05:国宝級の美形二人

《ダイ ジョウブ?》《ダイジョウ ブ?》

 精霊たちの声が耳元でする。

 泣く私を心配し、寄ってきてくれたらしい。


「……ええ、大丈夫。もう、きっと大丈夫……」

 手の甲で目元を拭う。

 それでも、涙は後から後から溢れて止まらない。


 私は何を弱気になっていたのだろう。

 生きてくださいと、戦場で倒れた兵士たちを必死で鼓舞してきたのは他ならぬ私だ。


 生きたい。生きなければ。なんとしてでも。


「……エミリオ様。私は、言っても良いでしょうか。助けて、という言葉を。恐れながら、一国の王子でおられるあなたに、言っても、良いでしょうか……」

 ひっく、としゃくり上げながら言うと。


「いいに決まってるでしょ?」


 足音と共に、懐かしい声が聞こえた。


「!!?」

 驚愕して顔を跳ね上げる。

 洞窟の入り口に二人の男性が立っていた。


 一人は中性的な顔立ちをした、金髪碧眼のエミリオ様。

 もう一人は漆黒の髪に、深い海を思わせる青い目のフィルディス・クレセント様。


 系統は違えど、二人とも頭に『超』がつくほどの美形である。

 二人が濡れていないのは、エミリオ様が風の魔法で雨を弾いていたからだろう。


「やあリーリエ、久しぶりだね。お望み通りに助けに来たよ、お姫様?」


 悠然と歩み寄ってきたエミリオ様は私の左手を取り、手の甲にキスを落とした。実に滑らかな動きだった。


「………………」

 目に映る現実が信じられず、私は、呆然。


「はい。あげるから返さなくていいよ」

 ひたすら固まっていると、ハンカチを渡された。


 ハンカチを渡されたことで我に返り、さーっと音を立てて顔面から血の気が引いていく。


 大泣きしたせいで、私の顔面はぐちゃぐちゃに乱れている!!

 エミリオ様も、よくこんな情けない状態の私の手を取ってキスをしたものだ。


「すっ、すみません! ありがとうございます!!」

 慌てて顔を拭いている間に、フィルディス様が近づいてきた。


「リーリエ。無事で良かった……いや、本当に無事か? 頼む。よく顔を見せてくれ」

 フィルディス様は私の右隣に跪き、懇願するようにそう言った。


「か、顔ですか? い、いまはちょっと……目も腫れていますし、もう少し後にしていただきたく……」

 国宝級の美形二人に挟まれた私は激しく狼狽した。


「その、できればお二人とも、私に近づかないでいただけませんか。恥ずかしながら、もう三日も入浴できていないので……臭うと思うのです……」

 可能な限り身を縮め、蚊の鳴くような声で言う。きっと、私の顔は真っ赤だ。


「そんなのおれは気にしない」

 フィルディス様は真顔で即答。


 いやいや、私が気にするんですよフィルディス様!!

 お願いですから、察してください!?


「いや、ぼくも気にしないけどね。リーリエがそう言うなら。ほら、フィル。忠犬みたいに跪いてないで、こっちにおいで。リーリエが無事なのは見ればわかるでしょ。レディの要求には素直に従うものだよ」

 エミリオ様はフィルディス様の腕を掴んで引っ張り、適切な距離まで下がってくれた。


「すみません。お二人とも、わざわざ助けに来てくださって本当にありがとうございます。まさかこんなに早く来ていただけるとは思いませんでした」

 私は立ち上がり、深々と頭を下げた。

 

「どういたしまして。大変だったね、リーリエ。まさかこんな酷い目に遭ってるとは夢にも思わなかったよ。こんなことなら四六時中《蝶》を張りつけておけば良かったなあ。気づくのが遅れてごめんね」

 エミリオ様が一瞥すると、私の傍を飛んでいた虹色の蝶が消えた。

 私と合流したことで役目を終えたため、エミリオ様が消したのだ。


「そんな、謝らないでください。エミリオ様が謝られる必要などありません。そもそもユーグレストとは関係ないメビオラでの出来事ですし、たとえ私がどんな目に遭っていようと助ける義理も理由もないではありませんか。それでもエミリオ様たちはこうして助けに来てくださいました。私は本当に感謝して――」

 洞窟のすぐ近くで魔物の咆哮が轟き、全員の顔に緊張が走った。


 犬の遠吠えのようにも聞こえたけれど、《黒の森》はただの犬が無事生き抜けられるような生易しい環境ではない。


「うわ、やばっ。いまの、レッドウルフの声だよね? 竜を見て興奮したのかも」

 レッドウルフは赤毛の狼のような三つ目の魔物。

 見た目は狼に似ていても、その運動能力は桁違い。

 常時五匹以上の群れで行動する彼らに狙われたら、馬の足でも逃げ切ることは不可能。

 肉食の彼らにとっては、人間などただの餌だ。


「竜? もしかして、竜を駆って来てくださったんですか?」

「うん。空を行くのが一番早いからね、父上に頼み込んで最速の黄金竜を借りたんだ――って、話してる場合じゃないよ! 逃げよう!」

「もう遅い」

 フィルディス様が言うや否や、赤い何かが次々と洞窟に飛び込んできた。


 あまりにもレッドウルフの動きが早すぎて、私には何が何だかよくわからなかったけれど、フィルディス様の目は正確に捉えていたらしい。


「凍れ!!」

 フィルディス様が叫ぶ。

 同時に、洞窟の入り口付近――辺り一帯が丸ごと全て凍りついた。


 いまにも動き出しそうな、躍動感のあるレッドウルフの氷像が七つもできた。

 まるで冗談のような光景。

 肌寒かった洞窟内がさらに冷え、ワンピース一枚しか着ていない私は腕を撫でた。

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