08:三人同時に求婚ですか!?

 思わず泣いてしまうほど美味しかった食事を終え、続いて向かったのは居間。

 侍女に案内されて扉をくぐる。


 シャンデリアが吊り下がる煌びやかな居間では懐かしい四人が勢ぞろいしていた。


 天鵞絨張りのソファに座っているのはエミリオ様とフィルディス様。

 紅茶や菓子が用意されたテーブルを挟んで、その向かいに座っているのは二人の騎士。


 一人は燃えるような赤い髪に赤い目を持つ、精悍な顔立ちのルーク・クレセント様。

 フィルディス様と姓が同じなのは、彼らが同じ王都のクレセント孤児院の出身だから。


 最後の一人はこげ茶色の髪に金色の瞳のギスラン・フレイン様。

 彼はフレイン公爵家の次男で、その美貌により多くの婦女子を虜にしてきたらしい。


「ルーク様! ギスラン様! お久しぶりで――」

「リーリエー!!」

 私が言うよりも早く、ルーク様がすっ飛んできて私を抱きしめた。

 予想外の行動に、私の顔はトマトのように赤くなった。


「無事で良かったー!! エミリオにリーリエが《黒の森》にいるって聞いたときは心臓が潰れるかと思ったわ!! オレも助けに行きたかったんだけどさあ、皆で行くと重量でギュレットが遅くなるって言われて泣く泣くギスランと留守番してたんだ! 本当に本当に行きたかったんだぜ!? 信じてくれるよな!?」

 抱擁を解いて私の両腕を掴み、ルーク様は泣きそうな顔をしている。


 これが演技だとは到底思えない。

 本当に私を助けに来てくれるつもりだったんだ。


「はい」

 感謝を込めて微笑みながら頷くと、ルーク様はぱあっと笑顔になった。


「良かった!」

 ルーク様はまた私を抱きしめようとしたけれど、エミリオ様とフィルディス様が左右から肩を掴んで止めた。


「ちょっと。何してるの」

「リーリエに抱きつくな」

 二人の声と表情はとても冷たい。


「ああっ! まだ二回目の抱擁してないのに!」

「しなくていいでしょ。一回で十分だよ」

 ルーク様はエミリオ様とフィルディス様の手により、強制的にソファへと戻された。


 私は勧められるままエミリオ様の隣に座った。

 王子の隣に座って良いのだろうかとは思ったけれど、断るほうが失礼にあたるだろう。


「久しぶりだなリーリエ。無事で良かった」

 ギスラン様は落ち着いた口調で言って、淹れ立ての紅茶を私に出しながら微笑んだ。


 え、笑った!


 ギスラン様は基本的に無口で無表情。感情豊かなルーク様とは対照的に、無愛想で冷静沈着なお方だ。


 彼が笑うのは非常に珍しく――それだけ私の無事を喜んでくださっているのだとわかり、胸の奥が温かくなった。


「はい。ありがとうございます、ギスラン様。本当にお久しぶりですね。『魔胎樹討伐戦』から、もう半年になりますか……あ、美味しい」

 ギスラン様が淹れてくれた紅茶は甘くて、私好みだった。


「リーリエが甘党なのは知っているからな。砂糖を入れておいた」

「ありがとうございます」

 それから私たちは紅茶を片手にしばらく談笑し、互いの近況を報告し合った。

 会話が途切れた拍子に、ルーク様が言った。


「それにしてもさあ。メビオラの連中は揃いも揃って大馬鹿だよな。リーリエが妹を毒殺なんてするわけねーのに」

「全くだ」

「あり得ないよね」

 口々に肯定する皆を見て、目頭が熱くなる。

 ここにいる人たちは全員、私の無実を信じてくれた。


「カイムもムカつく。聖女じゃなくなったから婚約破棄って、なんだそれ。暗殺するか? いっそメビオラごと滅ぼすか?」

 ルーク様は暗黒のオーラを放ちながら背中を丸め、パキポキと指の骨を鳴らした。


「うん。要らないね、あんな国」

「やるか」

「付き合おう」

 エミリオ様が頷き、フィルディス様もギスラン様も同意した。


「ちょっと待ってください!! 一人で一個師団に匹敵するあなた方英雄騎士様が言うと洒落になりませんから!!」

 私は慌てて止めた。私を追放した人たちに思うところはあるけれど、無関係な国民を巻き込むわけにはいかない。


「でもマジでムカつく……リーリエには悪いけど、エヴァも正直、殺してやりたい……」

 ルーク様からは暗黒のオーラが放たれたままだ。


「ルーク様。私のために怒ってくださってありがとうございます。そのお気持ちだけで十分です。私の無実を信じてくださり、本当にありがとうございます」

「お、おう」

 微笑むと、ルーク様は急に落ち着かなくなった様子で頭を掻き、視線をあちこちに転じた。


「どうされたんですか?」

「えー、こほん。なあ、リーリエ。婚約破棄されたってことは、いまリーリエに恋人はいないってことなんだよな?」

「? はい」


「じゃあさ。そのお……好きな人とかいないわけ?」

 前かがみになり、窺うような目でルーク様が私を見る。

 他の皆も同じように、じっと私を見ていた。


 な、なんで皆、そんな怖い顔で私を見ているの?


「はい。特に好きな人はいませんが……」

 戸惑いつつも答えた。とたん。

「やった!!」

 ルーク様は何故か嬉しそうにガッツポーズし、それから真顔になって言った。


「じゃあオレと結婚しない?」


「へ?」

 間の抜けた声が口から洩れた。


「あー! ずるいぞ、ルーク! 抜け駆けはナシだって言ったでしょ!?」

 私の右横から待ったをかけたのはエミリオ様だ。


「リーリエ、ぼくと結婚して! 絶対幸せにするから!!」

「は?」

 エミリオ様に右手を掴まれて、私は瞬きの回数を増やした。


 エミリオ様はまっすぐに私を見つめている。

 からかっているようには……とても見えない。


「え? いえ、あの――」


「リーリエ。おれもリーリエのことが好きだ」

 混乱していると、フィルディス様が私の斜め前に跪き、私の左手を握った。


「昼間、精霊に言った言葉は嘘じゃない。リーリエを幸せにするために全力を尽くすと約束する。どうかおれの妻になってくれ」


 私の手を強く握り、私を見上げるフィルディス様の顔は至って真剣だ。


「………………」

 まさかあなたもですか? という顔でギスラン様を見ると、ギスラン様は無言で首を振った。


 ですよね! ギスラン様が私のことを好きなんて、そんなわけないのに、調子に乗ってすみませんでした!!

 私は頰が熱くなるのを感じつつ、三人に視線を戻した。


「あの。えっと? 皆さま、どうか落ち着いてください。一体どうされたんですか。何か悪いものでも食べてしまったのでは……もしかして、毒でも盛られましたか?」


「違うって。オレは本気だよ。どうしたら信じてくれる?」

 ルーク様が立ち上がり、ソファの後ろに回り込んで私を抱きしめた。


「好きなんだよ、リーリエのことが。どうしようもないくらい」

 耳元で囁かれ、ルーク様の吐息がこめかみにかかる。


「――!!!」

 急激に頬の温度が上昇。それに伴い、思考が停止した。


「ああああ!! ちょっと、ルーク!! 何してるんだよ、一度ならず二度までも!! リーリエはぼくのなんだから触るな!!」

 ルーク様をまたも引っぺがし、エミリオ様が横から私を抱きしめる。強く。


 もう私の頭の中は真っ白。


「いつリーリエがエミリオのものになったんだ!? リーリエから手を離せ!! そういうのはリーリエの許可を取ってからにしろ!!」

 怒ったのはフィルディス様。


「えー? いいよね、リーリエ。ぼく王子様だし。王子権限で」

 エミリオ様は私に頬擦りした。ふわふわした金髪が私の頬をくすぐる。


「それはいくらなんでも卑怯だろう!! 権力を笠に着てリーリエに好き放題する気か!?」

「そうだ、ずるいぞエミリオ!! オレもリーリエに頬擦りしたい!!」

「――――!!」

「――――!!」


 ギャアギャア騒ぐ皆の声を聞きながら――私の意識は遠のいていった。

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