17:高回復薬を持って、いざ出発!

 二日後。まだ太陽が顔を出す前の早朝。

 私は小さな鞄を持ち、エミリオ様と談笑しながら馬車停めに向かった。


 手荷物が小さな鞄一つで済んでいるのは、侍女たちが私の着替えや必要なもの一式を見繕い、先に馬車で送ってくれているからだ。


 左手に下げた鞄には財布やハンカチ、それから高回復薬ハイポーションと解毒薬が入っている。


 この薬は私が手ずから調合して作ったものだ。

 聖女の力は失ってしまったけれど、私はなんとか皆の役に立ちたかった。


 この二日間、特に何もすることがなかった私はエミリオ様にお願いして客室に器具を運び込み、簡易工房として使わせてもらった。


《黒の森》で花精霊たちに「コレハ キズニ キク」と聞いた三種類の薬草を全て取り寄せてもらい、薬研ですり潰して濾した。

 同じように、「コレハ ドクケシ ニ ナル」と聞いた四種類の薬草をすり潰し、布で濾して液体だけにした。


 自分の左腕に軽い傷をつけた後、私は傷に効くという三種の液体を混ぜ合わせて飲んでみた。

 傷は塞がったけれど、薬草だけを合わせた液体はとんでもなく不味かった。


 味を変えるべくあれこれ試した結果、ブラックベリーとハチミツと特定の紅茶の葉を入れると苦みが相殺され、「不味いけれど飲めなくもない」回復薬が完成した。


 同様にして解毒薬も作った。


 騎士団に協力を要請し、訓練で軽傷を負った人に回復薬を飲んでもらうと、傷はみるみるうちに癒えて消えた。


 重傷を負い、診療所の寝台で呻いていた騎士の口に祈るような心地で含ませてみたところ、騎士は起き上がった。

 見ていた全員が驚いた。もちろん私も驚いた。


 私は回復薬ポーションを上回る性能を持つ高回復薬ハイポーションを開発をしたと拍手喝采を浴びた。


 噂を聞きつけたらしく、謁見の間に呼び出され、国王陛下から直々にお褒めの言葉もいただいた。


 傷に振りかけるのではなく経口摂取するとは画期的だ! と賞賛され、そこにいた薬師たちにこぞってレシピを聞かれたため、私は包み隠さず全てを教えた。まだ試作段階の解毒薬のレシピも。


 特許権を取得するかと聞かれたけれど、私は首を振った。


 これは心優しい精霊たちから教わった知識です。全ては女神レムリア様の導きですので、どうかこの国のために役立ててくださいと言うと、国王夫妻や薬師たちは感動していたようだった。


「あ。おはよう、リーリエ」

 馬車の前には既に三人が集まっていた。


 三人とも眠そうだ。よく見れば、うっすらと目の下に隈ができている。

 急遽一ヶ月も休暇を貰えることになり、その休暇を存分に満喫するために各々必死で仕事を終わらせたのだろう。


「おはようございます」

「持つよ」

 物凄く眠そうなのに、こんなときでもフィルディス様は紳士だった。私の手から鞄を取り上げ、不思議そうな顔をする。


「結構重いな? 何が入ってるんだ?」

「聞くなよ。乙女の荷物だぞ」

 ルーク様がフィルディス様のわき腹を肘で小突いた。


「ああ。そうか、すまない」

「ごめんな、リーリエ。こいつ、この二日間、ほとんど不眠不休で溜まってた書類仕事を片付けたせいで頭が回ってないんだ。非礼を詫びるよ」

「いえ、大丈夫です。重いので不思議に思われるのも当然ですよ。鞄の中身は高回復薬ハイポーションと解毒薬です。いざというときのために持ってきました。解毒薬はまだ誰にも試したことがないので、効くかどうかはわからないのですが……」

「ああ、そういえば凄い薬を開発したんだってな。凄いな」

 疲労のあまり、フィルディス様の語彙力は失われてしまっているようだ。

 深く澄んだ蒼の瞳にはいつもの輝きがない。まるで死んだ魚のよう。


「あらら、どうやら三人とも疲れ切ってるみたいだね。お喋りは止めて出発しよう。三人とも、先に乗って。そこの二人、毛布を持ってきてくれる? 一応全員分」

 エミリオ様は三人を馬車に乗り込ませ、侍従に命じて大至急毛布を持って来させた。


「はい、使って。無理せず寝なさい。有事の際には叩き起こしてあげるからさ」


 薄い毛布を受け取って三人に配った後、エミリオ様はステップの最上段に足を掛け、私に笑顔で手を差し出した。


「お手をどうぞ、お姫様」


 ……馬車に乗るだけだというのに、少々過保護のような気がする。


 でも、こんな風に優しくされるのはありがたくて、嬉しい。自然と私も笑顔になる。


「ありがとうございます」

 手を重ねると、エミリオ様は私の手を力強く握り返し、ぐいっと引っ張って私の腰を抱いた。


「!」

 大きな音を立てて心臓が跳ねた。


 離れていた半年の間に春生まれのエミリオ様は一つ年を重ね、現在は十六歳になられたはず。


 それでも彼は一つ年下なのだけれど、その手は骨ばっていて、私より大きくて――ああ、男性なのだなぁと、当たり前のことを実感した。


 頰が熱い。

 腰に回された彼の手を、妙に意識してしまう。


 エミリオ様に補助され、ドキドキしつつ座面に座ると、外から扉が閉められた。


「行ってらっしゃいませ」

「良い旅を」

「素晴らしい日々になるよう祈っております」

 早朝だというのに見送りに来てくれた人たちが手を振っている。その中には私の世話役の侍女たちもいた。


「ありがとうございます。行ってきます」

 馬車の窓越しに手を振り返す。


 そして、私たち五人を乗せた馬車は走り出した。

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