


「第三王子殿下の側近の方は貴女も知っているでしょう?今度のお休みの日、あの方のお家を訪問するのに付き合ってもらいたいの」

「へっ?」

 なんで側近さん?

 あ、ちなみに側近さんという呼び方は私の頭の中だけのこと。

 彼自身は侯爵令息なので、実際にはちゃんとそれに即した接し方をしている。


 お嬢様と側近さんは選択授業の製菓で同じ班だそうだが、側近さんの王都のお屋敷にはなんとお菓子作り専用の厨房があるとのこと。

 授業の合間の雑談時にお嬢様が

「まぁ、素敵ね!見てみたいわ」

 と言ったら

「ぜひどうぞ」

 という話になったらしい。

 側近さんのおうちに伝わる焼き菓子の作り方も教えてくださるのだとか。


「クラスメートとはいえ、私1人で男性のお家を訪問するわけにはいかないでしょう?だから貴女も一緒にと思ったのだけれど」

 小さく首をかしげるお嬢様。

 そういう話なら止めたり拒んだりする理由はない。

 あの側近さんの生真面目な日常を見ていれば心配はなさそうだ。

 それに日頃の側近さんとお嬢様の様子を見てれば、ね。

「わかりました、そういうことでしたら喜んでお供させていただきます」



 そして学院がお休みの日。

 迎えの馬車に乗って側近さんのお家というかお屋敷へ。

「うわぁ…」

「まぁ、うちよりも大きいわね」

 辺境伯家は国境に近い田舎なので土地はありあまっているけれど、郊外とはいえ王都でこの規模のお屋敷とは驚きだ。


「ようこそ!弟がお友達を招くのは初めてだからとても嬉しいわ」

 側近さんとともに出迎えてくれたのは長身で大人っぽい美人さんで、一番上のお姉様とのこと。


「弟よ、でかしたわ!こんな可愛らしい女の子を2人も我が家にお招きするなんて」

 そう言いながらバシバシと隣に立つ側近さんの背中を叩いている。

 なかなか愉快なお姉様であるらしい。

 ただ、お嬢様は間違いなく可愛らしいけれど、私は単なるおまけなんだけどね。


 やがて背中を叩くのをやめたお姉様の視線がこちらに向く。

「あのね、急遽決まったので連絡が間に合わなかったのだけれど、今日はもうお1人いらっしゃるの」

 お姉様の視線の先を追うと、そこには見知った人物が立っていた。


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