07:王宮にて

 ギュレットは私たちをユーグレストの王宮まで運んでくれた。

 高い城壁に囲まれた王宮は、まるでそれ自体が巨大な街のようだった。


 ユーグレストには過去に二回ほど行ったが、王宮を訪れるのは初めてだ。

 それも、竜の背に乗り、こんな上空から見下ろすことなんて。きっとこの先二度とない。


 好奇心に目を輝かせ、あれは何、これは何、と指さしながら尋ねると、エミリオ様は図書館、博物館、歌劇場、魔法研究所等々、一つ一つ丁寧に教えてくれた。


 王宮の外周区域は一般開放されているらしく、大勢の人々が行きかっている。

 なんという活気だろう。メビオラとは大違いだ。


 立派な門の上を通過すると、あれだけ多かった人通りは嘘のように消えた。


 完璧に整備された庭園。

 その中心に、この国で有数の歴史を持つ白亜の王城が聳え立っている。


 武器を携えた門番や兵士たちを見て、ここが王宮関係者以外の立ち入りを禁じられた神聖な場所であることを肌で感じ、私は唾を飲んだ。


 ちらりとエミリオ様を見れば、彼は「何か?」とでも言いたげに小さく首を傾げた。

 やはり彼はここで生まれ育った王子だった。


 フィルディス様も特に緊張している様子はない。

《英雄騎士》たる彼は、過去に何度か出入りしたことがあるのだろう。


「エミリオ様。私はこのまま王宮に行っても良いのでしょうか。聖女だった頃ならまだしも、いまの私は一般人……いえ、メビオラでは罪人扱いされています」

「何をいまさら。大丈夫だよ、父上の許可は取りつけてある。というより、父上が君を連れて来いって言ってるんだから何も問題はないよ」

 エミリオ様は笑って、右手の三階建ての建物を指さした。


「ほら、あれがぼくの宮殿いえ。これから君が暮らすことになる《銀獅子宮殿》だよ」




「何はともあれ、まずは入浴したいだろうから」というエミリオ様の計らいにより、私は三日ぶりに入浴することができた。


 森であれほど渇望していたお湯が、なんとここでは使い放題!


 ああ、文明とはなんとありがたく、素晴らしいものなのだろう。

 私は薔薇の花びらが浮かぶ大理石の浴槽の中で、エミリオ様のお付きの侍女に身体を洗ってもらいながら静かに感涙したのだった。


 入浴後には薄桃色の可愛らしいドレスを着せてもらった。


「終わりました。いかがでしょうか」

 身支度を整えるべく私を囲んでいた侍女たちが一歩下がり、具合を問う。

 鏡台の鏡の向こうから自分自身が見返してくる。


 ぱっちりとした琥珀色の目。

 薄く紅が引かれた薔薇色の唇。

 肩口で切り揃えた真っ白な髪には花の髪飾り。


 薄桃色のドレスに包まれた胸は、大きくも小さくもない。

 平均的なサイズだと思う。

 そのおかげなのか、用意されていた下着やドレスは私にぴったりだった。


「完璧です。ありがとうございます」

「良かったです。それでは、食堂へお行きください。お食事の準備ができております」

 言われた通りに食堂へ向かうと、飾りつけられた長方形のテーブルには料理人が腕を振るったであろう料理の数々が並んでいた。


 どれもこれも美味しそうだが、こんなに広いテーブルで一人食べるのは少々寂しい。


 エミリオ様とフィルディス様はいまどこで何をしているのだろう。


「あの――」

「どうぞ、お座りください。リーリエ様」

 彼らの所在を尋ねようとしたら、侍従が恭しく椅子を引いてくれた。


「……ありがとうございます」

 言葉を飲み込んで椅子に座り、食堂の壁際にある柱時計を見る。


 時刻は夕方五時。

 夕食には早い時間だ。


 でも、この三日間、まともな食事を摂っていなかった私の腹は、さっきからぐうぐう鳴っている。

 早く食べさせろ! と空っぽの胃が訴えていた。


 ……よし。エミリオ様たちのことを聞くのは食べてからにしよう。


 こんがり焼けた肉や魚はほかほかと湯気を立て、香ばしい匂いを放っている。

 冷めないうちに美味しく食べねば、食材にも料理人にも失礼だ。


「いただきます」

 私はナイフとフォークを手に取り、欲望のまま肉にかぶりついた。

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