お嬢様のおまけです
中田カナ
第1話 合格してしまいました
「おめでとう!君の合格通知も届いたよ」
雇い主である辺境伯様から笑顔で封書を手渡される。
王都の高等学院の紋章が入った封筒の中にはいくつかの書類が入っていた。
「しかも特待生に選ばれたそうで学費も免除だ。よかったな!」
これまた笑顔の辺境伯家のご長男様。
いやいや、待ってください。
ちっともよくないでしょう!
「ち、ちょっと待ってください!お嬢様の試験に同行するために受験しただけなんですから、当然辞退ですよね?」
どうせ入学することはないと思っていたから、ただの記念受験のつもりだった。
国境に近い地で暮らす平民が王都へ行く機会などまずない。
試験の後はお嬢様と一緒に王都見物までさせていただき、これは一生の思い出になるなぁ…なんて思ってたのに。
「君は首席での合格だ。辞退などせず入学すればよかろう」
笑顔で否定する辺境伯様。
首席?本当に?
そもそもお嬢様を溺愛する辺境伯様に命じられ、護衛とお世話を兼ねた受験だったのだ。
お嬢様が不在となった後の進路をそろそろ考えようと思っていたところだったのに。
「で、でも、学費が免除されても生活費までは出ませんよね?」
笑顔で首を横に振る辺境伯様。
「生活費くらいうちで負担するから何の心配もいらない。それに王都へ行くのなら給与も見直して今よりも増やそうと考えている。いわゆる転勤や出向のような扱いと思ってくれればいい」
生活費が出る上に給料が増えるですと?!
「あのね、貴女がもっと学べる環境をと思って私からお願いしたの。だって貴女の頭のよさはずっと一緒に学んできた私が一番よく知っているもの」
ここまで黙っていたお嬢様も参戦してくる。
祖父が辺境伯家のお屋敷に勤めていた関係でお嬢様の遊び相手として一緒に過ごし、家庭教師を呼んでの授業にも参加させていただいた。
「それにね、学院では主従ではなく親しいお友達として貴女と一緒に過ごしたいの。だめかしら?」
少し困り顔で小首をかしげるお嬢様。
ああ、だめだ。これは断れない。
辺境伯家の皆様がお嬢様を溺愛しているように、私だってお嬢様が大切だもの。
「わかりました。お嬢様がそうおっしゃってくださるのでしたら、お受けしたいと思います」
意を決してお嬢様をまっすぐ見て答えると抱きつかれた。
「きゃあ!嬉しいわ。これからもよろしくね!」
「さて、今後の話をしようか」
夜になって辺境伯様からの呼び出しで書斎へ向かうとご長男様も待っていた。
お嬢様はすでに自室に戻られている。
辺境伯夫人はお嬢様が物心つく前に病でこの世を去った。
夫人をたいそう愛しておられた辺境伯様は、後妻を娶ることもなく家族に愛情を注ぎまくっている。
たぶん貴族としてはめずらしい方なのかもしれない。
「君には引き続き娘の護衛と世話を頼みたい。ただし、学院は自主自立を重んじるので世話はほどほどにな」
辺境伯様もご長男様も学院の卒業生なので、そのあたりの事情はよくご存知らしい。
「かしこまりました」
私の祖父は先代の辺境伯様の護衛兼補佐役として長年勤めていた。
「今はもう隠居の身だよ」
そう言って現在は庭師見習いを自称しているけれど、実際には辺境伯家の私兵隊の武術顧問でもある。
その祖父から護衛としての技能と心得は叩き込まれている。
「それから君にはもう1つ大事なことを依頼したい」
そう切り出したのはご長男様。
「何でしょうか?」
「同学年となる第三王子殿下を出来る限り妹に近付けないように。もちろん他の悪い虫も同様だがな」
ああ、そういうことか。
普通の貴族なら何が何でも王族と縁を結びたいとか思うところだろうが、そこはお嬢様を溺愛する辺境伯家の方々。
「王族なんぞと一緒になってしまったら簡単に里帰りも出来ないし、会いに行くにも面倒な手続きを踏んで短い時間しか会えないんだぞっ!」
バンッとテーブルを叩いて立ち上がるご長男様。
辺境伯家の次男様は現在王宮で文官として勤めているので、そういう情報も得ているのだろう。
しかし『王族なんぞ』ってちょっとひどいのでは?
どこかでバレたら不敬って言われちゃうよ。
「そもそも娘の世代は少なくてな、王族に目をつけられる可能性が高いのだよ」
補足説明する辺境伯様。
野心あふれる貴族は当然のことながら第一王子殿下狙いとなるわけで、殿下生誕後の数年間は貴族界ではベビーラッシュとなったらしい。
女児なら伴侶候補に、男児なら側近候補というわけだ。
それが一段落ついた後、お嬢様の世代の貴族は確かにあまり多くはないのだ。
お嬢様は家柄に加えて可憐さや聡明さもを兼ね備えているから、確かに目に留まる可能性は高いのだろう。
でもねぇ。
「おっしゃることは理解できました。ですが王族うんぬんはさておいて、私はお嬢様のお心を一番に考えて行動したいと思いますが、それでもよろしいでしょうか?」
辺境伯家は昔から政略結婚には否定的で、現在の辺境伯様も先代様も恋愛結婚だ。
現時点でお嬢様に婚約者がいないのもそういう理由からと聞いている。
もっとも見合いの打診があっても辺境伯様が片っ端から断っているんだろうけど。
「そうだな、我々としてもあの子の意志を尊重したいと考えている。もし何かあればすぐにこちらへ報告を。相手のことを徹底的に調べ上げよう」
「かしこまりました」
本当は誰であっても許せない…とか思っていそうな辺境伯様に頭を下げた。
「そうか、これも何かの縁だろう。王都でも辺境伯家のお役に立てるようがんばりなさい」
「はい!」
現在は辺境伯家の庭師である祖父に事の顛末を報告すると、わしわしと頭をなでられた。
「勉学はおそらく問題ないだろうが、王都へ行っても修練は欠かさぬこと。どんな時でもよく観察して人物や物事を見極めること。そして何があってもお嬢様を守りぬくこと。これだけは忘れずにな」
「はい、わかりました!」
辺境伯家ではお嬢様とともに家庭教師から学んでいたけれど、他のさまざまな知識や護衛として必要な技能は祖父から教わっている。
幅広くかつ深い知識を持つ祖父はきっと只者ではないんだろうと思う。
だけど昔のことはほとんど語らない。
誰にだって話したくないことはあるだろうから、私もあえて聞かないことにしている。
◇◆◇◆◇
季節はめぐってお嬢様とともに王都へと移動し、寮に入ってから学院の入学式を迎えた。
首席入学者として挨拶させられたのだが、目立つのは護衛としては不本意だけどしかたがない。
だが目立つ要因はそれだけではなかった。
「髪、伸ばしたほうがいいんでしょうか?」
この国では黒髪はあまり多くない。
さらに女性は髪を伸ばすのが一般的で、少年みたいに短くしているのはかなりめずらしいのだ。
辺境伯家の私兵隊にはまだ少ないけれど女性兵士もいるのだが、彼女達の中には短い髪の人もいたので今まで気にしたことがなかった。
「あら、私は貴女の短い黒髪は大好きよ。元気で活発な貴女らしさがとてもよく出ていると思うわ」
私のつぶやきにお嬢様が答える。
伸ばした方がいろいろ仕込めるという利点はあるんだけど、手入れとか面倒で二の足を踏んでいるんだよねぇ。
「失礼、こちらの席は空いているかな?」
昼休みに学院内にあるカフェテリアでお嬢様と昼食を取っていると、背後から声がした。
「あら、殿下。どうぞ、かまいませんわ」
私達のクラスメートでもある第三王子殿下にお嬢様が応える。
辺境伯家の意向でお嬢様に殿下をあまり近付けたくないけれど、私が断るわけにもいかないしなぁ。
「ありがとう、お邪魔させてもらうよ」
そう言いながら空いている椅子に腰掛ける殿下。
「私も失礼いたします」
一緒にいた同じクラスの大柄な男子学生も一礼してから座った。
彼は殿下の側近なのだそうだ。
実は近いうちに殿下が話しかけてくるのは予想できていた。
殿下がクラスメート全員と話す機会を作っているという情報はすでに得ていたから。
そしてまだ話していなかったのはお嬢様と私だけだったのだ。
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