20:緊急事態発生
午後もよろしくお願いします、と御者のレナードさんに挨拶してから私は馬車に乗り込んだ。
今度の席順はフィルディス様、私、ルーク様。
向かいがエミリオ様とギスラン様だ。
私たちが昼食を摂っている間にレナードさんが馬を変えてくれたおかげで、馬車の速度は明らかに早くなった。
このまま進めば日が暮れる前にはロンターヌの街に着くだろう。
ロンターヌは交易都市としても有名なので、いまから楽しみだったりする。
王都に匹敵するほど活気に溢れた街を五人で散策。想像だけでわくわくした。
「――でさあ、そのときフィルが」
ルーク様とフィルディス様の幼少時代の話を興味深く聞いていたときだった。
馬のいななきが耳を劈き、馬車が急停止した。
「!?」
いきなりのことに何もできず、私の身体は進行方向に投げ出されそうになった。
痛みと衝撃を覚悟して身体を縮め、目を瞑る。
でも、その必要はなかった。誰かがとっさに私を抱き留めてくれたから。
固く閉じていた目を恐る恐る開ければ、私はフィルディス様の腕の中にいた。
騎士として鍛えているらしく、フィルディス様は意外と筋肉質なようだった。
逞しい腕と胸の感触。
目の前にある整った顔に戸惑いつつも、私は窓の外を見ようとした。
でも、動けない。フィルディス様はしっかりと私に密着していて、身動きを許さなかった。絶対に私を守るという強固な意志が伝わってくる。
ルーク様とギスラン様は警戒して息を潜め、窓の外の様子を窺っている。
「どうしたの!?」
御者台に続く小窓を開けてエミリオ様が尋ねた。
「前方に魔物が見えました! 停車中の馬車が魔物の群れに襲われているようです!」
切羽詰まったようなレナードさんの叫びを聞いて、百戦錬磨の騎士たちは顔を見合わせた。
「エミリオはここでリーリエと待機しろ――と言いたいところだが、お前の探知能力はどうしても欲しい」
緊迫した空気の中、年長者のギスラン様が冷静に言った。
姿を消すことすら可能なエミリオ様の《蝶》は敵の居場所を割り出すにはうってつけ。
『魔胎樹討伐戦』でも重宝された、極めて便利な魔法だった。
「だろうね。リーリエの警護はこのままフィルに任せることにするよ。何が何でも守ってくれそうだし」
いまだに私を抱きしめているフィルディス様を見て、エミリオ様は苦笑した。
「オレたちが戻ってきたときに、リーリエがかすり傷一つでも負ってたら皆でビンタするからな。リーリエだけじゃなく、レナードさんも馬車も死ぬ気で守れよ」
「ああ。任された」
ルーク様に念押しされたフィルディス様は大真面目な顔で頷いた。
「じゃあ行くか。とっとと片付けよう」
「また後でね、リーリエ」
言うが早いか、三人は扉を開けて馬車を飛び出した。
扉が開いたおかげで、遠くで上がった男性のものらしき野太い悲鳴がはっきりと聞こえた。
魔物の咆哮が辺り一帯に響き渡る。
魔物が何かしたらしく、さらに大きな悲鳴が上がった。
複数の声が入り混じった悲鳴だ。
怒号と叫び声に混じって、金属が硬いものを弾くような音がする。誰かが戦っているらしい。
すぐに扉は閉ざされ、戦闘音や悲鳴は聞こえなくなったけれど、耳にこびりついて離れない。
「…………」
私は不安に駆られて俯き、膝の上でぎゅっと両手を握り合わせた。
それでも手の震えは止まってくれない。
握り合わせた両手の上にフィルディス様の手が重なった。
顔を上げる。力強く私の手を握り、私と目を合わせてフィルディス様が頷いた。
「大丈夫だ。あいつらの実力はリーリエも良く知っているだろう? あの三人が力を合わせたなら、どんな魔物だって敵わない。必ず無事に戻ってくるよ」
「……そうですね。きっと無事に戻ってきますよね」
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