第14話
新藤の視線の先には、闇夜から生み出されたかのような、不吉な姿があった。
痛んだ黒いローブを身にまとい、頭部がフードで覆われている。そこから、微かに見える顔面は髑髏のようで、目の部分が赤く光ってた。その赤い光はまるで高性能なセンサーでも搭載したサイボーグのようにも見えた。
「新藤くん、良く聞け。私のメガネをかけていれば、やつの姿を捉えることは可能だし、触れることも可能だ。だからと言って、絶対に戦うな。ミャン太氏を連れて逃げろ。良いな?」
「了解です! 一端切ります」
新藤は電話を切って、ミャン太の方に振り返る。彼は死神を見て、怯えているのか、それとも思考が停止してしまったのか、ただ固まっていた。
「ミャン太さん、逃げましょう!」
「……うむ。そうだった」
ゆっくりと、死神がこちらに近付いてくる。確かに、とんでもない圧迫感があった。大型の獣だって、これほどの威圧を放つことはないだろう。
距離はまだ十分にある。新藤とミャン太は走って死神から逃げ出そうとした…
が、死神も走り出した。
死神は思ったよりも、大きい体をしていたが、スピードは決して遅くない。いや、むしろ速い。
ミャン太の体は宮崎のものだが、獣の俊敏を得て速く走る。しかし、死神はそれに勝るスピードで走るのだから、新藤はあっという間に抜かれてしまった。どうやら…死神の目的は飽くまでミャン太であり、新藤のことなど眼中にないらしい。
「だからと言って!」
と新藤は加速する。
死神のローブが目の前で、風に揺れている。何とかそれを掴んで引っ張って、ミャン太を逃がせないか、と手を伸ばすが、死神はどんどん前へと差を付ける。死神はミャン太のすぐ背後まで迫り、巨大な鎌を振り上げた。
「ミャン太さん、後ろ…危ない!」
三日月状の巨大な刃がミャン太の背中を襲う。振り返ることなく、その刃の軌道を確認することもなかったミャン太だが、身を低くしつつ方向転換して、大鎌を潜り抜けるようにやり過ごすと、死神の脇を通過した。それどころか、新藤の頭上を飛び越えて、走り去ってしまう。新藤も慌てて踵を返して、それを追った。
だが、死神の足は速い。再び追いつかれるのは時間の問題である。如月には戦うな、と言われているが、最悪の場合はその言いつけを守ることはできないだろう。
その状況は、思ったより早く訪れてしまった。先を走っていたミャン太が、急にペースを落としたのである。
「ミャン太さん。どうしたのですか?」
と追いついた新藤は、横並びで走りながら聞く。
「うむ…分からん。足が上手く動かないのだ」
確かに、彼の走るスピードはどんどん遅くなっている。
「そんな、一体何が?」
「分からん…もう駄目だ」
ミャン太はついに止まってしまった。それどころか、一休みする猫のように、蹲ってしまう。振り返れば、死神は走ることもなく、すぐ近くまで迫っていた。どうやら、確実に追いつくと判断し、走る必要もないと判断したらしい。それを見たミャン太は低く唸る。
「無念だ。どうか吾輩が死んでも、ハルカを助けてやってくれ」
「何を言っているんですか。ハルカさんはミャン太さんが助けないと、駄目ですよ」
「しかし、吾輩は動けない。なぜだろう。心なしか、瞼も重くなってきた。死ぬのだろうか」
「何を言っているんですか。ほら、頑張って!」
新藤はミャン太の腕を引っ張って立たせようとしたが、宮崎の体はぐったりとして、動きそうにない。
「すまない、探偵」
とミャン太は無表情ではあるが、口惜し気に言った。
「だから…諦めないでくださいよ」
新藤はミャン太を揺すり起こすことは諦め、宮崎の体が傷付かないよう、道の端に移動させた。そして、迫りくる死神の方を見る。死神は立ちはだかる新藤を認め、足を止めた。その視線が、動けないミャン太の方を一瞥したようだったが、すぐに目の前の新藤へと戻した。
やるしかない、と新藤は覚悟を決めて、ファイティングポーズを取った。
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