第15話
新藤の意志を汲み取ったのか、死神も大鎌を両手で構えた。
その表情には、何の躊躇いもなければ、駆け引きもない。どんな感情で何を考えているのか、全くと言って読めなかった。
そんな死神が、一歩踏み込み、大鎌を右から左への振り回す。新藤はバックステップでそれを避けるが、今まで相手してきた、人間の拳や蹴りとは、間合いが断然長く、距離の取り方が難しかった。そして、刃物である、というプレッシャーも。
だが、相手は死神で容赦などない。
一撃目を躱されたと判断すると、すぐに大鎌を持ち上げ、新藤の頭に振り下ろす。これに対し、新藤は斜め前に踏み出すことで、大鎌の軌道から逸れ、さらに反撃の拳を放った。
大鎌が地面に叩き付けられると同時に、新藤の拳が死神の顎へヒットする。それは、確かな手応えがあった。その証拠に、死神の顎は傾き、衝撃は脳まで伝わったかのように見える。普通であれば、その場に崩れ落ちてもおかしくないだろう一撃だ。
しかし、死神はそんな一撃を小突かれた、という程度にしか認識していないのか、地面に叩き付けたばかりの大鎌を持ち直すと、またも豪快に振り回した。それは、新藤にとって想定外でしかないものだったが、それでも彼は前方へ飛び込むように前転することで、大鎌の攻撃を避ける。
新藤と死神は殆ど同時に振り返って、再び顔を合わせた。いや、死神の方は、振り返りながら大鎌を振るっている。新藤は身を低くしてそれをやり過ごし、死神の腰めがけてタックルを仕掛けた。ここで押し倒せば、如何にリーチが長くて殺傷力のある武器を持っていたとしても、封じられる。新藤が死神を攻略するための、唯一の方法と言えるだろう。
それなのに、死神の腰は異常に重かった。まるで、大木にでも組み付いたかのように、全く動かない。新藤はそれでも、死神を倒そうと体重をかける。だが、頭部に嫌なプレッシャーがあった。新藤は死神の腰に腕を回したまま、滑るように背後へ移動する。
嫌なプレッシャーの正体は、死神の肘だったらしい。やつは組み付く新藤の頭に、それを落とそうとしていたのだ。
難を逃れたものの、新藤は死神の攻略方法を見い出せないままだ。飛びついて首を絞めることも考えたが、手首をしっかりと掴まれて、それはできなかった。
このままでは、体力勝負になるが、新藤は乱条との戦いによるダメージが抜けていなかったし、この死神にスタミナ切れがあるのかも怪しかった。そのため、このような膠着状態が続くのは好ましくない。新藤は、何とか腕を掴む死神の手を振りほどき、距離を取った。
死神はゆっくりと振り返る。髑髏の顔に双眸のような赤い光は、何度見ても不気味な迫力があった。せめて、あの大鎌だけでも、なしにしてくれないか…と新藤は心の中だけで弱音を吐くが、死神はむしろ見せつけるように、それを担ぎ上げた。
新藤が攻略方法がないか考えていると、死神から戦意が消えたように見えた。死神は急に踵を返し、新藤に背を向けると、どこかへと歩き出したのだった。それでも、帰るふりをしてあの大鎌を投げ付けてくるかもしれない、と新藤は構えていたが、死神の姿は消えてしまった。
「た、助かった…」
と新藤は息を吐いた。
だが、死神が去っただけで、事件が解決したわけではない。新藤は道の端で蹲るミャン太へと駆け寄った。
「ミャン太さん、大丈夫ですか?」
「う、う…」
何だか苦し気であるため、新藤は救急車でも呼ぶべきか、と躊躇する。猫を名乗る女性が運び込まれてたら、医者だって困惑するのでは、と。
しかし、ミャン太が顔を上げた。
その顔からは苦痛が消えたようだったので、新藤は少し安心する。
「大丈夫ですか?」
「あれ、ここは…どこですか?」
「ここは…どこでしょう。それより、どうしたんですか?」
「どうって?」
「急に動けなったって…。もしかして、ハルカさんについて、何か思い出したとか?」
「ハルカさんって?」
「……あれ?」
そこで、新藤はミャン太の異変に気付いた。
「もしかして…宮崎さんですか?」
「は、はい」
どうやら、ミャン太の人格から、宮崎静流の人格に戻ったようである。
「ミャン太さんは?」
「ミャン太?」
「そうか…覚えていないのか」
と新藤は頭を抱えた。
「わ、私…こんな格好で外に出ていたんですか? やっぱり、何かに取り憑かれていたのですか?」
「落ち着いてください。今、説明します」
新藤はここ一時間で起こった出来事を説明した。宮崎はミャン太という猫に取り憑かれていること。そのミャン太がハルカという人物を探していること。ハルカの身に何かが起こった、ということ。そして、ミャン太は死神に追われていることを。
すべてを聞き終えた宮崎は、不安気ではあるが、恐怖や嫌悪感を抱いているわけではないようだった。
「この前、目覚めたとき、腕に傷があったのは…その死神の仕業でしょうか」
「たぶんそうです」
宮崎は傷があるのだろう左腕を手で抑え、唇を噛みしめるような表情を見せた。自分の意識がないうちに、危険な状況に晒され、下手をすれば命を落とすかもしれない。その恐怖は並みならぬものだろう。
「……あの、除霊も可能なのでしょうか?」
「……調べなければ、確かなことは言えませんが、如月であれば可能と思われます」
「だったら、すぐにお願いしたいです」
と宮崎は顔を伏せた。
それはそうだろう、と新藤は思った。
恐らく、如月であれば、宮崎に取り憑いたミャン太を引き離すことは可能だ。宮崎のことを考えれば、ミャン太とハルカを助けるよりも、それを優先すべきだろう。
しかし、そうなった場合…窮地に立たされているはずのハルカを救う機会は永久に失われるのかもしれない。ミャン太も…どうなってしまうのか。
「分かりました。では、如月に連絡を取ります。少しお待ちください」
新藤は覚悟しなければならない。
依頼人の問題を解決することが、彼にとって最優先すべきことだ。電話を取り出しながら、新藤は宮崎の顔を窺う。俯く彼女の表情は、恐怖に耐えるようだった。
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