13:一番好感度が高いのは?

 二重になっているカーテンを引くと、既に太陽は高く昇っていた。

 空は青く澄み渡り、庭園で小鳥たちが鳴いている。


 時計がないため正確にはわからないが、時刻は正午前というところか。

 私は随分と長く眠っていたらしい。

 その間、誰にも起こされなかったのは不思議だった。


「んー……」

 寝間着のまま、窓辺で大きく伸びをする。

 吹き込んできた風に震えることもなく、魔物の鳴き声に怯えることもない。


 天蓋付きの豪華な寝台の上で、仄かに薔薇の香りがする枕に頭を置き、清潔な毛布にくるまれて眠る。

 実に快適な環境だったおかげで三日ぶりに熟睡できた。体調も万全だ。


「おはようございます、リーリエ様」

 私が起きた気配を察したらしく、部屋の扉がノックされた。

 慌てて姿勢を正し、返事をすると、三人の侍女が入ってきた。


 侍女たちが持ってきてくれたお湯で洗顔を済ませ、身支度を整えてもらう。

 今日のドレスは寝台の天蓋に似た紺碧色。

 銀の細やかな刺繍が入っていて、なんとも上品だ。


「はい、終わりましたわ。いかがでしょうか」

「完璧です」

「それは何よりです。今日はよくお眠りでしたね」

「……すみません」

「ああ、誤解なさらないでください。非難しているわけではないのです。安眠できたようで良かったと言いたかっただけなんです!」

 慌てたように長髪の侍女が言った。


「エミリオ様はリーリエ様が自然と目を覚まされるまで起こすなと私どもに厳命されました。《黒の森》で三日も過ごされ、心身共に疲れ果てているだろうから、と」

 長い睡眠を誰にも邪魔されなかったのは、エミリオ様の気遣いだったらしい。

 次に会えたときは、心からお礼を言おう。


「エミリオ様は本当に素敵なお方ですね」

 鏡台の前の椅子に座ったまま微笑むと、侍女たちは嬉しそうに笑った。どれだけ彼が慕われているかがよくわかる表情だった。


「はい、とっても! エミリオ様は私たちにも気さくに声をかけてくださるんですよ。それでいて王族としての威厳は忘れず、馴れ合いは良しとしない。一線を引くべきところはきちんと引かれるんです」

「ご存じですか、リーリエ様。この前、アマンダという女が恐れ多くもエミリオ様に触れようとしたのですよ!」

 興奮気味に言ったのは三つ編みの侍女。


「エミリオ様は立場をわきまえず、馴れ馴れしくエミリオ様に触れようとした彼女の手をピシッと叩いて『お前はいま誰に触れようとしているのかわかっているのか?』と微笑みながら氷のような目で――あれはもう!! もはや伝説です!!」

「堪らなかったです、痺れました!! 居合わせた女性は全員骨抜きになりましたわ!!」

「大公爵の娘だからと奢り高ぶっていたアマンダには良い薬になりました!! 青ざめて跪き、許しを乞うた彼女を見て、胸がスッとしましたわ!!」

 侍女たちはエミリオ様の数々の逸話を饒舌に語った後で問いかけてきた。


「――それで、リーリエ様はどなたを選ばれるおつもりなんですか?」

「現時点で一番好感度の高いお方はどなたなのですか? お世話係の私たちにだけ、内緒で教えてください」

「もちろんエミリオ様ですよね? リーリエ様がいまここにこうしていられるのも、全てエミリオ様のおかげなわけですし。エミリオ様は王子という尊いご身分でありながら、リーリエ様のために命懸けで《黒の森》に行かれたのですよ? 惚れないわけがありませんよね」

 目をキラキラさせて三人の侍女が私を取り囲む。

 彼女たちは全力で自分の主人を推しているらしい。


「は、はい。もちろんエミリオ様です……」

 そう答えなければ刺されそうだったため――三つ編みの侍女はやたらと鋭利な髪飾りを持っていたのだ――私は曖昧に頷いた。

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