19:君が幸せでありますように

 危うく殺人事件が起きそうになったものの、それからは特に大きな問題もなく、予定通り昼前にはオーガスの町に着いた。


 私たちは馬車停めで御者と別れ、昼食を摂るべく町の目抜き通りを歩いた。


 今日の空は良く晴れているが、風は少々強い。

 巻き起こる砂塵から守るべく商品に布をかけながら「たまんねえなこりゃ」と露天商が嘆いている。


 果物が並べられた露店の前を歩いていると、強風に煽られた籠が陳列台から落ちた。


 それを空中で見事に捕まえたのはフィルディス様。

 一体どういうバランス感覚をしているのか、籠に山と積まれていた木の実は一つも零れていない。


「危なかったですね。どうぞ」

 無傷の木の実が入った籠を差し出し、フィルディス様は微笑んだ。


「ありがとうございました」

 類稀なる美形から微笑まれた店番の少女の頬は商品のリンゴよりも赤かった。


「んー、二日ぶりに良く寝たー」

 賑やかな目抜き通りの真ん中でルーク様が伸びをした。目の下の隈は消え去り、その顔はすっきり爽やか。


 エミリオ様と一緒に、無言で後ろを振り返る。

 ギスラン様は凄い顔でルーク様を睨んでいた。


 私たちは見なかったフリをして、さっと前を向いた。


「良かったね。リーリエがいなければ今頃は眠ったままあの世行きだっただろうけどね」

「へ?」

 ルーク様は間の抜けたような声を上げ、

「どういうことだ? 何かあったのか?」

 フィルディス様は怪訝そう。寝ていて騒動には全く気付かなかったらしい。


「寝返りを打ったときに、ルークがギスランの顎を思いっきり殴ったんだよ。ギスランの怒りを鎮めるため、急遽リーリエには膝枕してもらった」


 エミリオ様の声を聞きつつ、私は周りを見回した。

 道行く人たちが、露天商が。色んな人が私たちをチラチラ見ている。


 特に大きな反応を示しているのは女性だ。

 単純にびっくりしたような顔をしている人、陶酔している人、中には二度見する人もいた。


 彼女たちの気持ちはわかる。

 抜群の存在感を放つ美形が四人も歩いていたら、私でも見てしまうと思う。


 改めて考えると、この状況って凄いな。


 王子を含む四人の英雄騎士様が勢ぞろいで、お姫様でも何でもない私を守ってくれている。

 一体なんでこんなことになったんだろう?


「え、嘘!? オレそんなことしたの!? ごめんギスラン!! マジでごめん!!」

 ルーク様は慌てた様子でギスラン様に向き直り、深々と頭を下げた。


「気が済まないなら殴ってもいいよ……」

 しゅん、と項垂れたルーク様に垂れ下がった犬の耳と尻尾の幻覚が見えるのは私だけだろうか?


「…………」

 全く同じ幻覚を見たらしく、ギスラン様はしばし沈黙して、ため息をついた。


「もういい」

「ほんとに?」

「ああ」

「ありがと!」

 ルーク様に笑顔の花が咲いた。


「……なんだかんだ言ってもギスランってルークに甘いよねー」

 エミリオ様は肩を竦めた。


「ああも直球で感情表現されると対応に困るんだろうな」

 とは、フィルディス様の分析。


「まあそれはともかく。一人だけ膝枕はずるいな」

「うん、それはオレもずるいと思う。公平を保つためにも全員に膝枕をするべきだ。というか、してほしい」

「ぼくも」

「おれも」

 見つめられてしまった。


「……わかりました」

「やったー!!」

 頬を染めつつ白旗を上げると、ルーク様たちは三人でハイタッチした。

 それだと自分一人だけ殴られ損だと思ったのか、ギスラン様は少々不満げだった。




 露店で買った料理を持ち、私たちは公園の東屋に集まった。


 ――それ美味しそう、一口ちょうだい。

 ――これも美味しいよ。リーリエも食べてみる?


 蒼穹の下、そんなやり取りをしながらの昼食はとても楽しかった。

 和気藹々とした昼食を終えて馬車停めに向かう道すがら、私は通りの露店で足を止めた。


 主に雑貨を扱ったその露店には髪留めやブローチなどが並べてあったけれど、私の目を引いたのは組み紐だ。

 色とりどりの刺繍糸を何本も合わせて編み、様々な模様をつけた綺麗な紐。


「どうしたんだ? リーリエ」

 私が足を止めたことで、全員が立ち止まる。


「すみません、つい。あの組み紐がルーク様に買っていただいたそれと似てるな、と思いまして」

 私は露店の右端にずらりと並べられている組み紐を指さした。


『魔胎樹討伐戦』が終わった後、私はルーク様に誘われて大きな街へ行った。


 夜の街を散策している途中、ルーク様の左手首で光る赤い腕輪を見て私が綺麗だと言ったら、ルーク様は露店で赤い組み紐を買ってくれた。


 この腕輪は炎の精霊王から貰ったもので、譲ることはできない。

 だから、腕輪の代わりに組み紐をあげる。

 これでオレの腕輪とお揃いってことにしよう、と笑って。

 私の幸せを願いながら、その手で私の左手首に巻いてくれた。


 あの組み紐は私の宝物だったのに、《黒の森》に追放される前に取り上げられてしまった。きっと今頃は私物共々ゴミとして処分されてしまっている。


 風になびく髪を押さえながら悲しく笑うと、四人はなんとも形容しがたい表情を浮かべた。


「やっぱあの国滅ぼすべきじゃね?」

「奇遇だな。おれもそんな気がしてきた」

「ぼくも存在自体が許せなくなってきたよ」

「やるか」

「あああ。どうか落ち着いてください皆さま」

 不穏な気配に、私は慌てて四人を宥めた。


「それじゃリーリエ、新しいの買おうぜ。どれがいい?」

 気を取り直したらしく、明るい口調でルーク様が言った。


「えっ。新しいの?」

 私は目を瞬いた。


「そう、新しいの。失ったものはどうしようもねーけどさ、それならまた新しく買えばいいだろ? どれがいい? オレの腕輪の色に合わせるならこれかなあ」

 ルーク様は鮮やかな朱色の組み紐を手に取り、私の左手首に巻いた。


 自分の左手首と私の左手首を触れ合わせ、腕輪と組み紐を見比べ、「うん。ばっちり」と満足げに頷く。

 無邪気な笑顔を見て、心臓が一拍、余計な音を立てた。


「ずるいぞ、ルーク。そういうことならぼくもリーリエに自分の腕輪と似た色の組み紐をつけてもらうことにする!」

「ならおれも」

 エミリオ様とフィルディス様は真剣な顔で組み紐を眺め、それぞれ黄色と青色の組み紐を手に取った。


「これか? いやもうちょっと暗い色だな……」

 フィルディス様は自分の腕輪と組み紐を交互に見て、もう一段階暗い色の組み紐を手に取った。


 なかなか良い値段がする組み紐が三つも売れたのが嬉しいのか、ニコニコ顔の商人に代金を払った後、三人は私の左手首に組み紐を巻いた。


「何を願おうかな。やっぱり前と同じで幸せかな。リーリエが幸せでありますように」


 そう言いながら、ルーク様は組み紐を私の左手首に結んでくれた。

 願いを唱えながら組み紐を結ぶと、その願いは叶うと言われているのだ。


「リーリエが幸せでありますように」

 ルーク様と同じ言葉を繰り返して、エミリオ様とフィルディス様も私の左手首に組み紐を巻いてくれた。


「ありがとうございます」

 私は三つの組み紐が巻かれた左手首をそっと押さえて微笑んだ。


「ギスランは参加しなくて良いのか?」

「俺には精霊王と契約した証うでわなんてないからな」

 フィルディス様に尋ねられ、ギスラン様は淡々と答えた。

 微妙に拗ねているように聞こえるのは、私の気のせいだろうか。


「馬鹿だなー、だったら普通に同じものを買ってお揃いにすればいいじゃん」

 ルーク様は呆れ顔で腰に手を当てた。


「じゃあオレらが適当に選んでやるとしよう。ギスランのイメージカラーってやっぱ黒かな?」

「黒だな」

「黒だね」

 二人は即答し、ルーク様は黒を基調とした組み紐を二本取り上げた。

 馬車で殴ってしまったお詫びのつもりらしく、代金はルーク様が支払った。


「はいこれ。後でギスランに巻いてやって。いまは止めてくれ。目の前で『幸せでありますように』とかやってるの見たら嫉妬の炎で燃え尽きそうだから。オレら全員が」

「わかりました」

 ルーク様から組み紐を受け取って頷く。


「ほら。これでお前も参加できるだろ」

 ルーク様に黒い組み紐を手渡されたギスラン様は困惑したように手元を眺めた後、近づいてきた。


「幸せでありますように」

 そう言って、ギスラン様は私の左手首に組み紐を巻き、結んでくれた。


「ありがとうございます」

 合計で四つの紐が結ばれた左手首を見つめ、笑う。


「嬉しいです。失ってしまったと思っていた宝物が四つに増えました。今度こそ、大事にしますね。本当にありがとうございます、皆さま」

 どういたしまして、と四人がそれぞれの表情で応じてくれたから、私はとても幸せだった。

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