第2話 蹴りを入れました
「それ、美味しそうだね」
学院のカフェテリアで同じテーブルの第三王子殿下が私の前のプレートに視線を送る。
「えっと、こちらはお肉がメインのAセットになります。本日はハニーマスタードチキンですね」
私が選ぶのはいつでもお肉のセット。
肉の種類は問わない。何でも大好きだから。
「なるほど、それでは私もAセットにしてみようか」
若い給仕に殿下自ら注文するのだが、給仕のメモする手が緊張で震えているのがわかる。
それはそうだよねぇ。
「そういえば君は首席入学者として入学式で挨拶した人だよね?」
殿下の視線がこちらに飛んでくる。
「あ、はい」
本当はこんな風に絡まれたりするから目立ちたくなかったんだけどねぇ。
「実は学院長から聞いたのだが、君が首席でそちらの辺境伯令嬢が次席、私は3番目だったそうだよ」
「まぁ、それは知りませんでしたわ」
お嬢様が驚きの声を上げる。
「私も幼い頃から家庭教師をつけてもらって学んでいたが、辺境伯家の教育は大変素晴らしいようだね。どのようにして学んでいたのかな?」
「我が家も父が招いた家庭教師に教わっておりましたが、父や兄達も空き時間に勉強を見てくださいましたの。『楽しく学ぶ』という方針ときいておりますわ」
殿下の問いかけにお嬢様が答える。
辺境伯様達はいつもご褒美としてお菓子を用意していたんだよね。
ちゃっかり便乗して私もいただいていたんだけど。
「そちらの首席の彼女はどうだったのかな?」
視線をこちらに向ける殿下。
「辺境伯家のご好意で私もお嬢様とともに学ばせていただきました。あとは祖父がいろいろと教えてくれました」
勉強以外はほぼ祖父からの知識だ。
「彼女のおじいさまは私の祖父である先代辺境伯の右腕と呼ばれていて、大変優秀な方でしたのよ」
私の答えにお嬢様が補足する。
「確か先代の辺境伯は若かりし頃に国境紛争で武勲を挙げた方だったな。停戦後の交渉でも素晴らしい手腕を見せたと聞いている」
殿下がそんな昔のことまでご存知なことに少し驚く。
「彼女のおじいさまあってこその功績だったと祖父から聞いたことがございますわ」
「そうか、優秀な方なのだな。それで君のご両親は?」
再び殿下の視線がこちらを向く。
「父は私が生まれる前に亡くなりまして、母も私を産んで間もなく病でこの世を去りました」
だから私は両親の顔も知らない。
「…彼女のお父様が亡くなったのは、私の父をかばった負傷が原因でしたの」
お嬢様が補足する。
父は当代の辺境伯様の秘書的な立場だったそうだ。
次代の辺境伯領を背負って立つべく他領の視察へ行った帰りに賊に襲われたと聞いている。
少人数での身軽な旅で、数には勝てなかったらしい。
「…そうか、つらいことを聞いてしまってすまなかったな」
殿下が頭を下げる。
「気になさらないでください!そんな事情から私は辺境伯家のお屋敷で育ったので、とても恵まれていたのですから」
先代辺境伯の執務室には赤ん坊用のベッドが置かれていた…なんて笑い話をいまだによく聞かされたりする。
「彼女は私より半年ほど後に生まれたので、みんなお世話も慣れたものだったと聞いていますわ」
そんなわけで物心ついた頃からお嬢様とは一緒なのである。
「そうか、辺境伯家は多くの忠臣に恵まれ、そんな彼らともに歩んできたからこそ現在の繁栄につながっているのだろうな」
殿下の笑顔で話を和やかに締めることができた。
お嬢様よりも私に注意が向いたみたいだから、王族に目をつけられるなという辺境伯家からの任務は成功でいいよね?
◇◆◇◆◇
「おや、君もこの科目を選択したのか?」
授業も本格的に始まり、今日は選択授業の初日である。
屋外運動場で講師の到着を待っていると、隣にやってきた第三王子殿下に声をかけられた。
「あ、はい。別に男性のみとは書かれておりませんでしたので」
私が選んだのは武術のAクラス。
Aクラスはそれなりに習ったことがある人が対象で、Bクラスは未経験者向けだ。
お嬢様と違う科目を選択することは辺境伯家から許可を得ている。
武術のAクラスにいる女子学生は私1人だけ。
でも短い髪に周りのみんなと同じ服装なので、パッと見は小柄な少年にしか見えないだろう。
「だが、大丈夫なのか?」
「辺境伯家ではそれなりにやっていましたので大丈夫かと。それにたまには思い切り身体を動かさないとスッキリしないんですよね」
走り込みや鍛錬は日々欠かさず続けている。
だけど、たまには思い切り暴れたい!とも思うわけで。
殿下を見ていてふと気付く。
「あれ、側近の方はご一緒ではないのですか?」
あたりを見ても大柄な側近さんが見当たらない。
「ああ、彼は選択授業で製菓を選択したんだ」
「へっ?」
製菓ということはお嬢様と一緒か。
殿下の側近さんってがっちりマッチョ系だから、てっきりこっちだと思っていたのに。
「彼の家は姉2人に妹1人で、いろいろとやらされているうちにハマッたらしい」
お菓子作りは捏ねたり泡立てたりと案外体力が必要なことも多々あるんだとか。
そして側近さんが作るクッキーは殿下の大好物なんだそうである。
舌の肥えていそうな殿下のお気に入りということは、さぞかし美味しいに違いない。
ちょっと食べてみたいかも。
しばらくして2名の男性講師がやってきた。
「それではこれより武術の授業を始める。1年間よろしく頼む」
大柄な講師から授業の説明から始まる。
内容によっては外部から講師を招くこともあるんだとか。
準備体操をこなした後、講師の1人が防具を身に着けていく学生達に声をかける。
「さてと、みんな身体を動かしたくてうずうずしていることだろう。今日は各自の技量を見るため1対1の模擬戦を行う。名前を呼ばれたら前に出てくるように」
模擬戦のルールが説明される。
制限時間は3分間で、どちらかが降参したらそこで終了。
あくまで技量を見るためなので今日の勝敗は成績には考慮しない。
武器は用意されているものから自由に選んで使用する。
ここにあるのは練習用だから、すべての剣は木製なんだけどね。
できれば自分の得意なものを見せること。
急所狙いなど度を越した攻撃は即刻退場などなど。
やがて模擬戦が始まったのだが、全員が長剣を選択しているようだ。
長剣の剣術にはいくつか流派があるらしいのだが、私は祖父から教わっただけなので流派とかはない。
「さてと、まだやってないのは2人だけだな。前に出て来い」
最後まで残ったのは私と第三王子殿下。
殿下もやはり長剣だ。
「本当にそれで戦うのか?」
私が手にしたのは一般的な長剣よりもだいぶ短めの剣。
「はい、これくらいが一番使い慣れていますので」
まさかこの長さの剣があるとは思わなかったのでちょっと嬉しい。
「それでは始め!」
今までの模擬戦と同様に打ち合いから始まる。
殿下は私の剣が短めなので少しとまどっているようだが、いい動きをしている。
おそらく幼少期から優秀な教師をつけてもらっていたのだろう。
だけど、綺麗すぎるんだよね。
「?!」
わざとリズムを崩してやると案の定バランスを崩した。
その隙に片手に持った剣で殿下の長剣を受けたまま、低い姿勢からわき腹へと蹴り技を繰り出す。
すかさず背後にまわって殿下の腕を掴んで地面にねじ伏せると、殿下の剣がカランと手から離れていった。
「こ、降参だ」
絞り出すような殿下の声。
「勝負あり!」
殿下のつぶやきに反応して審判役の講師が手にする赤い旗が上がる。
私の勝利だ。
「足技なんて卑怯だぞ!」
「そうだそうだ!正々堂々と戦え!」
観戦していた学生達から非難轟々である。
うん、まぁ予想はしてたけどね。
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