第7話 一方的な 歪んだ愛情

早速、何か情報を得たい所だ。けれど、

今の僕には思い出の場所といった情報はほとんど無い。

何か頼れるものは…

頭に上がる何かはひとつもなかった。

このまま何も出来ないまま終わるのかと思うと、重りが背中に乗ってくる。

そういえば、携帯。

荷物の中を漁り、携帯を触ろうと思ったものの、見当たらない。

そもそも携帯って最初から無事だったのか?

荷物をざっと入れた箱を渡されただけだったので、そもそもどうなっているか知らなかった。

このまま探すか…

それから、早30分は粘ったのではないだろうか。それぐらい必死に探しまくった。

しかし、それとは裏腹に展開は広がる事をしなかった。

溜まる鬱憤。けれど、携帯は姿を隠す。

季節にはにつかないくらいの量の汗を纏い疲労に満ちた。

動かせるもの等全て動ごかして探したからだ。戻すのは退けるのと同じくらい大変だったのだ。

一旦やめた。

時計を見ると1時間半経っていた。

コンコン。

「こんばんは。ご飯お持ちしました。」

「ありがとうございます!」

「何だか、綺麗になりました?」

笑い声を上げる看護師。

それを見ても、以前みたいに満足を感じることは無かった。幸福が僕から消え去ったのを感じた。

「へへ、ちょっと携帯電話を探してまして」

軽く笑いながら答えてみる。

「あぁ、神崎さんの携帯は壊れましたよ。事故の影響で。」

「えっ、そうだったんですか?」

目を丸く開ける。

「伝え忘れていたのかもしれん。ごめんなさい。」

「いえ。大丈夫です。」

「何か、携帯でしようとしていたのですか?ゲームとか?」

何も理解出来ていない様子で聞いてくる。

「携帯で、彼女の事について、分かればいいかなって思って、それに、写真とか。最低でも名前くらいなら分かるかもしれないなって。」

思わず饒舌になってしまう。

「彼女さんなら、きっと元気でやってますよ。」

無責任な言葉をそのまま受け止めるほど心の傷は癒えていない。

「そうですかね。見舞いにすら来てくれていない時点で、僕はかなり心配してますよ。」

自然と声が低くなった。

「色々あるのかもしれませんね。向こうにとって今のあなたはなにか不都合な存在か。」

腑に落ちる事はなかったが。他に考えがなかった。しれぬ不安に囚われるだけだった。

「少なくとも、親にだけでも会えたなら良かったのに。親すら来てくれてないし、連絡もしてくれない。酷いと思いません?」

その時、彼女の顔は少し強ばった。

僕の中のパスワードのピースはまたひとつ落ちていった。

顔をしかめた後、

「ごめんなさい。」

あえて、言葉を返さない。

「…」

「あぁぁぁ。もう。疲れた。」

「どういう意味ですか。」

もう限界。僕ばっか辛くなって。

どうして。こんなに周りを気にしていきているのに。裏切り。

そして、人が傷つき僕から離れてく。せっかく事故を起こしたのにな。

1度傷ついたものは更に強くなるんじゃないのかよ。

意味はもう分かりきっている、けれど、今度はあえて聞き返してみる。

一種の鎌掛けとして。

そして、僕の物にする為に。

固定してしまえばもう離れることは出来ない。もう、話さない。

もう、俺を裏切らせない。

「ひひ。」

「何故、私を笑うんですか?」

どうやら、自然と口角が上がってしまっていたらしい。

「あんたはハッキリとしねぇな。しょうもねぇ人生でも生きてんのか」

ちっ。どいつもこいつも。

「えっ…?」

「ぼんやりと生きて、周りに囚われて。

目的なんて無く。アイツみたいで嫌いなんだよ。」

あぁ。久しぶりにあいつが頭に出てきてイラッとする。

「あいつって?」

「太陽だよ。いつもいつも周りの評価ばっかり気にしやがって。」

彼女は力が抜けたのように座り込んでいる。

「他の奴らだって、誰かの為にやってるってのに。情けねぇな。」

この感覚。へへ。

「自分の意思貫いみろよ。お前の目的って何だ?何もねぇか?」

嘲る。止まらない。最高の気分だ。

自然と後ろめたい気持ちがない。

彼女の目が少し反射するように光る。

「自分が情けねぇのか?それがお前にとっての正義か?自己保身か?」

「そうですよ。」

彼女は鼻声を上げる。

「そうですよ?ハッキリしてくれねぇか?

どっちだよ。伝わんねぇんだよ。」

声を荒らげる。

「自己保身ですよ。」

彼女も怒鳴り声をあげる。

「あなたが搬送されてきて。治療をして。

担当にされて。ありえないでしょ?こう見えてもまだ、勤めて2年くらい。仕事には慣れてきたけど、私には重すぎる。 上司に聞いてみたら、それくらい耐えてみなさいよ。いずれ、経験する事。だって。」

彼女の顔は汚れていた。黒いシミを纏っていた。濁った眼差しから流れた黒い涙が床に滴る。

「その時は、受け止めて、元気になって貰えるように頑張ろうだなんて思ってた。

それから、あなたが重症化したって。

精神的にも辛かった。チラつく責任。そして、罪悪感。

尽くして、尽くして尽くす。そして、元気する。それが仕事。

なのに、悪化させてしまったかのような心理が私を襲う。限界だった。大分。

上司にもう一度頼んだ。もう変わってくれって。そして、教えてくれた。

あなたの彼女が希望したんだと。

まっさらな人に担当させて欲しいって。

何故、私が選ばれたんだって。私も問い詰めた。もうこの際上司とか気にしていなかった。上司も受け入れてくれていたから。

そしたら、少人数でいいから私の知ってる人も近くに置いて欲しいって言われた。

それだけじゃよく分からなかった。

だって、勤めてベテランというほど情報がある訳じゃないから。

何が言いたいんですか?って。尋ねてみたの。そしたら…そしたら…」

彼女の肩は震えていた。獣みたいに張り詰めた声。クシャクシャになった声が部屋に響いた。

「私は彼の恋人の姉だって。」

彼女は近くの棚を叩いた。

そして、花瓶が割れた。中の水は彼女の涙と混じり合う。

「神崎さんの姉だって。」

彼女は狂っていた。溢れ出していた。

火山の噴火のように。

想いのままにぶつけている。

「アッハッハッハッハッ」

その場はまさに修羅場だった。

阿鼻叫喚。怒り狂った看護師がただ暴れている。それに対して、悪魔のように笑う男が1人。

もう、僕は僕でない。もう1人の自分が僕をめちゃくちゃに操作する。

ただ、もう1人の自分がいる事を認識する「僕」もいる。

こんな感覚は初めてだった。

そして。眠っていた苦い思い出が頭の中に、蘇った。全てのこと、物が蘇った。

気分が悪い。吐き気がする。

そして、僕の目の前はふらついた。段々と電池の残りが少なくなって、消えかけているかのようだ。苦しくはない…と思いたい。

フラッシュアウトした後、徐々に目の前が消えていく。

力が抜ける。前回の二の舞か。

あぁ…せっかく退院目前だったのに。

あぁ…あの頃を思い出したかった。

病院生活に逆戻りか。

どうして君は僕から遠ざかるのか。

決して冷めないように。1緒に1つでいられるように。

目の前の白衣の天使は悪魔に貶められ、膝を落とす。

そこに、音を聞き付けやってきた人々は落ちぶれた天使に駆け寄る。その惨状や彼女の発言から、暴露した事を察したのだろう。

みんな朦朧とし、ふらふらしている悪魔を見る。

まるで、化け物を見ているかのように。

もう…限界。

視界が暗闇に落ちた。

「しっかりしろ。大丈夫か?神崎!いや…」





「佐藤」

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