16:まさかの勅命
「父上。ご下命に従い、エミリオが英雄騎士たちとリーリエを連れて参りました」
「入れ」
落ち着いた声が扉の向こうから聞こえた。
「失礼致します」
私は乾いた喉に唾を送り込み、緊張しながら、エミリオ様に続いて入室した。
大きなテーブルの上座に国王夫妻が並んで座っている。
ガレイダスは深い威厳に包まれた、今年で四十五歳になる金髪碧眼の男性。
その隣に座る王妃スカーレットは黒髪赤目の美しい女性だった。
私はこの国の作法通りに一礼し、エミリオ様の隣に座った。
同じように挨拶を済ませ、私の向かいにフィルディス様たち三人が座る。
「リーリエ・カーラック嬢。メビオラでは災難だったな。辛い日々を耐え忍び、ユーグレストによく来てくれた。君には大勢の兵士や民が救われた。たとえ《聖紋》の輝きは失われようとも、それは君が身を粉にして尽くしてきた結果であり、誇るべきことだ。私は君を心から歓迎する」
ガレイダス様の声は労りに満ちていて、危うく涙腺が崩壊しそうになった。
同じ国王という肩書を持つ人であっても、メビオラとユーグレストではその度量に天地の差があった。
エミリオ様は私の隣で微笑んでいる。
それはどこか、偉大な父を誇るようでもあった。
「ありがとうございます、国王陛下。身に余るお言葉です。もはや聖女として働くことは叶いませんが、それでも、出来る限りこの国の力になりたいと思っております」
「うむ。ところで、エミリオは君と結婚したいらしいが、君はエミリオをどう思っているのかな?」
国王らしからぬ砕けた口調で訊かれて、私は頬を朱に染めた。
横からエミリオ様の視線を感じる。
本人の前で素直な気持ちを吐露するのは多大な勇気が必要だった。
「この上なく素敵な方だと思っております。黄金に輝く竜を勇ましく駆り、私のために命を賭して《黒の森》に駆けつけて来てくださったそのお姿は、まるで伝説の勇者様のようでした。《銀獅子宮殿》においても実に快適な環境を提供してくださり、もはや感謝の言葉もございません。しかし、その……結婚したいかと問われますと……私には勿体ないほどのお方でして……さらに、有難くも、同時に他のお三方にも求婚されており……これは一体どうしたものかと……私の心は千々に乱れるばかりです」
しどろもどろに、それだけ言うのが精いっぱいだった。
「なるほど。確かに同時に四人に求婚されてはすぐに返答するのは難しいだろうね。生涯の伴侶となる人なのだから、慎重に選ばなくてはならない。相手次第で結婚生活は地獄にも天国にも変わる。幸い、私はスカーレットという最高の伴侶を得ることができたが、彼女のおかげで毎日が薔薇色だよ」
「まあ。それはわたくしの台詞ですわ、陛下。遠い国から嫁いできて、不安でいっぱいだったわたくしを、あなたは海よりも広い心で包み込み、何よりも大事にしてくださいました。わたくしの望み通り側妃も作らず、わたくしだけを愛してくださいました。あなたはわたくしの太陽ですわ。失っては生きてはいけません」
見つめ合い、微笑み合う二人。
ユーグレストの国王夫妻の仲は良好らしい。
メビオラとは大違いだ。あの国では国王が妃に若さを求めて何人も愛人を作るものだから、夫婦仲は最悪だった。
「息子の目の前で堂々といちゃつかないでください、父上。どうか国王である自覚を持ち、話の続きをお願いします」
慣れているらしく、どうしたものかなこのバカップルは……という顔で、エミリオ様が促した。
「ああ、ごほん――カーラック嬢は四人に求婚され、返答に窮しているのであろう?」
ガレイダス様はきりりと表情を引き締め、国王らしく振る舞ってみせたが、色々と手遅れである。
「そこで一つ私から提案だ。この四人には一ヶ月休暇を与える。カーラック嬢はこれから一ヶ月、サルペント離宮で四人と共に暮らし、誰を伴侶とするのか結論を出せ。誰も相応しくないと判断したのなら、誰も選ばないという結論でも構わぬ」
…………えええええええええ!!?
まさか口に出すわけにはいかないため、私は胸中で素っ頓狂な叫び声をあげた。
離宮で五人暮らし!?
なんですかそれは!?
「陛下。これから一ヶ月もの間、サルペント離宮で暮らせということでしょうか? おれたち五人だけで? 本当に?」
唖然とした表情で質問したのはフィルディス様。
誰にとっても予想外の提案だったらしく、他の皆も目をぱちくりしていた。
感情が素直に表に出るルーク様は目と口を丸くしている。
「心配は無用だ。王宮より人数は少ないが、離宮にも使用人はいる。自由に使え」
裏を返せば、監視の目があるから好き勝手するなよ、ということだ。
「父上。サルペント離宮の改修工事がまもなく終わるのは知っていますが、何故わざわざ遠い離宮に行く必要があるのですか? 互いを知るために五人で共同生活を送れというなら、ぼくの《銀獅子宮殿》で暮らせば良いのでは?」
エミリオ様は眉をひそめている。
「王宮では大勢の人間から好奇の目を向けられてしまうだろう? 彼が良い、彼は駄目だなどという勝手な評価を吹き込まれては、カーラック嬢が正常な判断力を失ってしまいかねない。第三者の不要な干渉は極力排除すべきだ」
「……それはそうかもしれませんが……」
どうも腑に落ちない。そんな顔のエミリオ様に、ガレイダス様が言った。
「ちなみにこれは勅命だ」
さらりと告げられたその言葉は、異を唱えれば死刑であることを意味していた。
◆ ◆ ◆
騎士たちが去った後、第二会議室には国王夫妻だけが残った。
「陛下。サルペントというと、黒い噂の絶えない例の商会の拠点がある場所ですわね。休暇と言いながら、騎士たちを働かせるおつもりですか?」
優雅に紅茶を飲みながら、王妃が言った。
「さて。何のことかな」
「ふふ。悪いお方」
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