第20話
二人はまるで打ち合わせを繰り返してきたかのように、息の合った動きを見せた。新藤が左へ、乱条が右へと、死神を挟み撃ちにする。
死神は乱条へ視線を向けつつ、大鎌を新藤の方へ振るった。新藤は急停止して、大鎌の一撃をやり過ごす。乱条の接近を拳で阻もうとした死神だが、彼女にとってそれは単調な動きでしかない。
乱条は死神の拳を躱しつつ、自らも拳の一撃を繰り出した。それは死神の腹部に深く突き刺さり、動きを止めるに至った…が、その停止は一瞬でしかない。死神はすぐに反撃のために大鎌を振り上げようとしたのだ。
しかし、死神の見せた隙は、確かに一瞬でしかなかったが、新藤にとっては十分な時間であった。新藤は、滑り込むように死神の懐へ入ると、大鎌を持つ右腕を拘束する。
「乱条さん!」
「おうよ!」
新藤の掛け声に応じて、乱条の爪先が跳ね上がり、死神の右手を蹴り飛ばした。その威力に大鎌は死神の手から離れる。
さらに、新藤は地に落ちた大鎌を蹴り飛ばし、死神から遠ざけた。死神は右腕に絡みつく新藤を引き剥がし、反撃の拳を突き出そうとしたが、乱条が横からそれを止める。その間に新藤の右ストレートが、死神の顎にヒットし、さらに乱条の足払いによって、死神はバランスを崩し、背中から倒れた。
「一生寝てろや!」
乱条の踏み付けが死神の顔面を狙う。新藤と乱条という、格闘戦のプロによるコンビネーションであれば、どんな相手でも、短時間で戦闘不能になることは、間違いなかった。
だが、この死神だけは違う。
彼は乱条の足を両手で受け止めると、無理矢理に投げ飛ばそうとしたのだ。
乱条は舌打ちしつつ、体全身を捻るようにして、その拘束から逃れて距離を取った。死神は何度か二人の渾身の一撃を喰らったはずだが、少しも動きが鈍った様子はなく、立ち上がる。
その様子を見て、流石の乱条も気味が悪かったのか、顔をしかめた。
「なんだ、あいつ? 痛みを感じないのか?」
「僕も良く分からないのですが、そう考えて戦った方が良いと思います。普通の人なら死ぬようなやり方で止められるかどうか…」
「ふーん。そいつは仕方ないな。本気でぶん殴ってやるとするか」
「はい、お願いします」
「任せろ、恩人」
二人は再び地を蹴って、死神を挟み撃ちにする。死神は、新藤の拳を右腕で受け、乱条の蹴りを左腕で受けた。二人の攻撃を同時に防いだのは、流石と言うべきだが、これで打ち止めのわけがない。新藤はしつこく死神の頭部を狙って拳を突き出し、乱条は腹部を狙いつつ、時折脚部を狙う蹴りを放った。
鉄壁の守りを誇る死神だったが、上下に連続で放たれる攻撃は、防ぎきることはできない。そして、ついにダメージを感じたのか、死神の足が折れる。
「決めるぞ!」
乱条の掛け声。
二人は死神を挟む位置を入れ替わるように移動すると、新藤は跳躍しつつ、拳を振り下ろすように放ち、乱条は突き上げる蹴りを放った。
二人の攻撃は逆方向から、死神の頭部を挟む込む。それはダンプカー同士の衝突の間にいるのと変わらないだろう。
死神は今度こそ崩れ落ちるように、地に伏すのだった。
倒れた死神を見て、乱条は「はっ」と笑った。
「完璧なコンビネーションだったじゃないか。あたしたちが組めば、どんなやつにも敵わないだろうさ。どうだ、如月なんて、いけ好かない女とは縁を切って、あたしたちの仲間にならないか? あたしが口を利いてやるからよ」
乱条たちの仲間…ということは、如月探偵事務所を狙う人間が、複数いるのだろうか、と新藤は頭の中で首を傾げる。
「いえ、遠慮しておきます。僕は如月さんの助手なので」
「そうかよ。こっちの方が給料も良いと思うぜ」
乱条が溜め息を吐いたとき、彼女の後ろで突風が吹いた。いや、高速で動く何かが通過したのだ。
新藤がそれを目で追うと、ミャン太であることが分かった。
彼が向かう先には、ハルカがいるであろうマンションである。そして、そこには、男性らしき人影があった。一階の一室から、外の騒ぎを気にしたのか、ドアから顔を出していたのだ。
ミャン太はその男を目がけて、疾風の如く駆けた。男は焦ってドアを閉めようとしたが、ミャン太の方が速かった。ミャン太はドアノブを掴むと、無理矢理に引っ張る。
新藤は事情を理解したが、同時に視界の隅で起き上がろうとする、死神の姿を見た。
「乱条さん、ここをお願いします!」
「何のことだよ…って、まだやれるのかよ!」
新藤は乱条の声を背に走り出す。宮崎の腕は細く、明らかにひ弱であるが、ミャン太に憑依された影響なのか、ドアを閉めようとする男性の力を遥かに凌駕していた。
男性は引きずり出されるように外へ放り出され、ミャン太は部屋の中に入って行く。
「大丈夫ですか?」
と新藤は倒れた男を起こそうとした。しかし、男は青ざめた顔で叫ぶ。
「は、入るな!」
男の言葉はミャン太に届く様子はなく、その姿は奥へと消えて行った。
「貴方は?」
と新藤は男に問いかけるも、彼は目を逸らすだけで何も答えない。
部屋の奥から、猫の鳴き声が聞こえた。それは、まるで犬の遠吠えのような、長く引く鳴き声だった。ただ、そこには強い感情が込められていることが分かる。
怒りだろうか、悲しみだろうか。
決して、ポジティブな響きは、含まれていない。
「まさか、ハルカさんを…?」
新藤は予測した結末を、その男に再度問いかけてみた。男は僅かに目を見開き、震えているように見える。
ミャン太がゆっくりとした足取りで戻ってきた。その顔は、殺意を持った獣のそれであり、今にも獰猛な本能を剥き出しにしようとしていた。
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