水底に落つ 01
水が滴り落ちる。
滴る水が波紋を作り、水音が広い空間に響く。
石造りのひび割れた床は足首ほどまでの水に覆われ、遠くから滝のような轟音が聞こえてくる。
天井の割れ目から差し込む光に染められたその空間に、一人の女が膝を抱えて浮いていた。
閉じたその瞼がふるりと震え、鳶色の瞳が現れる。
頭上を眩しげに見上げた女は、ふと微笑んだ。
***
身を切るような冷気に晒されながら、少女は上着に降りた霜を払う。空の青を映した白銀の瞳が細まり、雪を纏った山脈が遠のいていくのを眺めていた。
その掌が、足元の黒く艶やかな地面を軽く叩く。
「そろそろ降りるか」
少女が呟いた途端、地面が揺らめく。否、それは地面ではなく巨大な生き物の体だ。硬い鱗としなやかな翼を備えたその生き物の姿が、水に映る幻影のように歪んで溶けてゆく。華奢な体は形を失った鱗をすり抜け、遥か下の広大な森へと落ちていく。少女を追いかけるように、黒い影は収束して一人の青年の形になった。
人の体を得た青年は徐に少女の体を抱き寄せ、その額に唇を寄せる。空中に投げ出された時ですら動じなかった少女は、目を丸くして満足気な彼を見つめた。
「……虫でもついてたか?」
「こうやって愛情表現をするとシェリンが教えてくれた。ユーアもしていいぞ」
「何で私がしたいという前提なんだ……?」
額を押し付けてくる青年を両手で押し退け、少女はちらりと下を見て眉を顰める。
「このままじゃ落ちる」
「そのつもりだぞ?」
「……は?」
数秒の間を置いて言葉の意味を理解した少女は、顔を引きつらせて眼下に迫る青い湖面に目をやった。
森の中の大きな湖に、柱のように高い高い水しぶきが上がった。
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