第9話
乱条のファイトスタイルは、意外にも慎重だった。
新藤の動きを良く見て、全く無駄な動きを見せない。如月の話を聞いた印象や、彼女の言動からして、暴れ牛のような突進タイプだとばかり思っていたため、その様子は不気味とも言えた。
そのため、最初はお互い軽めのジャブとフェイントで、距離を測るような時間が続いたが、最初に攻撃らしい攻撃を仕掛けたのは、乱条だった。
高速のローキックが新藤の脹脛を襲う。新藤は素早く身を退いて、それを躱したが、乱条はすぐに間合いを詰めて、右の拳を放った。新藤はそれを左手で払うことで、軌道を反らして躱し、同時に右の拳でカウンターパンチを狙つ。
だが、乱条はそこにはいない。
屈んで新藤の攻撃をやり過ごし、低い位置から左の拳を放ってきたのだ。それは見事に新藤の腹部に入る。寸前で乱条の動きに気付いた新藤は、腹部に力を入れていたため、大きなダメージには至らず、すぐに反撃の蹴りを返した。
きっと、攻撃に成功したことで、乱条はさらなる追撃を目論むはずだ。そこに蹴りを合わせることで、返り討ちにする…つもりだったが、乱条はあっさりと身を退いて、新藤の足が届かない場所まで移動してしまった。
深追いはしない。
そんな乱条の戦い方は、やはり印象と異なる。思わず動きを止める新藤に、乱条は言った。
「何だよ、びびっちまったか?」
「まぁ…そんなところです」
「素直過ぎると面白くないねぇ。もっと負け惜しみを吐いてみろよ」
「そしたら、僕たちを見逃してくれますか?」
「そんなわけねぇだろ。ぶっ殺すって」
「だったら、頑張ります」
言い終わってからの新藤の動きは速い。凄まじいスピードで踏み込むと、右左と交互に拳を出した。
普通の人間であれば、新藤の速さに反応すらできないはずだが、乱条は頭を揺らすようにしてそれを躱し、反撃の拳を放つ。
もちろん、新藤はそれを予測し、身を反らしてやり過ごすと、拳を突き出すモーションを見せるフェイントと同時に、タックルで乱条を倒そうとした。
しかし、乱条は身を退きつつ、新藤の肩辺りを抑えて、地面へと押し込んだ。新藤のタックルは潰されてしまい、彼は地面に倒れ込みそうになった。そこへ、乱条の爪先が突き上がる。
新藤の頭をサッカーボールのように蹴り飛ばそうとしたのだ。新藤は素早く両手で地面を押して、立ち上がりつつ、顎を守るようにガードした。しかし、乱条の蹴りの威力は凄まじく、後ろに倒れ込んでしまう。またも先読みで敗れた、と乱条のセンスに脅威を覚える。
そんな新藤が、次の瞬間、目にしたのは月を背に宙を舞う、乱条の姿だった。彼女は飛び上がると、落下の勢いに、踵を乗せて、新藤の顔を踏み付けようとしたのだ。新藤は何とか横に転がり、それを避けると、踏み付けの音が夜の公園に響いた。新藤はすぐに立ち上がって、距離を取る。
「危ない人ですね。あと少しで、顔面が陥没するところでした」
「お前も噂通り、なかなかやるみたいだな。でも、あたしに言わせれば、まだまだだ」
「そうですか。でも、次は一本取りますよ」
「へぇ、面白いじゃん」
二人は笑顔を交わした。まるで、ゲームの対戦を楽しんでいるようにも見えるが、二人の間に流れる殺気は確かである。狂気の親睦は続く。
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