第16話

新藤は如月に電話をかける。如月は一秒で応答した。


「無事だったか」


「はい、かなり危なかったですけどね」


「まさか、戦ったのか?」


「そうせざるを得ない状況だったもので…」


「どうやって逃げた? あいつ、エラーを削除するためなら、無尽蔵のエネルギーでサーチアンドデストロイを永久に続けるプログラムだぞ」


「それがですね、急に僕とミャン太さんに興味をなくしたかのように、どこかへ行っちゃったんですよ」

「どこかへ? …なるほど。もしかして、今は宮崎静流の意識が戻っていないか?」


「その通りです。でも、何か関係があるんですか?」


「エラーはあくまでミャン太氏だからな。彼がそこにいないとなれば、死神からしてみれば、相手にする必要のない存在だ。これで当面は死神について、考える必要はないだろう。それで、ミャン太氏から何か聞けたか?」


新藤は再びミャン太から聞いた話を説明した。


宮崎に説明したばかりだったので、無駄なく要点だけを説明できたような気がした。そして、宮崎から除霊したい、という要望があったことも伝えたのだった。


「なので…ミャン太さんのことは気になりますが、如月さんに異能の解除をしてもらうことになりそうです」


「分かった。しかし…」


「なんですか?」


「君のことだから、何としてでも、ミャン太氏とハルカという人物を助ける、と言い張るとばかり思っていた」


「そうしたいのは山々ですけど…依頼人は、飽くまで宮崎さんです。彼女の希望に応えることが、僕の仕事ですから」


「まぁ、君のことだから、仕事の合間に調査するつもりなんだろう」


「あ、分かります? ちなみに、如月さんの方で、ハルカさんという方の居場所、見付けられないですかね?」


「流石に、ハルカと言う名前と猫を飼っている、という情報だけではなぁ」


「ですよね」


「せめて、ミャン太氏からもう少し情報を引き出せれば良かったのだけどね。仕方ないさ。私たちは、私たちの依頼人のために、仕事をするだけだよ」


「はい…」


新藤は返事をしたものの、どこかで割り切ることはできていなかった。どこかで、ハルカと言う女性が窮地に立たされている。


それが分かっているのに、助けられるかもしれないのに、すぐにでも駆け付けることができないジレンマ。


「しかし」


と如月は言う。


「何ですか?」


新藤は如月が自分の葛藤に何か答えを出してくれるのでは、と期待した。


「しかし…だとしたら、なぜ宮崎は最初から除霊してほしい、と言わなかったのだろう」


「うーん…確かに、自分の身に何が起こっているのか確認してほしい、って言うよりは、除霊してほしい、と言う方が、話は早いですよね」


「うむ。考えても仕方ない。聞けそうであれば、本人に聞いてみてくれ」


「分かりました」


「では、まずは合流だね。あの乱条とか言う女に、また追いかけ回されると思うと、私は一人で歩くのも恐ろしいよ」


「あ、そうでしたね。あの人の目的も何なのやら…」


電話を切って、如月から送られた位置情報を確認する。思ったよりも、お互いの距離は離れているようだった。新藤は宮崎に如月と合流することを伝え、二人で暗い夜の町を歩いた。


「宮崎さん、一つ聞いても良いですか?」


新藤は早速、如月が気になっていた点について、質問してみることにした。


「あの…どうして、最初から除霊を希望したなかったのでしょうか?」


宮崎は質問の意図が分からないのか、首を傾げる。デリケートな質問だ。変な受け取り方をされてしまったら、不快にさせてしまうかもしれない。新藤は慌てて補足した。


「えっとですね、宮崎さんは最初から、何かに取り憑かれていることを危惧してしたので、自分の身に何が起こっているのか調査する、というよりは最初から除霊をしてしまった方が早かったんじゃないかな、って」


宮崎はこれに対し、明確な意思があったわけではないのか、考え込んでしまった。


「そうですね」


と言いながら、彼女は左腕を右手で撫でる。


どうやら、ミャン太に憑依されたことで、傷を負った部分が気になるらしい。


「何だか…変な感じがしたんです」


「変な感じ? 痛みとか、そういうことですか?」


宮崎は首を横に振った。


「上手く言えないのですが、とても胸騒ぎがして、不安な気持ちになっていました。私って、自分に自信がないので、普段からそういう気持ちはあるのですけど、それとは何か違う何かだったんです」


「それが、ミャン太さんの気持ちだったのでしょうか?」


「たぶん、そういうことなんでしょうね。だから、もし本当に誰かが私に憑いているのなら、この感情が何なのか知りたい、って想いました。たぶん…それは悪い感情ではない、って思ったから。興味があっただけだったんです。でも…それがこんなに危険なことだとは思いませんでした」


宮崎の顔が青くなる。自分が何を選択したのか、改めて考えてしまったのかもしれない。


「新藤さん…私って薄情なんでしょうか? 卑怯ですよね?」


「そんなことは…ありませんよ」


「でも、私は我が身可愛さで、誰かを見捨てようとしている。人として、間違っているのではないでしょうか?」


間違ってはいない。誰だって、自分の命が大切である。しかし、誰もが人助けは大事だ、自分だけ幸せで良いと考えるのは間違っている、と教育を受ける。もしくは、そんな姿勢が大切であるかのように、様々なものから見聞きする。


ただ、それは自分が助けて欲しいから、自分だけが不幸であって欲しくないからではないか。最終的には、困ったときに自分が助けてもらえるよう、誰かを助け、気に入られようとするのだ。


「自分の命あってこその、他人の幸福です。あまり…気にしないでください」


宮崎は答えない。ここで、ミャン太の憑依を解除したとしても、彼女は深い傷を負うことになるのではないか、と新藤は思った。

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