第21話

「な、なんで宮崎さんが…」


と男は呟く。顔見知りらしい。


「ミャン太さん、落ち着いて…。異能者は人を襲ってはならない。これは絶対です」


新藤はこれから起こる事態を察し、説得を試みようとした。しかし、その声はミャン太には届いていないようだった。


威嚇するように、歯を剥き出しにしたミャン太が、声にならない声を出した。男は腰が抜けたのか、震えるだけだ。そんな彼を守るように、新藤はミャン太の前に立つ。


「駄目ですよ。彼は法によって裁かれる。決して、手を出してはいけません」


「知るか」


とミャン太は言った。

怒りの表情のまま、その瞳が涙で溢れて行く。


「その男を許せ、と言うのか。吾輩の心の底から溢れだす、この感情…その男を切り裂いて、引き千切ってやっても、収まるわけがない。ハルカを奪った人間が、一分一秒でも空気を吸って、生きると思うと、身の毛がよだつ。心が痛い。この痛みをぶつけてやらねば、気が狂いそうだ」


「そうしてしまったら…宮崎さんだって犯罪者になってしまう恐れがあります」


「関係ない。後で何がどうなっても、今の吾輩にとっては、この男が引き裂かれ、痛みに苦しんで許しを請い、それでも臓腑を引っ張り出されて、悶える姿を見ることだけが優先される。邪魔をするなら、探偵…お前も一緒だ。殺してやる」


「……分かりました。彼を殺すと言うなら、まず僕をやってからにしてください」


「加減すると思うなよ」


ミャン太が飛びかかる。

両手の爪が煌めき、ナイフのように新藤を襲った。猫の俊敏さを再現したかのように、その動きは速い。


だが、乱条を相手にし、死神を相手にした新藤にとって、その動きは直線的だ。身を低くしてそれを避けると、腰に目がけて組み付く。


宮崎の体が傷付かないよう、庇いながら、ミャン太を押し倒した。素早くポジションを取り、腕を極めて拘束する。


「動かないでください。痛いですよ」


組み伏せられたミャン太だが、その視線は、例の男に向けられていた。


「殺す、殺してやる!」


ミャン太は無理矢理、新藤を引き剥がそうとした。


「やめてください、宮崎さんの腕が、折れてしまいます」


「関係ないと、言った!」


ミャン太の力が、さらに強くなった。

これ以上、強く抑えたら、本当に宮崎の体が壊れてしまいそうだ。


新藤は苦渋の選択で拘束を解くと、ミャン太は凄まじいスピードで体勢を変え、四つん這いで男の方へ向かう。


新藤は立ち上がるよりも先に、何とか手を伸ばし、ミャン太の足を掴んだ。ミャン太は振り返ると、自らの自由を奪う、新藤の腕に爪を突き立てた。


それは、憑依の影響で硬質化しているのか、ナイフのように鋭い。新藤は腕に走る痛みに顔を歪めたが、逆の手でミャン太の手首を掴む。ミャン太が鳴き声を上げ、怒りと憎悪が波紋した。


「これ以上、邪魔をするなら、その目を潰すぞ!」


ミャン太が空いた手を振り上げ、爪先が新藤の瞳に向けられた。新藤の腕に突き刺さるほど鋭いそれは、確かに目を潰すだけの威力があるに違いない。だとしたら、拘束を解いて、防御を優先するしか道はないのだろうか。


乱条が助けてくれまいか、という考えが過ったが、それも叶わない。なぜなら、新藤のすぐ近くに、乱条が倒れ込んできたからだ。


そして、死神が大鎌を持って、こちらへと向かってくる姿まで見えた。どうやら、一人では乱条でも、あの死神を止められることはできないようだ。


「ミャン太さん、このままでは、あいつに襲われます」


と新藤はミャン太に呼びかけた。


「吾輩が斬られたら、宮崎が死ぬ。だから、その手を離せ。お前は依頼人を見捨てるか?」


手を離せば、ミャン太は瞬く間にあの男を殺してしまうだろう。猫の俊敏さが備わったミャン太ならば、死神に襲われるよりも先に、それを達成できるに違いない。


「この、コスプレ野郎…」


と言って乱条は立ち上がろうとしているが、ダメージが大きいのは、明らかだ。


「離せ、探偵!」


「殺さないと約束してください! そしたら離しますから!」


「この状況で、君に選択肢はない。あの男を生かして、宮崎を死なせるか? そんなわけがないだろう。君がその手を離して依頼人を守り、吾輩はこの手でハルカの仇を討つ。それが全員にとって、一番良い選択肢なんだ。だから、離せ!」


「選択肢はもう一つある」


その声に、全員が動きを止めた。無感情で獲物だけを狙う、死神すらも。


そして、その声の主は、どこからか現れたのか、如月であった。


如月は憐れむような目でミャン太を見て言った。


「依頼人は守るし、君に人を殺させもしない。だからと言って、それが全員幸せになる方法ではないが…これ以上、不幸にならないための手段ではある。分かってくれ、ミャン太氏」


「分かるか! 分かってたまるか! あいつは、ハルカを殺した! 吾輩のこの怒りは、悲しみは、どうすれば良い? 吾輩には帰る家もない。戻る肉体も消えている。だとしたら、こうして人の体を借りてまで、現世に止まる虚ろな存在に、残された使命は復讐だけである。これだけは、絶対に遂げなければならない」


如月は憐れむような表情で、目を細めたが、そこに躊躇いはなかった。そして、もう一人、躊躇いのない人間…らしきものがいる。死神だ。


死神は如月の登場に、一瞬は動揺らしきものは見せたが、再びミャン太を仕留めるために動き出す。そして、ミャン太と新藤のすぐ目の前で止まると、大鎌を振る上げるのであった。


「すまないな、ミャン太氏」


そう言って、如月は手を掲げると、その身を黄金の光で纏った。


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