第11話 奇襲(5)

「うぁああ」

半開きになった口から呼吸と共に空気が抜け聞いたことのない声がぼんやりと聞こえて来る。

ギギギギギギギギギ

金属が軋みを上げ頭上の装甲板がこじ開けられ白いライトの光が差し込んで来る。

『大丈夫d!真奈美お姉ちゃん!』

かろうじて機能している無線子機から聞き慣れた可愛い声が聞こえてくる。

小さな手の感触をパイロットスーツ越しに感じ体格差をものともせず声の主はこちらの体を持ち上げコクピット内部から引きずり出す。

『真奈美お姉ちゃん!しっかりして!今助けるから!』

その声とともに異様に冷たい空気が肌を舐め容赦なく体温を奪っていくが異常に暑い下半身を冷やしてくれる。

重たい瞼を上げ霞んだ視界で必死に手当てをしてくれるマリアを捉える。

『ま、りあ。もう、ええ。はよ戻れ。』

そう言ってパイロットスーツに付いている救難信号を発信する。

どんどん眠気が強く睡魔に抗うようにパイロットスーツに精神刺激薬を注入する。

『あがあああ!』

下半身から激痛がはしり痛みに耐えきれず体が自分の意識とは関係なく動く出す。

『落ち着いて!落ち着い下さい!』

そう叫びながらマリアは体を押さえつけ肩に麻酔薬を注射する。

下半身から力が抜けていき激痛も退いていく。

『マリア、貴方に伝えたいことが有んn!』

震える声でそう言って返り血で汚れたマリアのぼけた影その奥でマリアに銃口を向けている敵兵が異様なほどクッキリ視界に映し出される。

『伏せろ!』

急速に脳が覚醒し吹き飛んだ腹の筋肉が悲鳴を上げながら伸縮し応急処置をしていたマリアを胴体の下敷きにし押し倒す。

ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ

連続した発砲音とともに銃弾が飛来し肩や腕、背中に直撃し肉を抉り骨を粉砕する。

『まなみ、お姉、ちゃん』

震えた声でマリアがそう問いかける。

全身を走る激痛を堪えながら息を吸い込む。

『ごめん、なさい、マリア、ちゃん。貴方の姉を、m『ギャンぐちゃぐちゃ』。』

甲高い音とともに生々し音をマイクが拾いマリアに伝え、真奈美の意識が飛んでいく。

「起きろ!何時まで寝てるんだ!」

聞き慣れた声に咄嗟に起き上がろうと頭を勢いよく上げるが何かが頭に当たった起き上がれない。

ふと手に握り慣れた感覚を感じ、慣れた手つきで目的のボタンまでたどり着き安全カバーを起こしレバーを上げる。

『コクピット解放します』

聞き慣れた合成音声が狭苦しいコクピットに響きコクピットブロックごと迫り出し狭苦しいコクピットから解放される。

ヘッドギアを外し辺りを見回す。

辺りには向かい合うようにコクピットブロックだけがズラリと並べられており、いくつかのコクピットブロックは眼下に広がっている巨大なプールの水に沈んでおり、その間を金属製の足場が渡されていた。

「大丈夫か?真奈美。」

咄嗟に声のした方に顔を上げる。

「空さん?」

そこには空さんが開いたコクピットブロックの上部に片手を掛け手をこちらの方へ差し出している。

「どうした真奈美?私の顔にないか着いてるのか?」

不思議そうな顔をした空さんが首を傾げている。

「いえ。何でもなんでもあらへん。」

そう言って空さんの手を取りコクピットブロックから外に出る。

「それじゃあ、飯でも食べに行くか。」

空さんがそう言った直後、どこからか賑やかな音が聞こえ振り返ると見慣れた食堂が広がっていた。

「ちょ!それ私の唐揚げ!」

「何を言っているんですか?私の領土にあるものの主権は土地を所有している主権者にあるんですよ?そんな事も知らないんですか?」

「ただ置いてただけじゃん!良いから返してよ!」

食堂の隅ではそんな馬鹿らしい会話をしながら唐揚げを取り合ってる人影が見える。

「さあ食べようか」

再び空さんの声が聞こえたかと思うと今度は椅子に座っていた。

ふと足に何かが当たる感覚がありゆっくり机の下を覗き込む。

「わ!」

驚きすぎて思わず声が漏れ出し椅子から立ち上がる。

「ああ、紹介するよ。今日から私の妹になったマリアだ。マリア挨拶しなさい。」

空さんは今まで見たこともない慈愛に満ちた眼差しをマリアと呼ばれた幼女に向け微笑みかけている。

「あ、しょの、えっと。マリアでしゅ。」

最後の発音を咬んだ事を自覚しているのか、顔が見る見るうちに赤くなっていく。

「ふふふ」

その光景が微笑ましくついつい頬が緩んでしまう。

「よろしくねマリアちゃん私は真奈美ですよろしくね」

そう言って微笑み掛ける。

その直後、風景ががらりと変わり赤茶色の大地が視界一杯に広がっている。

金属の焦げる臭いと土の臭いが混ざり合った独特な臭いが鼻腔をくすぐる。

「!空大隊長!」

突然、体がそう声を上げ、眼前に擱座している空大隊長の機体に向け駆け出す。

自分の思考と体の挙動が同期しておらず不思議な感覚に襲われる。

体が勝ってに動き、機体の外部の歪んだ装甲板の隙間にナイフを突き刺しこじ開け、コンソールにコマンドを入力しコクピットブロックを解放する。

ギギギギギギギギギ

金属が軋みを上げ人が一人何とか通り抜けられるほどの隙間が開く。

ライトを点灯し口に咥え、小さく空いた隙間に体を捻じ込みコクピットブロックめざし進んでいく。

ギギギギギギギギギギギギ

先程よりも一段と大きくなった金属音を無視しコクピットブロックの上部板をこじ開ける。

「空大隊長!無事ですか!返事してください!」

何とか手をコクピットブロック内部に突っ込み、空大隊長の肩を揺する。

「ごはっ。はっ。はっ。なんだ、真奈美か。お前は、無事、なのか?」

空大隊長はそう言って口元に垂れている血を手の甲で拭い、首だけをかろうじて動かしてこちらを見つめる。

「私は無事です。速く手を取って下さい!」

そう体が叫び差し出した手をさらに伸ばす。

「これを頼む。」

そう言って空大隊長は首に掛けたドロッとした液体に塗れた生暖かい何かを握らせてくる。

「もうじきこの機体も潰れる。その前に速く行け!」

空大隊長が怒号を上げ気づけば炎上する大隊長機を外から眺めていた。

『真奈美、あの娘をマリアを、頼む。』

薄れゆく意識の片隅でコツコツコツと足音が聞こえ敵兵が徐々に近づいてくる事が分かった。

鉛のような重たい腕をゆっくり動かし腰のD4に手を掛け、慣れた手つきでセレクターレバーを『full auto』にセットする。

あの泣き出しそうな震えた声で最期に告げられた遺言を果たすために、彼女の思いに答える為に、残された全ての力をかき集める。

『ぅガアアアアアアアアアア!』

獣のような声を上げながら一気に振り返り左手の甲で敵兵が構えていた銃のバレルを弾き飛ばしD4を素早く抜き放ち焦点が合わない視界のなか敵兵の輪郭を頼りに照準を合わせ引き金を引く。

パパパパパパパパパパパパパパパ

連続した射撃音とともに弾倉内部のホローポイント弾が一気に射撃され敵兵の体を引き裂いていく。

反射的に反動を受け流していたがそれも長くは続かず、全弾撃ちきるころには重量に引かれ無様にも飛行甲板に広がる血溜まり叩きつけられ飛沫を巻き上げる。

「ハハハハハ、これで美味しいソウセイジが作れそうだ。え?ソウセイジは独裁主義的な食べ物だからだめだってwwwww」

そう言って敵兵は自身の裂けた腹からこぼれ落ちた腸を見つめ突然笑い出す。

「はいはい、やるよ、やるってば!それじゃあ。グッバイ、言いy『ギィーーン』」

金属が擦れる音とともに火花が飛び肉の焦げる臭いが鼻腔をくすぐる。

『副長!無事ですか!』

ぼやけた頭に聞き慣れた声が聞こえてくる。

『し、なか?私はもう、ええ。マリ、アをごはっ。』

咳と共に口から生暖かいドロッとした液体が噴き出す。

『マ、リア。これを。』

今にも途切れそうな意識を強引に引き留め、首から提げている御守りを握り突き出す。

『え?や、だよ。やだ。やだ。う、そ。だって、そんな。』

震えた声が無線機から聞こえ小さな何かが手に触れる。

手から力を抜き、握っていた御守りを彼女の小さな掌に落とす。

キンキンキンキンキンキンキンキンキンキン

金属が弾け飛ぶ音と共に機体の装甲板のいたるところで火花が飛び散り機体を明るく照らす。

ヴァルチャーが腕を伸ばし、盾にしてマリアと私を護ってくれる。

ヴァルチャーの胸部装甲板が開きコクピットブロックが迫り出し、アサルトライフルを構えた信濃が飛び出しこちらに駆けてくる。

『副長!副長っ!行きますよ。マリアさん』

信濃は地面に倒れているマリアちゃんの手を引き強引に連れて行こうとするも腰が抜けているのか全く立ち上がらない。

ふと、目の前を重力に引かれゆっくりと空薬莢が転がっていく。

『!し、な。銃を、貸しぃ、援護、します速く、行き!』

そう言って信濃が持っていた銃にゆっくりと手を伸ばし、しっかりと握りセレクターレバーを下げセーフティを解除する。

『!りょ、了解!』

途切れゆく視界の隅で、未だ放心状態にある信濃の手を取り展開した複座式のコクピットブロックの後部座席に押し込みコクピットブロックを格納する様子を見守りながら引き金を引き牽制射撃を開始する。

ズズズズズ

体が飛行甲板を擦りながらゆっくりと背中側へ滑り落ちていき飛行甲板の際で止まり力が入らなくなった腕がぶらりと飛行甲板の外に投げ出されから銃が落下する。

さらに傾斜が大きくなり、ぐらりと体が回転し空中に投げ出される。

時時の進みが遅くなり、ゼルニケがゆっくりと小さくなっていく。

バン

花火が爆発する音が聞こえ、ゼルニケから火柱が噴き上がり、火花が雨のように辺りに降り注ぐ。

『き、れい、だな~~。フッフッフ』

思わず笑みがこぼれ落ちる。

真夏のあの日、3人でコッソリ抜け出して観に行った花火大会のような綺麗な光景が満点の星空の元に広がっている。

意識が吸い取られる感覚に身を任せ、重苦しい真っ黒に焦げた雲に吸い込まれていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

選ばれなかった冒険譚 予璃那(よりな) @yorina1125

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ