バックヤードに潜む魔物

ざるうどんs

第1話


「ありがとうございました」


 俺はファーストフード店でバイトをしている上田瀧。これから閉店作業に入るところだ。さっきまで賑わっていた店内が、打って変わって静寂に満たされている。そんな空間が俺は好きだった。


 今日の閉店作業は俺、琴美ちゃん、馬村先輩の3人で行う。琴美ちゃんは入ったばかりの新人で俺が教育係を務めていた。絶賛片思い中だ。馬村先輩はバイトリーダーを務めており、とても頼りになるいいお兄ちゃんという感じだ。


「馬村先輩。琴美ちゃん見ていませんか? 琴美ちゃんとバックヤードの片付けしようと思ったんですけど、見当たらないんです」


「見てないな。バックヤードに先に行ったんじゃないか?」


「そうかもしれませんね。確認してみます」


 俺はバックヤードに向かった。バックヤードは荷物置き場と従業員の休憩室として使われていた。バックヤードの鍵を開け、中に入る。


 しかし、中は暗闇が広がっていた。誰かに見つめられている気がして身震いする。俺は鍵をかけると、足早にバックヤードを後にした。


「バックヤードに琴美ちゃんいなかったです」


「じゃあ、トイレかもな……」


 バタンと扉の閉まる音が店内に響く。


「琴美ちゃんと入れ違ってたみたいです」


 俺はそう言い残すと、またバックヤードに向かった。中に入ろうと扉に手をかけるが、扉が開かない。鍵がかかっているようであった。


 琴美ちゃんが鍵を中からかけたのだろうか。俺はそんなことを考えながら、鍵穴に鍵を差し込む。


 鍵を差し込んだところで、あることに気がついた。琴美ちゃんはまだ研修期間のため、バックヤードの鍵を持っていないのだ。バックヤードの開け閉めは鍵でしか行えない。


 つまり、今バックヤードにいるのは琴美ちゃんでも、馬村先輩でもない第3者ということになる。


 それとも扉の音だと思ったものは、聞き間違えだったのだろうか。


「上田さん。今いいですか?」


 後ろから声をかけて来たのは琴美ちゃんであった。


「どうしたの?」


 俺は少し動揺した声で返答する。


「2人っきりで話したいことがあるんですけどいいですか?」


 琴美ちゃんが意味ありげに見つめてくる。これはもしかするともしかするのではないかと期待が膨らむ。しかし、その一方でどこか沈んだ気持ちも感じていた。前にもこんなシュチュエーションがあり、なにかよからぬ事があった気がするのだ。


「あの実は……」


「やめて!」


 俺は琴美ちゃんの言葉を遮り、顔を背ける。


「その話、後でもいいかな?」


 ゆっくりと、琴美ちゃんの方に向き直す。しかし、琴美ちゃんはいなくなっていた。


「悪い事をしたな……」


 俺はボソリと呟く。


──扉1枚隔て、またバックヤードとにらめっこしていた。外に琴美ちゃんがいるということは、中に誰かがいた場合、第3者であるということが確実なものとなった。


 最近、バックヤードの金庫からお金を盗まれるという事件が発生していた。その犯人はまだ捕まっていない。もしかすると、味を占めた泥棒がまた来たのかもしれない。俺はバックヤードから離れ、武器になるものを探す。


「よし!」


 覚悟を決めた俺は包丁を片手にバックヤードの扉に手をかける。


 扉を開けた瞬間であった。中からハサミを持った人が、俺をめがけて襲ってきた。俺はそれをすんでのところで躱し、持っていた包丁で応戦する。


 相手の腹部に俺の持っていた包丁が突き刺さり、ピクピクしながら動かなくなる。俺は襲ってきた人の顔を見てゾッとする。琴美ちゃんだったのだ。


 そこで、俺はあるひとつの仮説が思い浮かぶ。


「泥棒は琴美ちゃんだった」


 もし琴美ちゃんが泥棒なら、辻褄が合うのだ。金庫からお金を盗まれた日、俺が金庫の当番であった。


──金庫からお金を盗まれた日。


「上田さん、お先に失礼します。私、バックヤードの鍵ないので代わりに閉めてもらってもいいですか?」


「わかった。やっとくよ。お疲れ様」


 俺は金庫の作業もあったため、すぐにバックヤードに向かった。そこで10分ほど作業をしていた時であった。


「すいません! あの実はさっき発注ミスしちゃったかもしれないので確認してもらってもいいですか?」


 琴美ちゃんはミスを思い出して戻ってきたのだ。早く助けてあげたかった俺は、金庫とバックヤードの鍵を閉めずに発注の確認に向かった。そして、金庫に戻るとお金はなくなっていた。


──現在。


「琴美ちゃんは俺に鍵を開けさせ、その場から連れ出すことでお金を仲間に盗ませたんだ。だからさっき声をかけられた時、嫌な感じがしたんだ。だとすると琴美ちゃんの仲間が中に……」


 俺は慌ててバックヤードの明かりを付ける。そこにはエプロンを真っ赤に染め、変わり果てた姿の馬村先輩の姿があった。


「馬村先輩……? どうして……どうして……」


 俺は泣き崩れる。しかし、すぐに泣き声は笑い声へと変貌する。ピエロが子供を嘲笑うかのような甲高い笑い声に……


「あっ、2人とも俺が殺したんだった。」


──数十分前。


「ありがとうございました」


「2人ともお疲れ様。よし、閉店作業始めよう」


「はい」


「上田さん。今いいですか?」


「どうしたの?」


「2人っきりで話したいことがあるんですけどいいですか?」


「じゃあ、バックヤードで聞くよ」


「あの実は、金庫から上田さんがお金盗んでるの見ちゃったんです」


「えっ……」


「発注ミスに気付いて戻ったあの日、上田さんが自分の財布にお金入れてるの見ちゃっ……」


近くにあったハサミを手に取り、グサッグサッと何度も琴美ちゃんに突き刺す。琴美ちゃんは顔を歪めながら、瞳から生気が失われていった。


「上田さ……」


琴美ちゃんがロッカーにぶつかり、倒れ込む。


「凄い音なったけど、大丈夫? えっ……」


「グサッグサッ……」


──「もう、こんな時間じゃん! 早く閉店作業しなきゃ! 残業すると店長に怒られる! 馬村先輩。琴美ちゃん見ていませんか? 琴美ちゃんとバックヤードの『片付け』しようと思ったんですけど、見当たらないんです……」

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バックヤードに潜む魔物 ざるうどんs @unyanya22

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