12:あなたも私が好きだったんですか!?

「ちょっとギスラン、これは一体どういうこと。ぼくはギスランと話をしておいでと言っただけで、怪我をして来いとは一言も言ってないんだけど」

《銀獅子宮殿》の居間にて。

 エミリオ様は額に青筋を浮かべてギスラン様の胸倉を掴んだ。


「悪かった」

 自分より頭一つ分は小さいエミリオ様に――エミリオ様の背が低いというわけではなく、ギスラン様が長身なのだ――胸倉を掴まれて謝罪するギスラン様の姿というのは新鮮だったが、呑気に観察している場合ではない。


「エミリオ様、止めてください。私が勝手に転んだだけで、ギスラン様のせいではありま――痛ぁっ!?」

 回復薬ポーションが傷に染みて、私は涙目で叫んだ。


「うん、痛いよな。可哀想だけど我慢してくれ。痛いけどめちゃくちゃ効くんだよ、この薬。騎士団御用達なんだぜ。回復も早いし、解毒効果もあるんだ」

 ソファに座っている私の前に屈み、そおー……っと、慎重に、回復薬を含んだ青い綿を私の傷口に押し当てたルーク様は同情するような口調でそう言った。


「しかしこれはまた……派手にやったな」

 フィルディス様は私の足の惨状を見て顔をしかめている。

 転んで怪我をするなど、彼らには考えられないことだろう。

 自分がどれだけ間抜けなのかを思い知らされ、私は小さくなった。


「ルーク様、自分でしますから」

 涙目で言いつつ手を伸ばすと、ルーク様はさっと手を引っ込めた。


「いいから、やらせて。些細なことでもリーリエの世話を焼きたいんだ。神聖力無しの怪我の手当ならオレらのほうが慣れてるし」

 全ての傷に回復薬を塗り、ルーク様は私の足に包帯を巻いた。

 包帯はピシッと綺麗に巻かれており、文句なんてつけようもない。のだけれど。


「これはちょっと大げさなのでは……」

「何言ってんの。充分大した怪我だよ。――で」

 救急箱を閉じてテーブルに置き、ルーク様はソファの向かいに行った。

 そこには右隣に座るエミリオ様に説教されて、気まずそうに黙り込んだギスラン様がいる。


「何がどうしてこうなったのか、そこんとこ詳しく教えてもらおうか、ギスラン?」

 ルーク様はギスラン様の左隣に座り、ギスラン様の肩に腕を乗せてにっこり笑った。

 その一方で、フィルディス様は私の隣に腰かけた。彼の体重で少しだけソファが沈む。


「いや、だから。明日、お前たちは誰がリーリエの婿になるのか相談するべく、エミリオと共に国王の元へ行くんだろう? 何故か知らないが、リーリエはエミリオに『俺の意思確認をして来い』と言われたらしく、俺を訪れてきた。俺が『求婚した覚えはない』と答えたら、リーリエはわかったと言って帰ろうとして、急につまずいて転んだ。それだけだ」

「……えー……エミリオ、ギスランも花嫁争奪戦に加えるつもりなのかよ……これ以上参加者を増やさなくていいよ……」

 ルーク様は露骨に嫌そうな顔。


「あの、花嫁争奪戦という言い方は止めていただけませんか……」

「じゃあ花婿戦争? バトルロイヤル?」

「……もう好きに言ってください……」

 私は両手で赤くなった顔を覆った。


「リーリエ。ルークたちは好き勝手言っているが、あまり深刻にならなくていいからな。最終的な意思決定権はリーリエにある。結局、この中の誰も選ばないという選択肢もありだ。もちろんそうなると、おれにとっては残念だけど。それがリーリエの意思なら尊重するよ」

 私の肩をぽん、と叩いてフィルディス様が微笑んだ。


「……フィルディス様……ありがとうございます」

 私は微笑み返した。誰か一人を絶対に選ばなければならないと思い込んでいたから、フィルディス様の言葉を聞いて随分と気持ちが楽になった。


「改めて聞くけど。ギスランは明日、本当にぼくたちと一緒に来なくていいわけ? リーリエと結婚する意志はないの? 戦地では何度も身体を張ってリーリエのことを守っておいて、あれはリーリエに死なれたら戦況が不利になって困るから、本当にただそれだけ? リーリエのことは全く、ちっとも、想ってないと?」

 エミリオ様はギスラン様を問い詰めた。

 自然と、全員の視線がギスラン様に集中する。


 私は覚悟を決めた。何を言われても傷つかない覚悟を。


「……お節介だな。恋敵なんて増えないほうが良いに決まってるだろうに」

 ギスラン様は小さく嘆息した。


「田舎でくすぶってた君を勧誘して護衛騎士にしたのはぼくだからね。部下の面倒は最後まで見る主義なんだ。リーリエは君の性質のことは気にしないと断言したよ。もうリーリエは聖女じゃない。君はここまでリーリエを抱き上げて連れて来ることができた。触れ合っても問題はないんだから、二人の間に障害はないでしょ。自分の気持ちを正直に言いなよ。このままじゃ、正々堂々と闘うことなく『譲られた』みたいで気分が悪いんだよ」


 ギスラン様は形の良い唇を引き結んだまま、長いこと何も言わなかった。

 誰も言葉を発さない。

 皆が辛抱強く、ギスラン様の発言を待っていた。


「……本当に、お節介な奴らの集まりだな……」

 ギスラン様は微苦笑し、ため息をつくように言った。


「わかった。この言葉は一生胸の奥に閉じ込め、言うつもりなどなかったが。許されるなら――正直に言う。俺もリーリエのことが好きだ」


「………」

 人間、あまりにも驚きすぎると声が出ない。

 それを、私は実感として知った。


 やっぱりね、というようにエミリオ様は肩を竦めた。

 ルーク様は片手で渋面を覆い、フィルディス様は苦笑した。

 驚かなかったことからして、三人はギスラン様の気持ちを察していたらしい。


「……嘘でしょう!?」

 十秒ほど石像のように固まった後で、やっと声が出た。その声は悲鳴じみており、完全に裏返っていた。


「だってずっと、ギスラン様は私にそっけなかったじゃないですか! 他のお三方に比べて不愛想だし無口だし無表情だし――私、ずっと嫌われてると思ってたんですけど!! 嫌々ながら、仕方なく私を守ってるんだと思って悲しかったんですけど!?」


「嫌われるような態度を取っていたのはわざとだ。突き放さないと理性が飛びそうだった」

「!!?」

 危うく、頭が爆発するかと思った。


「考えてもみろ。どんなにお前に触れたくても、瘴気のせいで触れられないんだぞ。突き放す以外どうしろと?」


 ギスラン様は十年前、幼い妹を庇って『魔穴』に落ちた。


『魔穴』の中は瘴気に満ち満ちているため、常人が助かる可能性はゼロ。普通は有害な瘴気に心身を蝕まれて死亡してしまう。


 しかし、彼は何故か助かった。

 本人も一体何故助かったのかわからないらしい。穴に落ちた以降の記憶が飛んでいるそうだ。


 助かったはいいものの、彼は体内に瘴気を宿してしまっていた。


 日常生活を送るには支障はないのだが、神聖力を宿した聖女が彼に触れると尋常ならざる苦痛をもたらしてしまう。

 そのせいで、迂闊に彼に触れることはできず、戦闘中という非常時以外は意識して距離を取るようにしていた。


「そ、それは……そう……なの……かも……?」

 まさかギスラン様までもが私のことを好きだったなんて。完全に予想外だ。どういう反応をすれば良いのか、さっぱりわからない。


「俺に好かれたら迷惑か?」

 真っ赤になった顔を隠すように俯き、意味もなく膝の上で指を揉んでいると、ギスラン様が真顔で問いかけてきた。


「えっ。いえ――そ、そんなことは。戸惑っているだけで……」

 白い髪を振り乱すように、ぶんぶんと首を振る。


「そうか。なら、これからは遠慮しない」


 ギスラン様は不敵に笑った。

 初めて見る笑い方に、心臓が一拍、余計な音を立てる。


「……そ、そうですか……」

 私はまた俯いた。恥ずかしくて、とても目を合わせていられない。


「あーあ。恋敵がまた増えちゃったよ」

「ずばりお前のせいだけどな」

「まあまあ。こっちのほうがフェアでいいだろ。これで役者は揃った。リーリエの心を掴めるかどうかは、おれたちの頑張り次第ってことで」

 伸びをしたエミリオ様をジト目でルーク様が睨み、フィルディス様は笑った。

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