第ニ話 引き寄せられる盟国賢者からの召集令状
翌日の明け方まだ日の出前に、私はソファーの上で目覚めました。スマートフォンには着信メッセージが入っています。送り主は昨日の番組でお世話になったディレクターの春海さんでした。仕事の話をする気分ではなかったのですが……。
「春海さん? ……えっ!」
つい、大声を出していました。彼の顔を思い出した途端に、記憶の奔流が襲いかかったのです。
昨日は、たわいもない会話だと思っていました。しかしなぜ、あのようなことをお互いに考えたのかわかります。記憶の奥底にあったものと、すべてがつながりました。
なりふり構わず、スマートフォンへ飛びつきます。普段から使っているスマートフォンが、非常に重く感じました。指紋認証が、これほど時間のかかるものだと思ったのは、はじめてです。
そして、『ピッ』という起動音と、同時に表示されていた画面には、確かに彼からのメッセージがありました。
『今度、冒険ものドラマをやろうと思います。番宣に使うコピーを創ってみましたので、ぜひ、ご意見をお願いします。
――――――――――――――――
クロノスに遷化されし賢者たちよ。今ここにすべての記憶を取り戻し、盟王のもとに集まらん。
王の喪失は民を苦境へと陥れ、人類を滅亡へと誘う。
我らの
いざ、行かん、ウラヌスへ!
――――――――――――――――
何かありましたら、いつでもご連絡ください。
よろしくお願いします。』
昨日までの私でしたら、『なにこれ?』って吹き出していたでしょう。社交辞令で『いい感じですね』と返信していたかもしれません。
しかし、記憶を取り戻した私にとり、このメッセージは番宣のコピーなどでは決してありません。これは、盟国賢者からの明確な召集令状でした。
現在は明け方前ですが、時間など考えている余裕もありません。構わず春海さんのアドレスを探し出し、音声通話ボタンを押します。
「もしもし、麻中です。春海さんですか?」
「はい。春海です。お電話お待ちしておりました。リュヌさま」
彼は数秒もたたずに出てくれました。そして最後に聞こえた名前。もう間違えようもありません。
「シモン! シモンなのですね」
「はい、シモンでございます」
懐かしい名前と言い回しだった。あの世界で何度となく聞いた、この言葉。もう周りの景色は、かすれて見えなくなっている。涙が
「今、どこにいるの? 本当にあの方と会えるの? わたくしはどうしたらいい? ねえ、教えて、教えて。シモン、シモン……」
もう、私は壊れていました。自分でも何を言っているのかわかりません。シモンも困っているでしょうが、どうしようもないのです。
「リュヌさま。お気持ちはお察しいたします。わたくしも昨晩は似たような状況でした」
相変わらず、シモンは優しかった。壊れた私を
少ししてから、気持ちを切り替え、もう一度、シモンへ問いかけます。
「……ごめんなさい。でも、どうしてもあの方に会いたいのです。きっと、あなたでしたら、わたくしたちがどうすべきか答えを持っているはず。教えてくださいませ。シモン」
「おぉ、まさにリュヌさまです。お懐かしゅうございます。わたくしは昨夜、あの番組の収録場所を調査いたしました。あいにく、牧野とは連絡が取れません。しかし、インターネットへアップされている動画を何回も見直した結果、場所を特定できました。もしよろしければ、これからご一緒させていただけないでしょうか」
さすが、普段から冷静沈着なシモンだ。私はついさきほどまで、ぼう然としていたというのに、すでに場所を調べてくれていたのです。
「そうなのですか! では、すぐに行きましょう。あっ! 三十分だけ待ってもらえますか? いろいろと片付けてから出かけたいので」
「ええ、もちろんでございます。昨日の収録はおそらく朝の七時ごろ。それまでに横浜へ着ければよいので、まだ時間はございます。それでは、一時間後にリュヌさまのご自宅へお伺いいたします」
考えてみれば、私はこの都会では電車の乗り換え方さえわかりませんでした。横浜まで行けと言われても、まず自分の自宅の最寄り駅をすべて把握していません。東京の地下鉄は複雑怪奇です。同じ駅で降りても、前と違う場所へ出て道に迷ってしまうでしょう。普段はマネージャーが送り迎えをしてくれるので、覚える気がないのも原因ですが。
シモンが迎えに来てくれるのであれば一緒に行かれます。シモンの心遣いに心から感謝しました。
数時間しか寝ていないので、目の下にクマができているかもしれません。まずは化粧で隠さなくては。そして、服装に悩みます。
「ええっと……。賢者たちに会うのであれば正装よね。黄色いドレスを着るわけにいかないし……。あ! これだ。それに紫の上掛けと」
あまり時間もないので色だけ合わせます。私の正装は黄色いドレスに、紫色のサッシュをかけていました。とりあえず、薄黄色のワンピースに濃いめの紫のカーディガンを着る。
このワンピースもカーディガンもお気に入りの一着です。ついつい衝動的に購入してしまいました。すべては、深く沈んでいた記憶が導いたのだとわかります。
本当にみんなと会えるのかもわかりませんが、これならばおかしくありません。
その後、昨夜の壊れたコップやら食べ残しやらを片付け、シモンの到着を待ちました。家の中をウロウロしながら、
――シモンとわたくし以外に、記憶と取り戻した人はいるの? なぜ、あの番組を見て記憶が
もう、居ても立っても居られません。
――シモン。早く来て!
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