第6話 盲目の中で、散りばめられた真実

朝日が差し込み明るくなった病室。


い毎朝の如く朝ごはんが見慣れた看護師によって運ばれてくる。

「おはようございます!」

満面の作り笑みをみせる。

「おはようございます!」

看護師さんも同じように笑みを返す。

「神崎さん、後で、身体の状態の確認しますよ。」

「はい!」

「と言っても、もう慣れましたかね」

冗談めいた口調でおちゃらける看護師さん。

僕の右手は疼いていた。そろそろ我慢の限界だった。

そこで、

「すみません。本当に無理を承知何ですけど。紙と筆記用具頂けませんか?貸付でも構いませんから。」

突然、大きな声で頼み込まれた事で、目をまん丸にした看護師は

「あまりの紙ならありますよ?個人的なものですけど。 筆記用具も。筆記用具に関してはまた、返してくださいね。」

優しい顔して貸してくれた。本当に。

世話を焼いている自覚はある。

そのお節介に優しく答えてくれている。

本当に、頭が上がらない。

「はい!」


紙を置き、ペンを添える。

あぁ〜久しぶりの光景だ〜。

何を描こうか。

ひとまず、窓の外の景色でも。

一つ一つの線を丁寧に……と。

バランスも大切に。


あぁ、懐かしい。

色んな記憶が出てくる……はず何だろうな。本当なら。


いい加減受け入れていかないといけないのかな。


そんな中でも絵は出来上がった。

けれど、決して納得のいくものでは無かった。

アンバランス。そして、線の扱いも乱雑だ。

久しぶりだから。そう考えて無我夢中で書いた。

結局納得のいく物は出なかった。

自分からどんどん離れていっていくんじゃないかって。そんな不安は所構わず湧いてきた。

頭を抱え込み俯いていた時、

「神崎さん。」

ハッとして早々と後ろを振り向く。

「そこに立っていたのはあの看護師だった。」

約束をすっぽかした彼女。

少し青い顔をしているように見えた。

「行きましょうか。あの、いつもの方は?」

「医師の手伝いに駆り出されているようで、その代わりに私が。」

「あぁ、そうですか。」

ぎこちない雰囲気の中でも時と足は進む。

それしか動いていない。

様子を伺い、あの事についてどちらが切り出すのか、はたまた切り出さないのか。

謎の心理戦が無言の中行われている。

まるで、冷戦のように。

遂に、目的地まで残り少ない距離。

ドアの目の前まで来た。

彼女は神妙な表情を浮かべながら、

ノブに力を込める

「私にだって大切な人がいるんです。」

張り詰めた強い声で発せられたその言葉は俺を迷宮に攫った。

「えっ?」

どういう事なのか。無情にもドアは開かれる。

「あぁ、神崎さんお疲れ様です!」

医師の優しい声は響く。

途端に

頭を軽く下げた彼女によってドアは壁へと変えられた。

「では、健康チェックを行います。」

「え、あっ。」

展開が重なりすぎて、場面の速度についてあけない。

「痛みが残っているなどはありますか?」

「無いです。」

「お体失礼いたします。」

医師は、所々の関節を動かす。

とりあえず落ち着こう。絶えず、動く鼓動を数えながら、息を吸う。冷たい空気で頭を冷やせ。

「最後にレントゲンをを撮らせてください。」

言われるがままに、見慣れた機械に通される。機械から下ろされると。

「終わりです。お疲れ様でした。」

「はい!」

「では、また後で。」

ドアが開く

大切な人?まさか……佐々木さんと何か関係があるのか?

混乱する。やはり。

優先順位はハッキリとしているはずなのに。

俺は何を求めているのか……

佐々木さんか…愛しき彼女か。


余計な事はすべきじゃないのか?

ただ、元気になっただけなのか?

俺が彼女の部屋でソワソワしていて不審に思われたのか?


頭が痛くなってくる。

キャパオーバーだ。

横になりたい。

部屋に入りベットにまっしぐら、

そばに置いたペットボトルの水を沢山飲んだ。

今度はたくさんの汗をかいた。

何だか、疲れた。

「少し寝よう。」

そして、眼前は暗くなった。

アラームを設定した。今から30分後に。


「本当に、自然が好きなんだね。」

真っ直ぐな目をして僕に聞く。

「特に、海と太陽が好きだね。」

できる限りの幸福を入れて言葉を渡す。

「海と太陽ならどっちがいいの?」

「捨て難いけど…やっぱり太陽かな。」

難問を解くような険しい顔つきで、答える。

「えぇ!そうなんだ。 てっきり海かなって思ってたな。」

少々納得のいかない様子の彼女。

「どうして?」

「だってさ、よく海を見て青くて澄んでて綺麗。 っていってたじゃん。」

彼女はちょっと強めに言葉を返す。

「でも、太陽が無いとそんな色ってものを感じられないでしょ?」

「確かに。」

「色に重きを置くなら、確かに海の方が好きかな。だって、落ち着くし。けど、それらを照らしてくれる。感じられるような環境にしてくれているのは太陽が照らしてくれているから。」

彼女は頷く。

「出来事、物事に注目を当てられがちだけど、それを作ってくれている前提に目を向けてみたりすると、また違う解釈が生まれて面白いよ。」

「なんだか、花みたい。」

「あっ、確かに。」

とても腑に落ちた。針穴に一発で糸が通ったような気分になった。

「見た目は美しいのに花言葉では、ちょっと違った意味が込められていたりとか、花の本数によって意味が変わったりとか。」

「バラとかもそうだよね。」

「うん!」

「今の僕らに適する花ってなんだろ。」

「あなたの言ったバラとか?シロツメクサかな。」

「シロツメクサの花言葉ってなんなの?」

「幸運とか約束とか。 他にも私を思って。とか。」

なるほど。

「僕は君と出会えて幸運だよ。」

ちょっとかっこつけてみる。 けど、恥ずかしさの方が大きく少し目をそらす。

「いきなり、びっくりするじゃんか。」

頬を少し赤らめた様子の彼女

「でも、ありがとう。ずっと、私を思っていてね。何があっても私を思ってね。」

真剣で、でも少し甘えるような目で求められる。

「当たり前よ。今の僕には君を守る義務があるからね。」

冷静を装うのが精一杯。 可愛さに僕の心は彼女に既に溶かされていた。 溶液のように、混じり合っている。

「何よ、それ!」

彼女は少し笑っていた。

「でも、ありがとう。信じてる。何があっても貴方が一番幸せになれるように私は動く。」

彼女は僕の手を引き寄せる。

「僕もきっとそうする。」

僕も彼女の手を強く握った。

淡い紅色の空と夕日に包まれて。




耳の傍からなにか言われている。

「可哀想。」

若い2人の声が聞こえる。

看護師かな?

寝ていると思われてるのに、このタイミングで目覚めるなんて最悪じゃねぇか。

「さっさとしなさいよ。」

「分かりましたよ。」

ガラララ

「えっ?」

「何?」

アラームだぁぁ。ナイス。

今だ。

「うっ……?」

がちゃん!

えっ?なんの音だ。

「あんた、何やってんの」

眠くて、だるそうな感じの演技をしながらさりげなく目をやると、

棚にあったものが散らばっていた。

どうやらアラームの仕業だ。

「ごめんなさい」

「いえいえ、驚かせてしまったようで。すみません。」

全員で散らばった物を片付ける。

そして、綺麗に片付いた時、

「神崎さん、来ていただけますか?健康検査について。」

「はい。」

看護師の誘導の下、担当の医師の方のもとに連れられる。

「こんばんは。」

「こんばんは。」

すっかり習慣化した味気ない挨拶を交わした

途端、早速話は始まる。

「単刀直入に言いますと、そろそろ、退院しても良さそうです。」

「えっ!?」

驚きと喜びに混じった声が部屋を轟く。

「ただし、1週間です。様子を見て、このままこの状態が続くのなら認めましょう。」

「分かりました。」

内心ウキウキしていた。しかし、それとは別に何か腑に落ちないモヤモヤが体を支配してくる。

後悔は無いだろうか?

このまま退院などしたらもう、真相にはたどり着けない様な気がした。

「あの、佐々木さんってどうされたんですか?」

「もう退院していますよ。」

そうですか。内心ほっとした。ただ、

僕にはもう1つ気になる事がある。

それを知る為に、

「あの、検査の際に僕を連れてきた看護師の名前って何ですか?」

「あれ、名前を呼びませんでしたっけ?」

「すみません。何も記憶にないです。」

「神崎さんです。」

「彼女も神崎さんっていうんですね!?」

僕の中で、記憶が蘇った。

「神崎さんお疲れ様です。」

あれは、もしかしたら彼女に言った言葉なのか。

自分の事として考えていたことが酷く恥ずかしい。

「あの、佐々木さんと神崎さんとは何か関係があったりするんですか?」

「いや、詳しくは教えられないです。個人の情報ですので。ただ、ひとつ言えるのは彼女たちは"血が繋がった"2人だということです。」

えっと。あの二人が!?事故の被害にあったことの次ぐらいに衝撃的な事だった。

うん?"血の繋がった"2人?まさか、

「もしかして、佐々木さんの苗字って神崎ですか?」

医師の顔から、ほんわかした雰囲気が消え去った。

とても、真剣だった。

「…そうです。私たちはあなたに大きな嘘をいくつもつきました。」

体の血液が凄いスピードで身体中を駆け巡るのを感じる。それとは別に、ふつふつとイライラが湧き出てくる。

「どうして。」

「詳しくは言えない。口止めされてるんだ。勘弁してくれ。ただ、私たちにだって、守るべき大切な人がいるということ。」

「……」

「あなた一人が大切な物を持っているんわけじゃない。」

知らない間に握った拳はいつの間にか、ほどけて震えていた。

枯れた花のように僕の手のひらは力無く、垂れ下がっていた。

僕はそれに気づけなかった。

単純で当たり前の事に。

同じ理由である事。これは、僕が干渉する事は許されない。

僕自身が当事者でありいちばんよくわかっている。

その事を、誰しもが理解している。

「分かりました。」

圧倒的な質表を誇った無力感に僕は潰された。

誰も話さ無いのなら、何をしても同じなのかもしれない。

そもそも、彼女自身はどう思っているのだろうか。

もうどうしたって分かるはずがない。

けれど、姿を表さない。その事実から推測するに、もう僕の事をどうとも思っていないのだろう。

相手の求めていない事。それは、相手を思う気遣いではない。独りよがりの優しさであり、ただのお節介だ。

そっとしておく。これは一番の気遣い、なのかもしれない。

「ありがとうございます。もう。詮索はしないようにします。しばらくは、彼女の事を忘れられそうにないですが。それは絵に書いて全て吐き出そうと思います。泣けるだけ泣いて後は笑顔で過ごせるように。」

知らぬ間に座り込んでいた自分を物を頼りに

起き上がる。重い体をひたすらに動かす。

ああ、ごめんよ……気付いてあげられなくて。

それから、数日間永遠と無いはずの記憶を描き続けた。あの時は、他のどの場面においてよりも画家に近づいていた。そう思う。

そんなある日、身近な物を描く、模写を

ウォーミングアップがてら始めようと志した。

良い題材はないかなと無心で探していると、

ふと花が目に付いた。

恐らく、花が大好きな彼女の影響で最近花について調べたりしていたからかもしれない。

花に興味など持っていなかったはずなのに。

いつも通り、描く。あくまでウォーミングアップ。細かくは書かない。バランス、線使い色味。そんな所を軽く描くだけの作業。

それを様々な角度で5分間みっちり行った。

様々な角度から見る事で分かったのだが、

何故まだか見覚えがあるような気がした。

調べてみると、その花の名前は、シロツメクサ。

「私を思って」「幸運」「約束」そして、「復讐」

ゾッとした。 だって、これを前に見たタイミングはあの、病気が重症化した時だったから。

花言葉を意識されていなかったのならば、

良いんだが。

重症化しても、生き残れたことに対して「幸運」

そんな感じでおかれたのかもしれない。

交通事故。それを含め考えると…「復讐」

それは、背筋を冷やす。

ここの所、大事な人がいる。その理由で、何かをひたすらに隠されている。

だからこそ、恐ろしい。それに、俺は事故以前の事を何一つ覚えていない。欠片くらいならいくつか戻っては来ているが、それが大きなものに繋がったということとない。

だから、何か恨まれていたとしてもその原因の突き止めようもないし、心当たりなど無いのでどうにも出来ない。

「約束」 。「私を思って。」

仮にこれらの意味が僕に意味するとするならば、この花を置いた人はかつて、僕に好意を寄せてた、または何らかの関係を置いていた人。なおかつ、花にある程度知識がある人。

または"好む"人。

今の所で、僕に関係する人。花に興味を持つ人を思い浮かべる。

花が好き? もしかして…彼女なのか?

いやいや。あれだけの事故だぞ。

いや、有り得ない話じゃない。

だって、一緒にいた人だ。 同じ部屋または近い部屋に入れられたっておかしくないんじゃないか?

まさか、この病院の中に居たのか?

そして、花を使って想いを伝えていたのか?

そこで、さっきの夢が意識に割り込む。

「シロツメクサ」、「バラ」

「私を思ってね。"何が"あっても」

手元のスマートフォンのフリックを急いで動かす。

佐々木さんが居なくなったあの日、彼女の部屋の花瓶にはバラが3つ置かれていた。

あの容姿。初めて会った日からずっと、頭や顔には包帯が巻いていたりと彼女の顔を強く見ていなかった。けど、あの木の前で見た彼女は確かに似ていた。

そして、何より彼女も花が好き。

偶然にしては共通点がやけに多い。

検索結果に目を合わせる。

「愛しています」「告白」

僕は彼女に気づいてあげられなかった。

ずっとそばにいてくれたのに。

あの時の会話も全て…

ごめんよ。寂しくさせて。

混じりあった溶液も冷せばまた、再結晶して別れてしまうはず。

けど、彼女は僕からの冷気を逆に温め返してくれた。気持ちはずっとひとつのままだった。

今の僕にできること。それは

「再び彼女に会い、謝って告白し直す事。」その時俺の中で覚悟が決まった。

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