14:残酷すぎる現実

「ですよね!」

「リーリエ様は見る目がおありですわ!」

「王子妃になるのは女の夢ですよね! 羨ましい限りです!」

 はしゃぐ侍女たちを見ながら、私は考え込んだ。


 聞かれるまでもなく、エミリオ様のことは好きだ。

 優しくて、いざというときには頼りになる。

 それでいて、心を惑わすような、小悪魔的な一面もある。


 もちろん、彼のことは好き、ではあるのだけれど……。

 でも、それが恋愛に属する『好き』なのかは自分でもよくわからなかった。


「――フィルディス様もルーク様も素敵ですわよね。お二人とも平民でありながら、そのハンデをものともせず、栄えある近衛騎士団に入られたのですよ? 大変な努力家でおられます」

「かたや氷の精霊王フェンリルと契約した氷の騎士様。かたや炎の精霊王フェニックスと契約した炎の騎士様。属性的にも性格的にも対照的なお二人に同時に愛されるとか、きゃー!! 女子的には堪らないシチュエーションですわー!!」

 三つ編みの侍女は両手で頬を挟み、激しく首を振っているけれど、その言葉には疑問を抱いた。


 果たして、あの二人の性格は対照的かしら?


 彼女はフィルディス様を氷のようなクールな騎士だと思っているらしいけれど、実際のフィルディス様は割とよく笑う方だ。


 もしかしてフィルディス様は私以外の女子には冷たいのだろうか……


 ……って、私以外って何!? 私以外って!! 調子に乗るな!!

 私は赤面し、心の中で自分の頭を十回ほど架空の壁にぶつけた。


「あの、ギスラン様の評価はどうなのでしょうか?」

 これまで一度も名前が挙がらなかったため、気になって問う。


「ギスラン様は……ないですわよね」

 浮かれ騒いでいた侍女たちは冷水でもかけられたかのように、おとなしくなった。


「無しですわね。見た目は他のお三方に匹敵するほど麗しく、公爵子息という身分もあるため、事情を知らない数多の婦女子を虜にしておられるようですが……私たちのように、事情を知ってしまったら、ねえ?」

「ねえ?」

 ばつが悪そうな顔で、侍女たちは顔を見合わせた。


「どういうことですか?」

 切り込むと、侍女たちは両手を振った。


「いえ、決して悪く言うつもりはないのですよ? ないのですが……でも、あの方は魔族や一部の魔物と同じように、瘴気をその身に宿しておられるではありませんか。『魔穴』に落ちておきながら生還した人なんて、この世界のどこにもいませんよ。『魔穴』に落ちれば聖女ですら死ぬんですよ? なのに何故、あの方だけ無事だったのですか? リーリエ様はおかしいと思われませんか? あの方の自己回復力は異常です。普通なら死んでいるような大怪我を負っても、次の日には平気で動き回っておられるんですよ」


「それは……」

 私は言葉に詰まった。


 ギスラン様の異常な回復力は私も知っている。

 傷口が黒い煙のようなものを噴き上げ、たちどころに癒えるのを、戦場で何度も見てきたのだから。


「実はとうにギスラン様は死んでいて、ギスラン様になりかわった魔族が人間のふりをしているという噂もあるんです」

 三つ編みの侍女はぞっとしたような顔で言って、自分の腕を摩った。


「フィルディス様やルーク様のお世話なら喜んで致しますが、ギスラン様のお世話だけはご免ですわね。瘴気が感染うつったらと思うと恐ろしいです。昨日、ギスラン様がこの宮殿に泊まらなくて良かった」

「ええ、本当に。あの方が触ったものに触りたくないですものね」


「――――」

 これが、ギスラン様に対する世間の評価なのか。

 あまりにも残酷すぎて、私は無意識のうちに全身を硬直させていた。


 目を閉じて、耳を塞ぎたくなったけれど、侍女たちの言葉は止まらない。


「ご実家のフレイン公爵家でもギスラン様は腫れ物扱いだそうですよ」

「ギスラン様には生まれつきの婚約者がおられたそうですが、それも『魔穴』に落ちるまでの話です。ギスラン様に瘴気が宿っていると知った先方からの申し出により婚約破棄されたと聞きましたわ」

「仕方ないことでしょうね。人の皮を被った化け物かもしれない男の元に望んで嫁ぐ女性がいるわけありませんもの。私は無理です。たとえお父さまの命令であろうと、断固拒否です」

「私も無理です。関わりたくありません」

「でも、エミリオ様はギスラン様に手を差し伸べられましたわ。周囲の反対を押し切って自分の直護衛にされました」

「あのような方にまで救いの手を差し伸べられるなんて、エミリオ様は本当にお優しいお方ですわよね――」

 結局、侍女たちの話はそこに行きついた。


「……ごめんなさい。お腹が空いたので、食堂に行ってきますね」

 再び盛り上がり始めた侍女たちを置いて、私は足早に退室した。


 後ろ手に扉を閉め、唇を噛む。

 わかっている。侍女たちは何も悪くない。


 ギスラン様に対する評価を無理やり聞き出したのは自分だ。

 侍女たちはただ正直に答えてくれただけ。


 でも、これがギスラン様を取り巻く現実なのか……。


 感情を凍らせたようなギスラン様の無表情が脳裏に過る。


 彼が無口で不愛想だったのは、誰のせい?


「…………」

 やり場のない感情を持て余して、私は深く重いため息をついた。

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