第2話 真実は1つじゃない。

「大丈夫ですか。大丈夫ですか。」

目の前の男性は僕の目を見てそう叫んでいる。いや、そんな気がする。声が出せない。

次は体を強く叩かれ始めた。

全身に力が入れにくい。

指を触られた。その感覚が自然と脳に伝わった。

泣け無しの力を指に伝えると。

「指が動きました先生。」

何やら、女性の声が聞こえた。看護師か?

「そうか!運ぶぞ。」

俺は何処かに乗せられ移動している。

下から、ガタガタと荒い振動が僕を揺らす。

ガラッ。

大きな扉は開かれた。

そして、また僕の過去の記憶は少し消えた。


「はぁっ」

目の前には桜の木。

夕暮れの赤い空。

花と草原の生み出す感触はとても心地が良い。

「あぁ…このままでいたい。」

このまま包まれていたい。

こんなにも満たされているのに、

何故か足りないような気がする。

得体の知れない何か。足りない物。それが何か知りたい。

そして、僕は現実に引き戻された。

無情にもいつまで経ってもこうではいられなかった。

酸素マスクを付けられ、右手には恐らく管を通されている。

頭を動かし周りを見ればわかる。

重症化したのだ。

部屋に対して俺一人しかいない。

小さい花瓶にシロツメクサが。

その近くには、潮風に靡く女性と青い空と海。

あっ…まただ。また忘れかけていた。

僕は君を忘れない。

いや、忘れたくない。

忘れてはいけない。

拳を固く握るように手に力を入れるが今の俺にはそんな力等残ってはいなかった。

目を開けるので精一杯。

恐らく、自然治癒力が僕を回復に導いてくれるのか、くたばるのが先か。そんな所か。

でも、俺は死ねない。こんな、無念だらけの人生のまま死ねるわけが無い。

生き残ってやる。また彼女と会うために。

未だ思い出せない彼女の顔を。また、あなたと過ごした日々を取り戻したい。

けど、事故の事は思い出せない。というか、思い出そうとするとまた記憶が落ちる。

トラウマとして植え付けられてしまっているのか。

はたして無事なのか。それとも

事故にあったのは俺一人だったのか?

何も思い出せない。

いや、思い出そうとしていないのか…。




あれから月日は経った。

いわゆる集中治療室から、一般病棟へ。

人並みにまで到達はした。

「神崎さん。体調いかが?」

「もうバッチリですよ。」

「まだ、もう少しだけ入院は継続ですけどね。あの時の事でまた、また倒れたら行けませんから。」

「最近はもう何ともないでしょう?」

「まぁまぁ。院内なら歩き回っていただいてもいいですよ。中庭は自然も多いですし。では、また後で。」


人付き合いにもだいぶ慣れてきた。

成長を感じる瞬間だ。

彼女との記憶もだいぶ取り戻してきた。

けど、何故だろう。思い出は蘇るのに…


事故のせいで携帯は完全に機能を失ってしまった。加えて、彼女の消息も不明。


光景が思い出せない。

それだけが僕の周りを付きまとう悩みだ。

あの時以来ずっと振り回され続けて…

悩みでもあり目的として活力を得る。

退院後はそれをまず達成したい所だ。


「中庭にでも行ってみるか。」

足をおろし、立つ。

フラフラする。

均衡感覚が麻痺しているようだ。

何気に松葉杖無しで歩くのは久しぶりだ。

階段はまだ手すりが無いと歩けない。

院内は人で満ち溢れていた。

多くの白衣の男性に女性。

俺と同じ服を着た方。

いい意味で賑わっている。

扉を開けると中庭だ。

緑が広がっていて最高だ。

散歩して回りたい所だが、体力がもう限界。木のそばに寝転ぶ。

心地いい。

「夢」のようだ。

夕暮れの空がガラス越しに輝いて見える。

なにか見覚えがある光景。

あの時と違うのはここが室内って事か。

こんな事考えるオレは冷めたやつだ。



やっぱりベットの方が休む分には1枚上手だ。

背中が硬い地面に当たると激痛だ。

ここの病院、コンビニあったんだ。

俺は意識がないままこの病院に搬送された。

だから。何もかもが初めてだ。

意外に広いもんだな。エスカレーターに乗りながら周りを見渡す。

孤独じゃなくなったような気がした。

これが本心なのか。知らない内に孤独は俺を蝕んでいたのか。感染症のように、ジワジワ潜伏して。

自分の部屋の手前の角を曲がった時、

「大丈夫です。彼には黙っていてください。」

「でも、花を添えたりしていたりと完全に忘れてなんか居ないんでしょう?」

「私…知っているんです。彼の手紙を見つけて…

彼は苦悩を抱えていたんです。苦しい。大変。1人になりたいって。元々そんなつもりなんかじゃなかった。誰かに評価され続けるなんてとてもだけどやってられない。

のびのび生きたい。」

「先生や彼には悪いですが…これが彼の為なんです。」

「そう…ですか…」

俺は早歩きでベットに戻った。辛い。自分の事でも無いのに。彼女はそれほど辛い経験があるのに…

彼女へどう接するべきなのか。

それが、今の僕には分からなかった。

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