第四話 気ままな敬愛される王女

 人がようやくすれ違えるほど狭い通路から見える大地は、細い幹が立ち並び一面を緑に覆われていました。

 その手前には軍服を着た人たちが整然と並び、剣を構えています。

 乾燥した空気に漂う砂ぼこりの臭いが鼻を通り抜けました。


 普段、見張り台から見る荒野は、真っ白な土で覆われ地平線まで白一色。その上に広がる紺碧こんぺきの空とのコントラストが、まぶしい景色のはず。


「姫様。こちらにいらしたのですか」


「あら、ユーゴ。ほら、トレントが見えますわ。一言にトレントと言っても、さまざまな種類がいるのですね」


 先頭にいる兵士たちは、群がる木人トレントと戦っています。その辺り一面は土煙が立ち上がっていました。


 トレントは、それぞれの大きさが異なります。太いものもいれば、細く小さいものもいました。

 その後ろに立っているのは群を抜いて大きく、非常に目立っています。さらにその奥にも、大きなトレントがいました。奥のそれは立っているというよりも、そびえ立つといった感じです。


「はい。トレントにも階級があります。少し後ろにいる大きなものがトール。そして、かなり遠くにいて、ひときわ大きなトレントをビッグと呼びます。ビッグがあれだけの数がいれば、その後ろにはジャイアントがいるでしょう」


 侍従のユーゴが私に近づいてきました。栗色シャタンの髪の毛に垂れた細い目は優しさがにじみ出ています。恰幅かっぷくのよい体格ですが、身長は私の目の高さくらいしかありません。

 ユーゴは私の専属の侍従で、いつでもそばにいてくれます。そして、私にいろいろなことを教えてくれました。

 国や世界のこと、人々の暮らしや兵士のこと。人として、王女として必要なことなどです。

 彼は『姫様は、世界の守護者になられる方です』というのが、口癖です。誇張しすぎだとは思いますが、私に自信と目標を与えてくれていました。


 私は、トレントを見るために、さきほど一人で飛び出してきました。彼は必死で探していたのでしょう、息が荒くなっています。


「トールとビッグにジャイアントですか。そんなに何種類もいるのですね」


 武術や魔術の種類については個人授業で教えてもらいましたが、詳細については省かれました。どうやら、お父様の指示で止められているようです。

 お父様は優しいのですが、トレントとの戦いに関することだけは、私に教えてくれません。『王女は戦うのでなく、兵士が守るべきもの』というのが理由です。


――人の上に立つものが、何も知らなかったら困るのではないかしら?


 ようやく近衛兵をまいて、トレントをこの目で見られました。兵士たちの戦っている姿も勇敢です。


「それにしても、兵士たちの戦いぶりは見事ですわ」


「姫様にそう言われれば、兵士たちも喜ぶでしょう」


 統率の取れた兵士たちは、まるで一つの塊のように動いています。

 傘型隊形のまま横一列に並んだトレントへ向かって進みながら、武術士がなぎ倒します。後衛にいる魔術士はれきを魔術で飛ばしながら敵の動きを封じ込めていました。

 一進一退の攻防が続いています。しかし、軍隊全体がトレントの動きに合わせて移動しながら、倒していく姿は想像以上でした。


「あの人たちが国を守っているのですね。言葉ではわかっていても、やはり、実際に見てみないとわかりませんわ」


「いえいえ、姫様こそ世界の守護者になられる方です。私の目に狂いはございません。それにしても、ここは危険です。すぐに城へお戻りください」


 ユーゴは、どうにかして私を城へ連れ戻したいようです。お父様から私を危険な場所に近寄らせないよう言いつけられているのでしょう。


 荒野では、徐々にトレントの数が増えてきました。左右へ散らばっていたのが、中央へ集まっているのがわかります。

 横一列に並んでいたトレントの一部が前進しはじめました。そして、徐々にくさび形の隊形になり、その頂点がこちらへ向かってきます。


「トレントが集結しているようですが、だ、大丈夫でしょうか?」


「少々形勢が不利のようでございます。お戻りになるのが賢明かと」


「……も、もう少し見せてくださいませ」


 隣にいるユーゴと話しをしている間に号令がかかり、兵士たちも中央へ集まりはじめました。

 しかし、トレントの勢いは収まりません。一気に私たちの立っている城壁へ向かって攻めてきました。

 向かい合っている兵士たちは必死で戦っていますが、圧倒的に数が違います。兵士たちの傘型隊形は崩れはじめ、トレントに押し切られています。


――これがトレントの襲撃。これほどの数が向かってくるのですか……。


 次々と迫りくるトレント。その姿形もはっきりと見えるようになっています。

 あの勢いで攻められれば、城壁へたどり着いてしまいそうでした。


 トレントが城壁へかなり近づいてきたころ、ようやく態勢を立て直した兵士たちは、くさび形の先端を食い止めはじめます。

 すると、トレントの集まっている中央付近へ向かい、城壁近くから火のついた矢が何本も飛んでいきました。『ヒュッ』という音を立てながら、数えきれない矢が飛んでいきます。荒野の空で大合唱しているように。

 これは、魔術士による攻撃です。魔術によって矢に火をつけ、飛ばしていました。

 矢は集まっているトレントの幹へ当たったり、葉のついている枝に挟まったりしています。

 当然のように、トレントは燃えはじめます。トールの手前で出火した火は、次々と燃え広がり、その周辺にいたトレントも燃えはじめました。


 火の前にいたトレントは武術士の兵士が次々と倒しています。彼らにしてみれば、後ろは火の壁、前も横も兵士がおり逃げ場はありません。

 しばらくすると、くさび隊形をかたどっていたトレントたちは燃えつき、その後ろの列にも火が燃え移ります。

 見えていたトールは半数以上が燃えてしまい、後ろにいた一体のビッグも燃えつきました。かなり離れている城壁の上でも、熱さと燃えたすすの臭いがします。


「ふぅ。さすがですわ」


 私は、知らないうちに握りしめていた手すりを離しながら、安堵あんどの吐息をつきます。

 すると、奥にいたトレントたちは荒野へと逃げ出しはじめました。どうやら、決着がついたようです。


 兵士たちの勝ちどきが上がる荒野から、一人の兵士が空を飛んできました。この国『フェヴリエ』には多くの兵士がいますが、この魔術を使えるのは一人だけ。サイモン中佐です。


「姫様。おけがなどは、ございませんでしょうか?」


 サイモン中佐は、ユーゴの後ろへ着地すると同時に、ひざまずきます。ユーゴは私からサイモンが見えるように体を横へ向けました。

 中佐は、これ以上、私には近づきません。私から歩み寄っても、後ずさりしてしまいます。

 一度だけ理由を聞いたのですが、『恐れ多くて近づけません』と口にしただけです。ただ、彼の手足は震えていたので、それ以上は問いただしませんでした。


 フェヴリエ軍では、高位の魔術士ほど敬意を示してくれます。後ろを向いて下級兵士を叱責しっせきしていても、私が近くを通るだけで振り返り、膝をついて敬礼してくれます。魔術士は魔術で人を判断できるのでしょうか?


「ええ。もちろんです。フェヴリエ軍の強さを見せてもらいました」


「ありがたき幸せ。ただ、今回は姫様のおかげもあり、褒められたものではありません」


「わたくしのおかげ?」


「サイモン!」


 サイモンが何かを言う前に、ユーゴに止められてしまいました。

 私は城壁の上で、ただ見ていただけです。彼の言葉の意味がわかりません。


「これは失礼。姫様がいらっしゃると助かるのですが、国王陛下のご意向ではございません。近衛たちも、こちらへ向かっておりますので、ユーゴと城へお戻りください」


 サイモンは最敬礼をしたままです。ただ、彼の意思が迫ってくるように感じました。

 彼は、この城を守るフェヴリエ軍、第一軍団の軍団長です。武術も魔術も習得しており、『フェヴリエ軍、最強の男』と呼ばれている人です。兵士たちからも慕われており、軍隊が統率されているのもこの人がまとめているためでしょう。


「はい。わかりました。ですが、兵士の方々へも、すばらしい戦いぶりでしたと伝えてくださいませ」


御意ウィ・マダム


 サイモンは、私とユーゴが城壁から降りるまで、姿勢を崩さずにひざまずいたままでした。

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